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節水は有効な環境保全行動なのか 07.27.2008 |
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昨日、山口県立大学の現代GP関係のイベントで講演したが、一般市民と山口県立大学の学生参加者の合同の参加者が対象だった。 そのテーマは、「環境問題を見る目 − 何を基準に判断するか?」というものであった。 取り上げた話題は、 (1)飲料水 (2)リスクとは (3)損失余命とリスク (4)食品廃棄物と食品添加物 (5)ミネラル摂取量と食品 といったもので、地球環境問題は、ほとんど何の説明もしなかった。 このイベントの講演は、かなり変わった形式で、全部で3時間のうち、最初の90分が講演。しばらく休憩の後、4班に分かれてグループ討議をする。課題は、そのときの講師の希望によって変えることができるというものだったので、こんな課題にさせてもらった。 「本日の講演で、もっとも違和感があって、突っ込みたい部分はどこだったか」。 そして、もっともツッコミどころは、ということに対する回答は、 1.節水は環境問題ではないということはない。 2.損失余命でリスクを比較することのはおかしい。 3.リスクの削減が環境問題の最終ターゲットではない。 今回の話題は、この中から「節水」である。 C先生:節水は、環境にやさしい行動だとされている。そして、これは一般市民に深く浸透していて、それどころか、環境行動の基本中の基本とされているような感じだ。 A君:いや、その通りでしょう。たとえば、日立の洗濯機のコマーシャル。ビートウォッシュという洗濯機は、「湯効利用」がうたい文句。 B君:年間お風呂360杯分の節水が可能なのだそうだ。不思議な数字だな、と思ったら、こんな説明がある。 「洗濯から乾燥まで、お湯取使用時ののこり湯年間使用水量。衣類7kg(標準コース)時。浴槽190Lで換算」 「お湯取」というものを理解できなければ何のことか分からないが、こんな記述になっている。 世界初、「洗乾お湯取ポンプ」で、洗濯から乾燥まで水道水使用量わずか約15L。 すなわち、水道水を使うと、205Lぐらいの水を使うが、そのうち、190Lは、風呂の残り湯を使う。 A君:それはすごい。水道料金の節約にはなる。 水道料金というものは、不思議な価格体系になっている。東京都の場合だと、次のページに説明がある。 http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/life/r_keisan.htm 上水道の料金だが、まず基本料金は、メーター口径によって決まる。通常の家庭は、恐らく20mmぐらいだと思うが。 次に1m3あたりの料金が、使用量によって決まる。普通だと、大量に買い込むと安いのが通常の商品なのだが、水道料金の場合には、1〜5m3までの、小量しか使わない家庭は、なんと無料だ。ところが、1001m3以上使うと、1m3あたり404円。 B君:日本人は、1年間に1人あたり130m3ほどの生活用水を採水している。1ヵ月にすると11m3ぐらいになる。4人家族だとすると、50m3ぐらいか。待てよ、これは、採水量であって、使用量ではないようだ。 A君:50m3までだとなると、1m3が202円ですね。もっと使って家庭で100m3使うと、213円。 ただし、これに、下水道料金が加算されます。50m3までだと、170円。100m3だと200円が加算されて、全体としての水道料金は、50m3までだと372円。100m3までだと413円。 B君:ただし、実際の計算は、1〜5m3までは0円、10m3までは22×5=110円、というように、使用した水を細かく分けて課金が計算される。 A君:節水を議論する場合には、普通の家庭ならば、1m3を節約すれば、372円節約できると思えば良いことになりますね。 B君:となると、日立のビートウォッシュを使い、お風呂の残り水を使えば、1日に190Lの節約。30日だとして、5.7m3/月。月に2120円の節約。15日洗たくするのなら、1000円の節約。 C先生:日本人の生活用水のための採水量は、先ほど説明があったように、月に11m3ぐらい。もっと少ないというデータもあるが。となると、一日に300Lと考えれば良いか。 入浴・洗面に100L、洗濯に60L、トイレに50L、台所関係で90Lといったところか。もしも洗濯の水を節約できれば、20%ぐらいの水の節約が可能ということになるが。 A君:日本の平均的な1人あたり使用量は、確かに、1日あたり313Lぐらいのようです。東京都の値は、もう少々少ないようですね。1人1日あたりで、平成9年データで248L、平成14年で245Lだそうで。内訳も出ていて、平成14年だと 風呂・洗面その他 32%=78.4L トイレ 28%=68.5L 洗濯 17%=41.6L 炊事 23%=56.4L だそうですよ。 B君:東京都のデータは、水洗トイレが増えていることを意味するようだ。 A君:米国EPAのデータによると、全米の家庭での水使用量は、1世帯あたりのデータですが、 シャワー・風呂 66.5L トイレ 70.4L 洗濯 50.8L 皿洗い 23.5L その他 19.6L 合計 231L だそうです。 B君:ちょっと待て。日本の水の使用量は、米国よりも多いのか。米国のデータは、1世帯あたり、日本のデータは1人あたり。 A君:そうでもないみたいですね。別のデータでは、200〜300L/日・人で余り日本と変わらない。 B君:いやそうなのか。 http://www.infoforhealth.org/pr/m14/m14chap2_2.shtml というJohn Hopkinsの公衆衛生のページでは、 Africa annual per capita water withdrawals for personal use average only 17 cubic meters (equal to 47 liters of water per day), and in Asia, 31 cubic meters (equal to 85 liters per day) (30, 111). In contrast, comparable water use in the UK is estimated at 122 cubic meters per year (334 liters per day), and in the US, 211 cubic meters per year (578 liters per day) だそうだ。これは、日常用に水をどのぐらい採取するかということで、使っている量とは違うようだ。 アフリカ 47L/日・人 アジア 85L/日・人 英国 334L/日・人 米国 578L/日・人 A君:データも様々ですね。どこのデータがもっとも信頼できるのでしょうかね。多少調べてみますか。 B君:インドのデータを見つけた。 3-5 liters for drinking 5-15 for bath 25-95 toilets for flushing, 15-25 liters for cleaning clothes & utensils and 15-40 liters for gardening purpose. 合計が135L/日・人ぐらいだそうだ。 A君:カナダのデータがありました。 トイレ 30%=195L 台所 10%=65L シャワー風呂 35%=227L 洗濯 20%=130L 掃除 5%=32L 合計値 650L http://atlas.nrcan.gc.ca/site/english/maps/freshwater/consumption/domestic/1 B君:すごい量だ。ところで水の使用量の少ない国のデータはあるのだろうか。 A君:先ほど、アフリカ全体の推定値はありましたが、同じアフリカといっても、地域によって違うのでしょうね。よく言われているのが、サブサハラとか、他の乾燥地帯での水の使用量は、1日10〜20Lに過ぎないという話でしたが。 B君:WHOは、1日50Lの水が必要という見解だったと思うが、調べてみるか。 A君:WorldBankの情報によれば、こんなデータがありますね。 http://siteresources.worldbank.org/INTEEI/Data/21836839/BEN08.pdf もっとも、これは、アフリカのベニンという国のもの。 サブサハラ諸国 一人あたりの淡水資源量 5093m3 淡水資源使用率% 3.1% 家庭内使用率% 10.4% これから計算すると、1日・1人あたりで45Lぐらいになりますね。 B君:なんだ。1日10〜20Lというのは平均値ではないということか。 A君:そのようですね。WordBankのEnvironment at a Glanceでいくつかの国を探ってみると、やはり1日10〜20Lしか水が無い国があります。 例えば、チャド、ニジェール、ブルキナファソ、ブルンディ、ルワンダなどなどの国々。 B君:開発をすれば何とかなる国と、どうしようもない国がありそうだ。 A君:まあ、その通りで、これらの国は、開発しても、水資源には恵まれていない。 C先生:大分遠回りをしているような気がするが、そろそろ、日本での節水は環境保全行動として有効なのかどうか、という本題に入ろう。 A君:もう一度復習をしますと、大体250〜300Lの水を1日に使っている。これで水を大事にしようということが何を意味するか。 B君:水は再生可能資源なので、その持続可能性を支配している環境問題の原理原則は、再生速度を上回る資源を使ってはいけない、というものでしかない。 A君:日本の場合、さらに工業用水、農業用水としても水を使っていて、合計570トン/人・年。 B君:加えて日本の場合、いわゆるバーチャルウォータと呼ばれる輸入食品に付属した水が450〜600トン/人・年。 C先生:ということで、日本人はバーチャルウォータを入れると、1300トン/人・年ぐらいの水を使っていることになる。 A君:すごい水の量だ。それで、節水をするということの意味は環境保全行動ではなくて、むしろ経済的な利益が大きい、と説明をしたら、どういう反論が来たのですか。 B君:日本だって、水に関する環境問題は厳然として存在していて、それは水の汚染問題。すなわち、質に関する問題。しかし、量はそれほど大きな問題にはなり得ないはず。 C先生:いくつかに分けるべきかもしれない。 (1)渇水になって水が無くなったら困るから、やはり環境問題なのではないか。 (2)節水をすれば、その余った水で世界を助けることができる。 (3)上水を作るにも、下水処理にも、CO2は出る。だから節水をすべき。 (4)水に限らないが、水を大切にしようという心が、環境を守る心である。 A君:(1)に対しては、どう対抗したのですか。 C先生:単純だ。渇水になって困るのは、生活の質が下がることである。別段、ヒトの生存のリスクが増えることではない。 B君:当然、飲み水が無くなったら命にかかわる、という反論が来る。 C先生:その通り。年間1300トンも実質的に、そして、1日に250Lも生活に使っている。飲み水は、たかが1日2Lもあればよい。2Lぐらいだったら、ボトルウォータを買えば良いのでは、と答えた。 A君:ということを言えば、金持ちはそれでも良いけど、経済的に余裕が無い人はどうする、という反応がくる。 C先生:その通り。冬寒くて暖房を使えないと命にかかわる。となると、灯油を買えないことは環境問題なのか。 A君:一方、水を1m3節約すれば、372円の経済的メリットはある。1m3の水を節約することは大変で、その努力に報われる金額は、何円なのか。それなら、普段からミネラルウォータなどを買わなければ良いのでは、と言った。 C先生:そうは言わなかった。 B君:さて(2)の反論。日本で節水すれば、他の国で使える。これは簡単で、水は高いとは言っても、1m3で372円。ところが、ミネラルウォータならば、500mLで100円ぐらいはする。1m3すなわち、1000Lで372円。500mLだとなんと、0.2円もしない。すなわち、ミネラルウォータは、水道水の500倍の価格。農業用水などは、さらにさらに安い。だから運ぶことは不可能。 C先生:その通り。ミネラルウォータの価格は、水のお値段ではない。嗜好品だから、あんな値段なんだ。 A君:ミネラルウォータが健康に良いとは言えないという話は、割合と簡単に説得できますからね。 C先生:今回も、海洋深層水を信じていたという人は、簡単に改宗してくれた。 A君:水を必要な国に輸出することはできなくても、実は、それに近いことは可能という話は。 B君:バーチャルウォータの考え方。食糧をチャドとかスーダンのような本当に乾いている国に援助することは、実は、水を輸出していることと同じだということ。 C先生:バーチャルウォータを十分に説明する時間が無くて、今回は、簡単に触れただけ。だから、理解されたとは思わない。 A君:それでは(3)ですか、このデータも簡単。1m3の上水供給と下水処理には、0.9kWh程度の電力を要する。これは、CO2排出量に換算すると、原単位にもよるが、大体0.5kg−CO2程度の排出量。これに相当する灯油は、200mL程度で、1800kcal程度の熱がでる。 B君:それで、20℃の水を40℃にしてシャワーを浴びるとする。ただし、熱効率を40%とする。何Lの水をお湯にできるか。1800*0.4/20=36L。 もしも熱効率が80%なら、倍の72L。 A君:36〜72Lの水をお風呂程度まで温める熱量で、1000Lの水の上水供給と下水処理ができる。お湯と水では、15〜30倍近くもCO2発生量が違う。もしも、努力して1日、30Lの水を節約するのであれば、1〜2Lのお湯を使わないことで、同じ効果がでる。 C先生:(4)の何事も大切に、は大切なので、同意をした。だから、節水は、環境保全活動というよりは、経済的な効果が大きく、あとは精神的な満足感。環境保全にそれほど貢献する訳ではない。ただし、もしも、渇水状態になって、生活の質の低下が心配ならば、その地域のダムの貯水量をいつでも注意して、渇水になる可能性を検討すべきだ。 A君:当然の結論なんだけど、日本人は、長い長い間、水を大切にしましょう、と言われて育っている。特に、琵琶湖などのように、水はもっとも重要な環境の一部ですという教育を受けていて、環境を守るには節水をとも言われている。実際には、水の汚濁防止は、下水が完備していないところでは重要なのだけど、どちらかと言うと節水が大切だと思いこまされている。 B君:正に、長い長い歴史だなあ。いくら説明しても無駄なような気がする。 C先生:最後には、節水が環境保全行動だと主張する人は居なくなったが、だからといって納得した様子はなかった。マインドセットが変わるということは、大変なことなのだ。 |
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