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    『日本人の誤解』   05.10.2020
       東南アジアの日本観 その2

               



 川島先生の最新の著書の紹介記事その2です。前回は、全体的なご紹介というよりも、本Webサイトの著者の主観的理解に沿った形で、ご紹介をしてしまいました。

 今回は、もう少々冷静になって、その内容をご紹介してみたいと思います。しかし、いずれにしても、最良の方法は、この本を購入して読んでいただくことです。最大の理由は情報量です。このWebサイトの毎週の記事は、大体7000字ちょっとぐらいしかありません。1年に50回アップするとしても、35万字ぐらいなものです。ところが、本になるとこの新書でも1ページが41文字×16行≒650字にもなり、しかも、この著作は260ページ以上あります。すなわち、一冊17万字といった文字数になります。すなわち、本一冊の情報量は、このWebサイトの年間情報量の半分程度になっています。要するに、非常に大きいのです。
 すなわち、今回ここでご紹介できることは、ほんの一部ですので、書く側にとっては、どこを選択し、どのように短縮するかが最大の問題です。
 この書籍が取り上げている東南アジアは、ベトナム、タイ、ミャンマー、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン。そして、この地域を一帯一路という言葉で組み込む意図が丸見えである中国の動きは無視できません。一帯一路戦略を進める戦士、それは、華僑達ということになるでしょう。もっとも華僑が、中国現政権の手下ということは無いと思いますが、自らの利益を追求することが、結果的に一帯一路戦略の進行に有効になる可能性が高いのだと思います。
 ということで、ベトナムなどの5ヶ国について、要約を記述し、そして、最後に華僑を取り上げるという方針になりますが、この構造は、実は、川島先生の本そのものの構造でして、結果的に、借り物となります。
 唯一注文を出したくなったことは、台湾と日本の関係。それは他国とはまたまた相当に違うのですが、付録として、台湾編を書いていただきたかったことです。また、カンボジアにも「節」が割り振られておりません。経済活動の相手としては、まだまだということではありますが。当然のことながら、南アジアのインド、バングラデシュ、スリランカについても、次の出版物に期待したいと思います。スリランカは仏教国ですから、本書の記述の範囲内に収まりそうに思いますが、インド、バングラデシュとなると、さて、どんな本になるのか、是非見てみたいのです。


C先生:ということで、これからは、ベトナム、タイ、ミャンマー、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピンについて、できるだけそれぞれの国特有の状況を簡単にまとめたい。

A君:我々も、アジア諸国はいくつか行っていますが、C先生は、どうなんですか

C先生:むしろ、ヨーロッパと米国の方がカバー率が高い。アジアで行ったことのある国は、モンゴル、中国、韓国、台湾、香港、マカオ、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマー、シンガポール、インドネシア、インド、スリランカ、ぐらいなもので、マレーシア、フィリピン、バングラデシュ、ネパール、ブータン、パキスタンなどが未体験国だ。行った国は、ほぼ仕事で行っていて、遊びでアジアに行くという経験は、台湾、香港、マカオぐらいなもの。

B君:となると、今回の検討の対象でも、マレーシアとフィリピンについては、コメントが難しいということですかね。

A君:という前提で始めましょう。
 まずは、第2節 ベトナムの近現代史です。
 この国は、最初に川島先生が書かれていることである、「ベトナムは中国の友好国という誤解」については、いかがですか。

C先生:ベトナム人は中国人が嫌いだと思う。そして、実は、中国人はベトナム人が大の苦手なのではないか、と思う。米国と戦ったベトナム戦争の状況を見ても、とにかく、粘り強い戦いをする。

A君:歴史的には、北部は、中国の影響を逃れるのが難しい地域だった、しかし、中部・南部ベトナムは、反中国だったはずだけれど、どうなんですか。

C先生:ダナンの付近のベトナムの遺跡、特に、フエの王宮を見ると、中国文明の影響を強く受けていることが分かる。しかし、ベトナム人は中国が大嫌いだったというのが、どうにも正しい説明だと思う。

B君:川島先生の説明もその通り。ベトナム人は警戒心が強いために、「中国が嫌いだ」と明言はしない。しかし、実際には、中国に対して嫌悪感を持っている。

A君:日本の理解だが、川島先生が「ベトナムが精密機械を作る中小企業を探しているので紹介してくれないか」、と日本政府のどこかの機関に相談を持ち掛けた。その答えは、「協力はするが、ベトナムに技術を渡すと、中国に渡る可能性がある。自民党の先生方から圧力がかかる可能性がある」だった。

B君:日本の国会議員は、国際状況についての勉強が足らない。これは、常時、言い続けるべきことなのは重要なことだ。

A君:川島先生の結論は、「朝鮮半島、ベトナム、日本は兄弟と言ってよい」、となっていますけど、現状の韓国の反日本感情は、異常なのだと思うのですけど。

B君:しかし、川島先生は、ハイバーチュンの乱というものを記述している。これは、紀元1世紀に、中国の植民地となったベトナムへの課税が厳しくて、それに対して、反乱を起こした姉妹がいた。結局、姉妹は中国によって処刑されてしまったけれど、現在、姉妹を祀る寺院がある。ベトナムで女性の社会的地位が高い理由の一つであるとのこと

A君:現時点のベトナムでも、男性は、誰もが、「妻には頭が上がらない」と言うそうです。

B君:ベトナムvs.米国のベトナム戦争の場合も、米国はベトナム人の本性を知らずして負けた中国との闘いに耐えて、1000年間も独立を守ってきた国は、半端ではない

A君:ベトナムにおいて、日本という国が評価されるようになったのは、日露戦争での勝利がキッカケとのこと。日露戦争勝利が様々な影響を与えた話は、どうも本当のようですが、実は、その日本という国は、アジア諸国を無視して欧州に迎合するスタンスだった。ベトナムから見れば、自分たちを置いたまま、日本だけが西洋の一員になろうとしているように見えた

C先生:そろそろ、次の国に話に行かないと、全く終わらない。いずれにしても、”あの戦争”に関する日本軍の判断ミスは何回もある。

A君:ベトナム人は、親日を貫いているけれど、実は、日本はベトナムに対しても、かなりひどいことをしている。1945年すなわち終戦の年のこと、ベトナム北部のコメは不作だった。普段であれば、ベトナム北部の人々は、南部から輸送されるコメを食べていた。しかし、日本軍が南シナ海の制海権を失ったために、コメの北部への輸送ができなかった。そのためにベトナム人100万人が餓死したとされている。

B君:しかし、ベトナム人はこの件に関して、日本を恨みには思っていないようで、その後の日本によるODAへの感謝の心が勝っているからかもしれない。

A君:いずれにしても、ベトナム人は、中国人が大嫌い。だから、日本に対して恨みを持つベトナム人は少ないものの、日本人として、このような歴史を忘れてはいけない。

B君:最近の情勢と言えば、現時点の日韓関係の悪化が、ベトナムに好影響を与えている。日本に旅行に来るはずの韓国人が、ベトナムを選択しているから。現時点では、ダナンを訪問している韓国人が多いようだ。

A君:韓国と言えば、日本との関係がいつでもギクシャクしている。例えば、慰安婦問題。しかし、韓国とベトナムにも同様の問題があった。それは、ライダイハン問題と呼ばれている。ベトナム戦争の際に、韓国はアメリカの要請に従って、ベトナムに軍隊を派遣した。その際に、韓国軍兵士とベトナム人女性との間にできた子供がライダイハンと呼ばれている。

B君:そして、このことに関しては、韓国政府も民間もほぼ無視していて何も述べていない。日本には、慰安婦問題で強く謝罪を述べるが、自分達がしでかしたことには、沈黙を貫いている。

C先生:ライダイハン問題が最後のトピックスだ。かなりすっ飛ばしても結構な分量だ。そもそもここまでで何ページ分なのだ。

A君:第1章が人口と東南アジアの話でして、今回の記述は、第2章の第1節から第3節まで。p62からp111までです。この本はp260までありますので、このペースだと、終わるまでにあと2回ぐらいは必要でしょう。

C先生:とにかく、ベトナムの話はここまでにして、第4節からの次の国、タイの話のようだが、そちらに進もう。

A君:了解。タイの記述は、p112〜p133ですので、なんとか短く終われればと思いますが。

B君:まず、記述は、タイの仏教の話から始まる。確かに、ベトナムの場合には、宗教の話が余り出て来ない

A君:ベトナムの宗教ですが、調べてみると、人口の73.2%が無宗教。上座部仏教12.2%、カトリック6.8%、カオダイ(新興宗教)4.8%、プロテスタント1.5%など。

B君:ほぼ無宗教の国だと考えて良いようだ。それに対してタイは明確だ。

A君:タイの宗教ですが、仏教が94.6%とありますが、その宗派は上座部仏教。イスラム教が4.6%、キリスト教が0.7%。同じ仏教徒といっても、日本の仏教(大乗仏教)とタイなどの上座部仏教とは全く違うものです。

B君:上座部仏教は、仏門に入って修行をした人間だけが救われる仏教日本では小乗仏教と呼ばれることもあるけれど、正式名称は上座部仏教。カタカナであれば、テーラヴァーダ。

A君:北インドから中央アジアを経て東アジアに伝わったのが、大乗仏教で、それぞれ国で色々なご都合主義的な簡便化が行われた。例えば、宗派によって違うけれど、ある言葉を述べれば、それだけで輪廻転生のときに、ご利益がある。テーラヴァーダは、厳しい修行をした本人だけが救われる、と対照的。

B君:ベトナムが無宗教の国なので、日本人との相性が良いという面はある。タイは本格的仏教の国なので、宗教的には日本人は軽く見られる可能性も高い。現状の日本での宗教となると、それこそ、なんでも有り状態なので。

A君:最近の渋谷だと、ハロウィンなる大騒ぎまでが日本には定着した。もっとも宗教色はゼロだけど。

B君:話は変わるけれど、川島先生のタイ人の評価によれば、タイ人は外交上手。しかも、個人でも外交が上手い。なぜなら、タイは、東南アジアで唯一植民地にならなかったから。微笑みの国と呼ばれるけれど、本当に微笑んでいるのか、微笑んでいる方が上手くいくので微笑んでいるのか、良く分からないとのこと。

A君:ミュージカルの『王様と私』では、その主人公であったのは、ラーマ4世。映画での描写はどうも正確ではないようで、ご本人は、仏教哲学に通じた学識ある王であったとのこと。そのため、このミュージカル映画は、タイでは上映禁止になっているとのこと。

B君:その次のラーマ5世は1868年に即位するが、日本で言えば、明治天皇。いまだに崇拝の対象になっている。

A君:ラーマ5世は、即位すると欧米の視察に出かけた。タイが遅れていることを痛感して改革を実行した。これも明治時代の岩倉具視、大久保利通、伊藤博文と重なる。日本の国会議員にも初当選時には、欧米の自費視察、まあ半年ぐらいで良いけど、それを強制すれば良いと思う。

B君:フランス・イギリス対策として、カンボジアとラオスの一部をフランスに、マレーシア半島の一部をイギリスに割譲して、タイの独立を維持した。しかし、当時の実情を考えると、周辺地域の人口密度は極めて低かったと思われるので、もともと国境は無いような状況だったのではないか、とのこと。まあ、これも賢い対応だったと言えるのでは。

A君:タイという国の実態は、長らく中国の冊封体制の下にあったと考えられているようです。タイでは、歴代の王は、側室を中国から招いた。どうや中国文明への憧れが、そのような行動を取らせた。ラーマ5世には側室が160人もいた。しかし、王様の子供は王族である。王族は成人すると結婚して子供を作る。そのときも側室は中国から連れてきた。中国系の王族がネズミ算的に増えてしまった。

B君:現時点のタイでは、黄色シャツと赤シャツが政治的に対立している。黄色シャツの黄色は、中国では皇帝の色。黄色シャツの女性は、色白であって、東南アジア系とはちょっと違う。恐らく、中国と東南アジアの混血なのではないか、とのこと。

A君:現時点でも黄色シャツが政治と経済の実験を握り、赤シャツは人数は多いが、被支配者階級に甘んじていた、というのが歴史の実態だったけれど、民主制によって、人数が決め手となって、タイの田中角栄と呼ばれたタクシン、中華系の3世と呼ばれる政治家が、庶民へのばら撒きを公約して勝利を収めた。赤シャツの勝利であった。

B君:それに危機感を抱いたのが黄色シャツ。これが、2014年の軍事クーデターに繋がった。そして、タイの経済成長路線は、いまだに鈍化しているのが現状。

A君:その背景の一つが、タイ人のエリート層が抱いているエリート意識。その根源には、タイの男性は、一度は、上位座仏教の仏門に入るが、女性は仏門に入ることは許されない、という事実があるらしい。

B君:そろそろ、あの戦争に関するタイと日本の関係の話になる。タイという国は実に、上手くやったのだ。

A君:日本という国があの戦争を何のためにやったのか、その答えは多くの人が知っていると思うけれど、それが、ときどき、「日本はアジア解放のために戦った」といった説明がされる場合もある。しかし、それは、絶対にありえない。明らかに日本は、あの戦争を石油の確保のために行った。

C先生:これでタイをまとめて欲しい。

B君:タイは、川島先生がそんな表現を使っているということではないのですが、タイ人は、表面上はかなり柔らかい対応をしてくるけれど、ちょっと表面から中に入ると、かなり自己の主張を実現しようとする行動が選択される。

A君:まあ、なかなかしたたかな国ということになるのでしょう。

B君:こんな史実もあるようだ。米英に宣戦布告をしたのだが、そのとき、摂政は3名いたのだが、1名はサインをしていなかった。戦争が終わり、タイは敗戦国になった。ところが、「摂政の一人がサインしなかったのだから、宣戦布告は無効だ」と主張した。連合国側も、タイが実際には重要な働きをしなかったため、この事実を黙認する態度になった。

A君:関連して、もう一つの事件が起きる。それは、宣戦布告をしたときの王はラーマ8世。しかし、王はまだ若年であり、さらにスイスに留学をしていたため、宣戦布告の責任を取らせるには酷であった。それでも、宣戦布告はラーマ8世の名で行われた

B君:戦後、スイスから帰国したラーマ8世は、1946年6月9日に、王宮の寝室で頭から血を流して死んでいた。不思議な事件だったが、最終的には侍従ら5人が犯人として逮捕され、3名が処刑された。

A君:そして、弟のラーマ9世が王位に就いた。このラーマ9世は、「プミポン」という愛称で親しまれ、タイが今日の隆盛を築く上で、重要な役割を果たした。

B君:ラーマ8世暗殺の事件をどう解釈するのか。色々と考えられるらしい。そのぐらいタイというほほ笑みの国は、実は、怖い

C先生:本日はここまで。実に進まないね。それは、川島先生の記述によって、これまで知識として持っていたそれぞれの国の特性を、どうだろう、過去の数倍の深さまでえぐって表現されているからかもしれな。タイといえば微笑みの国などという単純な理解をしていたら、全く予想とは違った結果が出てくることだろう。
 これで、実は、まだ133ページまで終わっただけ。丁度半分ぐらいだ。ここで終わる訳にはいかないので、残りの半分は大々的に簡略化して、次の一回で終わるべく努力をする予定。しかし、予定は予定に終わる可能性ありだね。