-------


  最近流行りのシャープ論
    10.21.2012



 昨日、早稲田大学の大学院の国際コースで、英語での講義を4コマ分やってきました。題目は、Sustainability Scienceで、具体的には、過去から未来を見るにはどうするかについて、これまでの方法論を振り返り、データによる現状把握と将来像を多少作ってみる、というもの。要するに、10月8日に脱稿した書籍の概要のようなもの。

 昨日はイントロと課題、過去の方法論、どのような項目について解析をするか、そして、最後に、人口問題と食糧問題について、現状分析と将来への外挿、が内容でした。

 受講者は当然のことながら、全員日本人、受講者わずかに11名。このぐらいだと、こちらから「これどう思う」という質問が連射されるので、居眠りもできず聞く側も大変だったと思います。学生からの回答の評価は、英語ならボーナス点、日本語なら加点なし。

 個別の話題としては、農業のトレンドは分かってくれたと思いますが、やはり日本人の特性は残っているようで、飢餓を経験したことがないはずなのに、どうも多少心配のようでした。

 次回以降、気候変動、エネルギー、鉱物資源、生物多様性、廃棄物、環境汚染、国際協力、産業論、など......と続き、解決への手法の検討、具体的提案、となって終わる予定。それにしても、やはり一日で4コマ連続は疲れる。

 聴講していた大学院生は、日本の将来には不安を持っているようでした。特に、どのような職に就くことができるか、それは安定した職業なのか、などなどは最大の関心事。

 それには、やはり日本の企業に頑張って貰わなければならない。


 このところ、シャープはなぜ没落したかを論ずることが流行しているように思える。

 本日の朝日新聞の経済6面には、シャープがHP、デルを相手に、IGZO液晶の供給交渉をしているという記事があり、隣に、編集委員安井孝之氏による波聞風問には、「ものづくりの技術 守ってばかりでは失敗を招く」という、やはりシャープを主題とする論説が掲載されている。

 シャープの創業者早川徳次さんが亡くなる1ヶ月ほど前の1980年の夏、当時専務で研究開発の責任者だった佐々木正さん(97)が病室にひとりで呼ばれ、「これからもどんどん人にまねられる技術を作って下さい」と頼まれたとのこと。

 佐々木氏は、「技術はまねられる。むしろまねれるような技術でないとダメだ。大事なのは、まねられてもすぐに新しい技術を生み出すことだ」と指摘しているとのこと。

 これは極めて正しい指摘なのではあるが、本当にそのようなことは可能なのだろうか。これが、本日の主題であり、そんな企業の出現を待望したい。



C先生:技術は、確かに生み出すことができる。しかし、生み出すには、それなりの活力が必要である。しかも、その活力はどこにあるのか、と言われれば、それは、人に宿っている。すなわち「人の活力とは何か」、「それは無限に拡大することが可能なのか」、これが基本的な問題だ。

A君:そうですねえ。「人の活力」となると知識や経験の蓄積だけでなくて、やはり、「体力」とか「やる気」、「持久力=我慢」とかいった物理的な能力、精神的な能力が不可欠。

B君:それはそうだ。しかし、まずは、知識・経験の蓄積がどのぐらあるか、これは絶対的な条件。

A君:そこで最大の問題になるのは、佐々木さんの言葉のように「まねされる」技術は確かに優れた技術ではあるのですが、それをゼロから開発するには、例えば、10年といった時間が掛かる。しかし、二番手がそれを「まねる」には、同じプロセスを踏んだとしても、まあ3分の1の3〜4年あれば十分。しかも、なんらかのキーとなる秘密情報が得られれば、恐らく1年間あれば、なんとかなってしまう。日本の液晶が韓国に負けた理由の一つとして、製造のノウハウなどが、退職した技術者によって韓国に持ちだされたことがあるように思いますね。

B君:優秀な退職者は、なんらかの形で雇用をし続けるという枠組みが必要だ。ところが、最近の企業には、そんな余裕がない。

A君:そもそも、「まねされても次が出てくる」という状態を作るために必要な蓄積は、簡単には実現できないですね。まあ、10年間は我慢することが最低必要でしょう。ところが、最近の企業には、10年先を目指して投資をするといったことができにくくなっている。

B君:それは、日本における「株主優先」という原則が、それを適用してはいけない種類の製造業に対しても行われているからだ。米国のような製造業は、アップルのように、まず製品のコンセプトを決め、次に、世界中に存在している最先端の部品をかき集めて、あとはソフト的な技術だけでものを設計するという、いわば設計図を売る製造業。ボーイングですら、最近は似たような状況だ。一方、日本のような基盤的な技術開発で作られた製品・部品・原料を売っている製造業は、これらとは全く違うということが、投資家に理解されていない。

A君:韓国のサムソンにしても同様で、今、アップル、サムソンに日本のスマホは全面的に敗北状態だけど、これに対抗するには、日本でのスマホは1社だけという体制にしなければダメ。それこそ、「選択と集中」をしなければ勝てない分野だから。なぜならば、この手の製品の設計とは「多様な部品の組み合わせとその評価、そして最適化」が基本思想なので、人海戦術が不可欠。

B君:ところが、日本流の基盤的な技術開発の場合には、「ブレークスルー」が基本思想なので、「選択と集中」をするといっても、最初にとりかかることの選択を誤ったらまあダメだから、「選択と集中」が功を奏するとは限らない。すなわち、この手の技術開発では、本当の成果は、ちょっと当初の目的とはずれたところに出る可能性がある。すなわち、なんらかの成果が生まれるためには、「ピンポイントの選択と集中」はリスクが高すぎる。やはり、「複眼的な評価」を可能にする枠組みの中での「ダイナミックな選択と集中」が必要なのではないか。すなわち、基盤技術の開発は、複数の開発目的を睨みつつ、そのなかで、進行状況を観察し続けて、常時、ダイナミックに集中するポイントを動かすということが不可欠なのではないか。

A君:これは以前にも議論しましたが、あらゆる製品は徐々に成熟して、最後には、人件費の安い途上国で製造されるのは当然ですが、開発すらも途上国で行われることになる。アップルのスマホでの成功も、スマホ自体がすでにかなり成熟度の高い製品で、中国で設計された商品もでている。すでに、開発コストが問題になる段階なので、最終的には、人件費の安い国に負けることになる。

B君:アップルの成功が継続するかどうか、それは、次に、どのような新鮮なコンセプトをどのような形で提案できるかに掛かっている。すなわち、ジョブズの個人技だったことが、次の誰かに伝達・伝承できているかどうか、それが最大の問題。

A君:それが問題。だから、アップルは、サムソンを提訴している訳ですよね。デザインやコンセプトが重要で、それをタダでまねされたら負け。そのため防衛的な態度を取り始めたということで、アップルの凋落の第一段階はすでに始まったと見るのが妥当なのでは。

C先生:まあ、そんな議論になるだろうな。まとめると、
(1)どのような種類の技術開発であるかを見極める目を持って、それによって「選択と集中」の手法を使い分ける。
(2)まずその企業のコンセプトを定め、複数の開発目標を決め、その全体を見ながら、開発研究からの有用なアウトカムを見極める柔軟性を持つ。
(2’)材料開発のような場合には、さらに重要で、未だに、何か当初の想定とは違った良い結果が出ることがある。
(3)経験値の高い人材は大切にし、リストラなどの対象にしない。
(4)製品の成熟度が飽和しはじめると、最後は開発コストの問題になって、やはり人件費が勝負。途上国での開発が必須になる。
(5)次世代の新たな製品コンセプトをどのように出せるか、これが設計型製造業が成功するかどうかの最大の鍵。

A君:さて、ここにまとめられた問題以外の、次の問題は何かですね。

B君:設計型製造業にとっては、製品コンセプトで良いが、基盤型製造業にとって、何がそれに相当するか、という問題だと言うことだろう。

A君:それもある意味でのコンセプトなのですが、ただ、基盤型だけあって、誰でも当然だと同意できるコンセプトでなければならないと思うのですね。

C先生:日本の基盤型製造業の基本コンセプトは、長年、極めて本質的なことに挑戦してきたと思う。それは、「信頼性」と「小型・軽量化」だったのではないか。勿論、設計型の製造業にとっても、製品の信頼性は極めて重要なのだ。

A君:アンドロイドをOSとして使って、安定して信頼性の高い製品を作るのは、実は大変に難しいことで、日本製のスマホの最大の欠陥は、「ソフト的な完成度が低く、信頼性が無いこと」ですね。

C先生:その通り。今使っているのは、Galaxy Noteだけど、サムソン製にしても、信頼性はまあまあという程度で、十二分に高いとは思えない。最近のアップル製品としては、iPad2(海外AT&T版)しか持っていないが、iPad2なら、これで何か作業をやったとして裏切られることはないと思えるけど、アンドロイドではそんな気にもならない。もっとも、iPad2ですら、何か文章を書くとか、図を作るとか、クリエイティブなことをする気にはならない程度の機能しかないし、まして、Galaxy Noteで何か創作をする気も全くないので、実用上は問題はないのだけど。逆に、情報を受け取るだけなら、Galaxy 程度で十分とも言える。

A君:日本製のアンドロイド・スマホは、勝手に再起動するものが多いらしいですね。

C先生:実は、ソニー・エリクソンもしばらく前までは外国での設計だったので、純国産のアンドロイドは、キーボードが付いたNEC製以外は使ったことがない。これならちょっとしたメモ作成用に便利に使えるか、と思ったのだが、これはその程度の作業用でも信頼性が怪しくて、使い物にならなかった。

B君:信頼性が無い日本製品など、「誰が買うか」、になるのが当然。

A君:もう一つの「小型・軽量化」は、日本のお家芸だった。部品の小型化は、日本の基盤的製造業の見本みたいなものだった。しかし、最近は、やはり技術が流出を始めているようで、そろそろ次の基盤的コンセプトを見つけて、そちらに移らないと。

B君:小型化に対して「軽量化」は、現時点では余り重要性されていないように思えるけど。

C先生:それは世界の市場を支配している人種が米国人・欧州人だとすると、彼等にとって、2kgのノートパソコンは軽いらしいのだ。だから、1.5kg以下なら超軽量。

A君:日本人でも体格が良くなったから、若者だったら、ノートパソコンなら、1.2kgぐらいでも超軽量でしょうか。

B君:最近、体格は良くなったが、体力はどうか分からん。

C先生:先ほど、NECをけなしたので、今度は褒めることにするが、最近使っているノートパソコンは、NECのLavie Zというもの。重量が875g。電源がちょっと重いのが残念なところ。

A君:ちょっと高価ですよね。

C先生:構造材に使っている合金が、通常のものではなくて、リチウム入りのマグネシウム合金という世界初の新素材にして、軽量・高剛性にしたらしい。素材からの開発をやるということは、ご立派。久しぶりに、NECの心意気が感じられる製品だ。本当に久しぶりだ。

B君:軽量化は付加価値。C先生ぐらいの体力だと、100g軽ければ、1万円の付加価値、200g軽ければ2.5万円、300g軽ければ5万円余分に払っても見合うのでは。

C先生:今、息子にあげてしまった東芝のR631というウルトラブックをちょっと使ってみていたのだが、やはり重いのだ。Lavie Zより250g以上重たい。価格差は5万円以下だった。まあ3万円ぐらいだったと思うが、ノートパソコンでは、やはり、「軽量=大きな付加価値」だと思う。

A君:さて、「信頼性」、「小型・軽量化」の後継となりうるコンセプトでも議論しますか。

B君:究極のコンセプトはすでに決まっている。それは、「地球レベルでの持続可能性の実現」だ。様々なレベルでの話があるが、最後はここに繋げることが。現時点では当然であり必須のことだ。

A君:気候変動防止、エネルギー資源、鉱物資源、水資源、生物多様性、廃棄物の資源有効利用、環境汚染防止、といったところですかね。

B君:それ以外にも、やはり企業としての社会的責任を果たしていることが「地球レベルで」の必須条件。それには、ISO26000が指摘していることに対して、どのような対応を示すか、これが重要。

A君:ISO26000にあるようなことを考えなければ、海外での経営リスクが急に発現する可能性がありますからね。

B君:その通り。ネスレのKitKat事件
http://eco.goo.ne.jp/business/csr/global/clm93.html
このようなことが起きれば、日本企業だったら、恐らく対応不可能になるのではないか。

A君:確かに、「地球レベルでの持続可可能性の実現」を目標として掲げることは、これまでの「信頼性」、「小型・軽量化」の次のコンセプトを確実に述べることになりますね。

C先生:ただし、これらは、しばしば過度に複雑なものだと考えられている。あるいは、逆に、気候変動防止のために二酸化炭素の排出抑制だけやれば十分というように、過度に単純化され過ぎている

A君:結局、企業経営者が勉強不足で、企業にとって常に、「次のコンセプト」が必要であることが分かっていても、持続可能性が次のコンセプトになりうることも、また、その中味を理解していない。

B君:単に勉強不足ということではない。無難な経営をして4年間クビにならないことだけを考えている経営者が多すぎるのではないだろうか。

A君:確かに。もしも何かを積極的にやる気があるのなら、当然「次のコンセプト」が何であるかを考えているはずだし、その中身が分からない場合には、部下にそれを検討するように命じているはず。やる気がない経営者が多い、としか言いようがないのかもしれない。

B君:「地球レベルでの持続可能性の実現」を包括的に考えて、誰か部下に考えさせるなり、あるいは、有識者に考え方を学び、それから自分たちができることをいくつか拾いだして、「経営者である自分としてはこれが重要だと判断した」、ということを「宣言」し、それを実行すれば良いだけなんだけどね

C先生:その通りなのだが、政府側もそれを企業に求めない。求めると、経団連などが反対すると思っているからだろう。いやいや、実は、「求める」という考え方自体が間違っているのかもしれない。政府は、「そのような宣言を企業経営者が自主的に行うことが、企業自身のために必須で、それが企業が長期的に生存するための必要条件だ」、という発言を行うべきなのかもしれない。

A君:ただ、それだと、全く受け入れられない可能性もあるのが、日本という国の現状ではないでしょうか。

B君:多分、多層構造にすることが重要で、最上位として、経営者が自主的に宣言を行って、実施することがある、とまず断言する。そして、もし、それができないのであれば、最低のレベルとして、このような方法もありますよ、というガイドを政府が示して、これに従えば十分ということでは全くないけど、やらないよりは遥かにマシである、という見解を表明することかもしれない。

A君:これまで、例えば、自主行動計画といっても、それはかなり政府によって強制されたという色合いが強かったですが、それそろ、この構造自体を変えなければならないのではないかと思いますね。

B君:それが動く国かどうか、と言われればかなり疑問はあるけど、だからといって、いつかは取り組まなければならない課題だ。現時点のように、ある意味で非常事態が見えているときは、何かを始める良いチャンスかもしれない。

C先生:概論はこんなところでよさそうだ。シャープ論に戻って、具体的な検討をして、まとめよう。

A君:シャープ論の一つの話題として、新液晶IGZOがありますね。これは可能性が無いとは言えない。

B君:確かに高微細度のディスプレイを作ろうとすると、電極材料などが重要になる。しばらくは有用技術かもしれない。

A君:ちょっとだけ説明をしますと、IGZOとは、インジウム、ガリウム、亜鉛の酸化物で半導体です。酸化物薄膜で、と透明性があります。これまでの液晶用の一般的な半導体材料はアモルファス状のシリコン透明伝導膜はITOすなわち、インジウム、スズ、の酸化物でしたが、IGZOを使った新しいデバイスがどうやら消費電力が低いらしいので、省エネは明らかに持続可能性の一つの要件ではありますので、良いかもしれません。(訂正しました。最近の状況をチェックしていなかったもので。S田さんにご指摘いただきました)。

B君:ポータブルデバイスの場合、消費電力を低下させることができれば、電池も、また、充電器も小型化が可能になって、当然、軽量化が実現できるのだ。その波及効果は大きい。むしろ、小型・軽量化は結果なので、消費電力の削減を「持続可能性の問題の一つ」と捉えて、シャープは、世界の持続可能性に貢献しますとでも宣言することも可能かもしれない。

A君:確かにそのような要素はあるのですが、実は、使っている元素が、いささか問題。インジウムは、毒性が高くて、職業上の問題を引き起こしている。さらに、インジウムもガリウムは資源的な問題が無いとも言えない。亜鉛は大量にありそうにも思えるのですが、実際にはちょっと問題。

B君:亜鉛の最大の問題点は、その用途が防錆剤だということで、これは、鉄が錆びない代わりに、防腐効果は亜鉛が自分自身が解け出すことなので、最終的には海に戻ってしまうということ。

A君:防錆剤というものは、要するにリサイクルが不可能な用途であること。IGZO薄膜もリサイクルを考えるのが難しい使用形態かもしれない。

B君:資源的な問題を考えれば、やはり、東工大の細野秀雄先生が発明したカルシウム、アルミニウムの酸化物による透明伝導膜のようなものを積極的に使うことが良さそうに思える。

C先生:しかし、IGZOも、10年間程度以内であれば、シャープの企業活動のカロリー源にはなるかもしれない。提携先もこれを狙っているので、これをいかにして維持するかの戦略がもっとも重要ではあるが。

A君:これ以外に液晶関係は何かあるか、と言えば、テレビでは完全な敗北でしたから、どうも余りなさそうですね。

B君:シャープの液晶テレビはしばしば指摘されているように、成功体験から抜け出られなかった。したがって、守りに入ったが、実際、鉄壁の守りをやるには、守備隊の人選が最重要なのだが、現実には、守備隊から人が抜け出て、相手陣営に情報を提供した。

A君:守備隊をしっかりコントロールできなかった。これは、人事上の問題ですね。人件費をケチったのではないですか。

B君:まあ、そんなところだろう。社長がしっかりした方針を持っていなかったことなのではないか、と推測しているが。

C先生:次のコンセプトとまで行かないまでも、シャープの商品はどうだったのだろうか。

A君:テレビについても最後のころは妙でしたね。それは「クアトロン
http://www.sharp.co.jp/aquos/technology/quattron/index.html

B君:物理的には三原色で十分。通常のsRGB程度は再現可能。どうせテレビは放送局が出す番組やDVD、Blue-Rayからの画像を受動的に再現するものなので、いかに高画質化をしても、ソースが限界を決めているので、全く意味が無い。

A君:大体、四原色ということが物理的にも妙だったのではないですか。黄色を加えれば、より黄色の再現がより良くできるということが売り物になると考えることそのものが。

B君:なにやら偽物の臭いがプンプンだった。消費者を騙そうという意図が透けて見えた。

A君:過去のシャープ製品には、結構そんなものがありました。例えば、除菌イオンエアコンは、他のエアコンメーカーから大ブーイングでしたね。いわゆるプラズマクラスターイオンですが。

B君:先ほどでてきた、本日付けの朝日新聞のシャープ論のなかで次の商品ということになると、安井孝之氏は、「プラズマクラスターと呼ばれるイオンを発生する健康家電商品など新商品群もあるが、シャープの屋台骨を支えるには力不足」と書いているが、これはお世辞だ。

A君:このように物理化学的現象として不確実なものは、もっとしっかりした自己検証が必要不可欠なのだけど、様々な研究組織に研究費を支給して、論文もどきを書かせるというアカデミック・マーケティングとシャープが称することを行わせて、もともと科学の分からないメディを騙した。

B君:大体、「イオン」商品全体がそのようなものだ。マイナスイオンだけでない。効果を実証すること自体が非常に難しい程度のものなのだ。なぜならば、その実態が物理的・化学的に明らかになっていないものなのだから。なぜ、明らかにならないか、と言えば、それは、余りにも微量・微小・微弱なので検出感度が非常に高くなった現代科学に基づく測定器を使っても、取り扱いが難しすぎる。その効果をもともと鈍感な生物であるヒトというものが感じられることの方がオカシイといった程度のものなのだ。

A君:まあ、一言で言ってしまえば、気分的な問題なんとなく、そんな気にもなれるという程度のもの。

B君:そういえば、最近、ホンダがプラズマクラスターをフィットかなにかのエアコンに載せた。いい加減にしてくれよ。ホンダの名声が泣く。それどころか、こんなことをすれば、シャープと同じ道筋で破綻する可能性が見えてくる。もっと、車というものの本質を、地球レベルの持続可能性の面からしっかり見据えたホンダらしい商品戦略を考えて欲しい。

A君:そうですよね。高々1000円以下(実は100円?)程度の原価の偽物で、人気取りができると考える経営方針そのものが、まともな企業にとって危ない方向性だということを分からないのだろうか。

C先生:こんなところで良いだろう。本日の議論の結末は、結構過激だったが、日本企業の再生にとって、もっとも重要だと思うことは、まず、しっかりした企業コンセプトを確立し、それを自己宣言し、「どうだ、カッコイイだろう」と自慢することから始めて欲しいということだ。自分で「カッコイイだろう」と言えば、それをフォローするためには、行動に出なければならないのは当然なので、やらないという企業もいるだろうが。しかし、それでは、それこそ生き残れないのだ。