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  科学者は21世紀をどう考えているか 06.18.2006
     



 「科学技術と社会−20世紀から21世紀への変容」、丸善プラネット株式会社、IBSN4-901689-51-7、¥1500なる本を読む必然性があって、この機会に、21世紀について、科学技術の専門家が何を考えているかを考察してみることにした。

C先生:このHPでは、21世紀は、環境面で20世紀とは根本的に違う世界になるだろう、との予測を何遍も何遍も繰り返し述べてきた。極めて単純に言えば、「右肩上がり」のみの価値観でやれた20世紀はむしろ単純で、21世紀は、早ければ2020年頃から「右肩下がり」になる。そのとき、「右肩下がり」を楽しめる精神状態になっているかどうかが問題だという意識だ。

A君:そのような枠組みを科学者・技術者が意識しているか、あるいは、関連したことで何を考えているか、それを検証したい、という感じですか。

B君:未来を読むことは、普通なら極めて難しい。しかし、環境に関しては、実は、未来の状況は読みやすい部分がある。それなら、環境科学以外の専門家はどうだろう、という感じだ。

C先生:この本は、2005年3月25、26日に「科学技術が未来社会形成にどう関わっていくか」というワークショップを開催し、多くの異なった専門を持つ科学者達が集まって議論をした。私自身は参加していないが、その記録として、後ほど執筆したものだ。

A君:第1章から第4章までは、1章あたり大体25ページ。筆者1人で1章を担当しています。第1章は、野依良治先生、第2章が中島秀人先生、第3章が合原一幸先生、そして、第4章は長谷川真理子先生が執筆している。第5章は短い文章をオムニバス的にまとめてあって、第6章は総合科学技術会議議員の薬師寺泰蔵先生、そして、第7章はこの本の編集者でもある生駒俊明先生がまとめている。

B君:第1章から順次検討するが、生駒先生がこのワークショップを開催したときの趣旨は、科学技術と未来社会との関係を考えたい、あるいは、考える際のヒントを提供したいというもの。この未来社会というものに、環境的要因がかなり利くはずだ、というのが本HPの立場だ。社会という言葉で、何を考慮しているか、を見ていくべきだろう。

C先生:未来社会にとって、環境は境界条件の一つにすぎないが、かなり重要な境界条件だから、一応考慮して貰いたいと思うのだ。しかし、環境だけですべてが決まる訳ではない。他にも人間的要因など重要な要素があることは確実だ。それぞれの主張がどのような社会観に基づいているか、それは興味深い考察になるものと思われる。

A君:それでは、最初から。まずは、第1章は、野依良治先生。ご存知ノーベル賞学者で現在、理研の理事長。
 文章の題名自身が、「人間は未来世代のために生きる」、と1987年のブルントラント委員会による「持続可能な開発」の定義をほぼそのまま採用したものになっている。
 そして、科学技術は、「高度な文明社会を築き持続するため」に必要だという考え方。 そして、未来社会としては、2050年を想定し、現在のような文明社会は石油を主なエネルギー源にしており、それが枯渇する可能性があることを指摘している。

B君:さらに、2002年のヨハネスブルグサミットでアナン事務総長が言い出したWEHAB&P(Water, Energy, Health, Agriculture, Biodiversity & Poverty)の解決が必要だが、これまで、「科学技術は、余りにも長く成り行き任せで、やむを得ない状況になってからはじめて変革をしてきた」、という全米工学アカデミーの見解を紹介している。

A君:そして、21世紀には文化と文明のバランスした共生が必要であるが、「現代文明とは人類の自己家畜化にほかならない」といった尾本恵市氏の指摘に十分な注意を払わなければならない。
 そして、最後に、人間の生きる真の意味として、「世代の継承」こそがそれだとしている。生殖を終わってからも一生懸命生きることが、その証。そして、「種の保存」「文化の継承」を人為的に阻む行為を悪と定義している。
 結論として、未来世代に役に立つ科学技術を生み出すこと、これが科学者と科学技術者のもっとも重要な役割だとしている。

C先生:失礼ながら、かなり「環境と開発」を勉強されたのではないだろうか。人が生きる意味まで、多少の表現は違うものの、われわれの見解とかなり似ているように思える。多少の相違点は、野依先生は、科学者を対象に述べている。当方は、すべての人は、その人からの情報でないと受け取ることのできない未来世代が将来必ず現れるので、すべての人は、そのような未来の相手を意識して、自分の人生から学んだものを世代を超えて伝えなければならない、と言っているが。

A君:もう一つの共通点が、石油などの化石燃料というものに対する意識

B君:ただ、大きな相違点が人口か。これは国連の人口予測が悪いとも思うのだが、実際には、世界人口は21世紀中期以前から減り始めるし、その人口減少を実現するには、アナン事務総長の言う、Pの解決が必須というのが我々の理解。これは共有されてはいない。

C先生:いずれにしても、本HPとの類似性が極めて高い未来観であることに驚かされた。

A君:第2章は、実は、歴史的な検討で、中島秀人先生の「20世紀の科学技術は社会をどう変遷させたか」−科学技術は人類に何をもたらしたか−。ちなみに、中島先生の現在の専門は、まさに「科学技術と社会」。

B君:比較的近い未来に対して、特に、日本の未来の科学技術のあり方に対して、「アメリカの極めて新自由主義的な科学技術政策が日本になじむかは考えておいた方が良い。勝者にはハッピーだが、実際には敗者の方が多い」と主張し、むしろ「2003年のEUのリスボン戦略に注視すべきだ。2010年までに欧州を高度な知識社会にするという政策として何が行われるか」、と述べている点に注目したい。

A君:第3章は、合原一幸先生による「21世紀の科学」−生命・脳の理解へ−。専門は、生命情報システム論。カオス工学など。
 どちらかというとまだ若い学問である「脳科学」の専門家だけに、この学問はまだまだ進歩させなければならないという形の議論。例えば、社会との関係においても、この学問が進歩すると社会がどうなるか、という議論が中心で、例えば、「健康な脳」とは何かという疑問が出てくるだろう。あるいは、分野横断型の科学技術がどれだけ広い分野に貢献できるかが重要な課題である、といった記述に留まっている。

B君:鉄腕アトムの例えば話のところで、鉄腕アトムは、60ヶ国語を話すことができる、ジェット推進で空を飛ぶなどができる。これらは、現代でもなんとかなる。しかし、鉄腕アトムのもっていた能力のうち、もっとも難しいことが、よい人と悪人を見分けることかもしれない、というのは面白い。大体、よい人とはどのような人で、悪人とはどのような人なのか。社会科学は、自然科学ほど進歩しないということとほぼ同義かもしれないが面白い指摘かもしれない。

C先生:中島先生、合原先生のいずれもが、地球の限界を余り意識していないことが逆に面白い。20世紀を通して、物質文明というものを追いかけてきた科学技術なのだから、物質に限界が来る21世紀には、地球限界に非常に大きな影響を受けるということが、まだ考察の対象になっていない印象を持った。

A君:第4章は、長谷川真理子先生の「環境化される科学」−人は何を求めるか−。行動生態学。進化生物学。
 科学技術は人の生活を変える。そして、人間そのものも変える。科学技術は両刃の剣で、人間の能力を増大させる一方で、不幸やストレスをもたらす。

B君:野依先生と同じ2050年をターゲットとして設定し、45年前の1960年と現在との比較をしている。そして、2050年には、地球環境問題は深刻化すると断定している。

A君:人がどう変化するかという検討では、「人間の物質的享楽の追及は非常に強い」としている。「アフリカでもそうである」。

B君:さらに、人間には内集団と外集団の区別が根強い。ついつい内集団をひいきする。外集団の人間に対しては、敵視したり、共感感情を抱かないこともある。

A君:直感的な把握の限界も大きい。人間は直感的に感覚で認識できること以外の現象を把握するのが難しい。地球環境問題はそのため、日常的に実感が持てない。

B君:人間は科学の複雑さが理解できるかどうか、疑わしい。特に、全体像を把握することは誰もできないだろうし、そもそも全体の複雑さを把握したいという人がいるのか、という疑問もある。こんな状況下で、直感は正しく働くのだろうか。

A君:人間の脳は、何かを理解したいという場合に、システマタイズ(システム化)、エンパサイズ(感情移入)という二種類のアプローチをする。システム化を狙って得る報酬は、コントロールできるという楽しさである。一方、感情移入による楽しさは、「分かり合えたね」ということである。重要なことは、システム化側に存在するのが、・エンジニア、・科学、・一神教、・政治、・官僚、・法学であり、感情移入側に存在するのが、・アミニズム、・他者理解、・物語、・経営、・カウンセリング、・心理療法などがある。

B君:これらのバランスがうまく取れるかどうか、それが重要だな。

A君:科学が進歩しすぎると、感情移入の対象としては不適当になるので、反科学的な心理状態が高まる。そこで、感情移入型の対応が可能な対象として、疑似科学的な動きを増加させることが起きるのは事実でしょう。その典型例が、「水からの伝言」。これだって、感情移入型の人間を取り込む目的で作られている本だ。

B君:システム化をするには、実は、全体観をもてることが必要。それが難しい。それがストレスになる。だから、適切な全体観を把握することを専門とする人間を養成しない限り、科学全体は徐々に困難になるかもしれない。

C先生:長谷川先生の最大の問題意識は、どうやら、少子化が進む社会になったときに、どれだけの人材が自然科学の分野に進むかということのようだ。これは、相当に深刻である可能性がある。
 長谷川先生の観点では、地球環境問題の深刻さが社会に影響を与えるよりも、科学技術が人間の存在そのものに影響を与え、その影響の方が地球環境問題による限界よりも、さらに深刻だと主張していると理解できそうに思える。

A君:第5章は、オムニバス。各先生が短い文章を書いているのですが、もっとも印象の強い主張を一行でまとめますか。

B君:了解。まず、勝木元也先生(分子生物学)の「現代の課題」:「ポピュリズムを超えたエリートの復活を認める社会の成熟が必要」。

A君:前田正史先生(素材プロセス工学)の「サステイナブルマテリアル」:「材料設計にバリエーションがあることが、材料面で日本が2050年においてもサステイナブルであることを意味する」

B君:高岡善寛先生(イオン工学、クラスター科学)の「自然環境との共生」:「諸行無常といった東洋思想を、自然環境との共生を目指す科学的思考に加えることが必要」。

A君:西川伸一先生(免疫学、病理学)。「新しいパトロン」:「研究を支える新しいパトロンの存在とガバナンスを考える共和制が必須」

B君:桜田一洋先生(細胞治療法)「生命科学による未来社会の価値創造」:「自然は個体の世代交代により悠久の時を刻む。生命のはかなさに美を見る。現代社会は美や品格という文化的な観点からの判断能力を失っている」

A君:小菅一弘先生(ロボット工学)。「ロボティックスと社会」:「必要とされるサービスを科学するサービスサイエンス」

B君:中島秀之先生(人工知能)。「情報処理技術と人類の未来」:「コンピュータと人間は分業ではなく、共創をめざしたい」

A君:木村忠正先生(情報社会論)。「情報社会とデジタルデバイド」:「日本と言う社会は、中学の理科の成績が悪くなったとか、学生が勉強しなくなったなどはあるが、政治的・経済的な安定性と、民主的なルールが定着している点で、かなりなものである。成熟した独自社会に自信をもち、肯定的に科学技術と社会との関係を築くべきだ」。

B君:第6章になりますが、ここは、総合科学技術会議の薬師寺泰蔵先生(国際政治理論、技術と国際関係)の出番で、「日本の科学技術を考える視座」という題名。
 歴史を振り返ると、科学技術の発展の歴史が、覇権国を決めていることが分かる。古くは、オランダの技術がベルギー、そしてイギリスにわたり、そこで、産業革命。それからドイツ、フランス、ロシア、アメリカ、日本と来て、今は、ブラジル、ロシア、インド、中国に波が移りつつある。「国富を増やして覇権的な国家になりたい」という波が伝播しているのである。そのために技術が利用されている。

A君:今後の問題については、どのような物質的境界条件があるかについては、記述はなしで、これまでの発展を導いたイギリス、アメリカ、日本などの特性がどう影響するか、という指摘があり、最後に、「科学技術の問題は、科学技術に直接関わる理系の人々と制度や社会や国家を論ずる人々との協働作業をして解決できる問題だと言える」、と結論している。

C先生:歴史的な解釈は見事なもの。本質を鋭く抉っている。しかし、物質的境界条件が大きく左右するということに対する考察がほとんどないのは、ある側面を見逃してしまう可能性があるように思う。野依先生の文章にそこは任せたということかもしれない。

A君:最後のまとめが生駒俊明先生(電子工学)。「日本の進むべき道」:かなり長い記述がある。まず、20世紀の科学の発展の歴史を概観して、非生命に関する科学は、まず、相当のレベルになったと総括している。「もしも科学に寿命というものがあるなら、非生命体を対象とする科学の旬は過ぎた」。「しかし、今後の産業を考えると、バイオ産業はそれほど大きな割合を占めないで、産業技術の主体は情報に移る」

B君:境界条件である環境破壊や資源エネルギーの枯渇の問題にも明確に言及していて、「科学・技術に閉じた問題ではなく、経済活動の結果出てくるものであって、国際的な協調と合意の中で、規制条約などによる歯止めをかけることが可能である」、と比較的楽観的。それは、どうも、ライフサイエンス、情報という非物質文明に重点が移るから、という基本認識によるのかもしれない。

A君:しかし、より具体的には、ロボット技術の開発のようなことを意識されている訳で、それだと、やはり物質文明の範疇。無線操作というエネルギー的には余り効率的でない方法を取ると、エネルギー消費が最終的な問題になりそう。

B君:科学技術をささえる人材については、面白い表現がある。「昔の大学教授は、自分好きなテーマを自分のペースで研究し論文を書くうらやましい存在だった。しかし、いまではなにごとも競争になった。インパクトファクタなる怪しげな指標で、研究が評価される。そこで、研究者はますます狭い自分の研究領域に深入りし、他には何も興味を示さない。教養を持たない専門家が増えていることが、研究データの捏造とか、やっていない研究をでっちあげるという大きな事件がおきる原因である」

A君:「有識者」という概念も変わった。「昔は、「一芸に秀でるものは多芸に通じる」ということが成立していたが、今日のように学問が細分化した時代にも果たしてそうなのか」。「いまや専門家と有識者を恒等式で結ぶことは出来ない」。

B君:結論的には、社会に対して貢献できる科学技術が、バイオ+情報の分野でありうる。専門化しすぎたため、人材供給には不安あり。国際的な協調と合意の中で、資源・エネルギー問題は解決の方向へ。

C先生:われわれの認識では、国際的な協調と合意が、最近のユニラテラル主義の台頭と一神教間・一神教内の宗教戦争によって危機的な状況にある。2050年までに協調と合意が成立するよりは、むしろかえって崩れる方向なのではないか。このような方向性が変わることがあるとしたら、それは、気候変動/温暖化が異常に進行し、どの国の政治家も危機感を共有したときなのではないか。

A君:環境に変容に視点を置いて、社会の変動を予測する我々側のスタンスは、いつものことながら、2050年あたりの着地点の像を明らかにしてから、科学技術の方向性をそちらに向けることが必要。となると、2050年に向けては、気候変動/温暖化、水不足と生態系破壊による食糧供給不足、化石燃料の枯渇、地球人口の自然減を目指す援助、先進国の消費パターン、という5つの大きなトレンドに対応できる新しい文明を構築する必要がある、という結論になる。

B君:21世紀前半は、いわゆる第三の革命に向けての準備期間にある。
 勿論、その中で、文化というものを、特に、地域に特有の文化を十分に発展させる必要がある。そのために、科学技術として何ができるか。その先に、「人間は何のために生きているのか」。このような問いに答えを出しつつ、発展を目指す必要がある。

C先生:このような枠組みを考えても、これまでまとめてきた各先生方の主張は、未来俯瞰図の構図の中に、パーツとして組み込むことが可能でありそうに思える。
 野依先生の21世紀環境観は、上記の全体観にほぼ等価であって、本書の最初の章として、本書の全体的な枠組みを決定している文章であると判断できる。