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  温暖化懐疑論と新聞報道 07.27.2008
     



 7月20日の日経新聞に、塩谷喜雄論説委員が「反論まで周回遅れ 温暖化巡る日本社会の不思議」という論説記事を掲載し、話題を呼んでいる。


C先生:先週の続きのような内容になる。
 石油限界論の急先鋒である石井吉徳先生(東京大学名誉教授、元国立環境研究所所長)は、この記事について、「IPCC絶対視する評論だ。日本の温暖化脅威論が決定的に非科学的なのは、「超楽観的」なエネルギー供給予測に立つからです」。といった議論をされている。

A君:さて、先週の論点の復習から行くと、「温暖化懐疑本は、科学的レベルとして、あまりにも稚拙なものを含む。本来の論点を突いていない」。

B君:それがどちらかと言えば、「広義の科学側」の議論。その他に、まだ論評していないが、ロンボルグなどの議論はやや別種。

A君:その論旨の紹介はまた別の機会で。

B君:それに、これまであまり議論されていないことが一つある。それは、国際政治の行動原理に関すること。

C先生:その議論は重要だ。しかし、新聞などにもあまり記述されたことは無い。しかし、歴史的に見ると、国際社会が一体何を考えているのか、地球環境問題が国際政治にどのように使われているのか、それは極めて重要な視点だと思わせる事実が多数存在する。 しかし、この話は、あまり突っ込むと、どこかの国際評論家が書くHPのようになるから、まあ、科学的なスタンスを失わない範囲で。

A君:それでは、本論に入って、日経新聞の塩谷論説委員の表現を拾ってみますか。

「科学的には決着している地球の温暖化について、ここにきて温暖化と二酸化炭素(CO2)の排出は無関係」といった異論・反論が日本の一部雑誌メディアなどを騒がせている」。

これが最初の一文。

B君:いきなり問題表現だな。「科学的に決着している」ということが何を意味するか。次に続く「温暖化と二酸化炭素の排出は無関係」が科学的な事実かどうかだとすれば、それはNoで、確かに決着済みだ。温室効果ガスを排出して、温暖化するのは、科学的には当然だと考えても良い。ただし、なんらかの寒冷化のメカニズムのトリガーを引くことによって、寒冷化する可能性は残る。たとえば、グリーンランドの氷が溶けて、それが地球の熱塩循環による熱エネルギーの分配メカニズムを壊すといったことだ。

A君:そのトリガーですが、大体は、水と氷が0℃で姿を変えるという性質に原因があるもの。ここで非常に大きな不連続的変化を起こすから、何か他の急激な変化を引き起こす可能性が高い。

B君:だから、どこかの大量な氷が溶けだすといったことを除外すると、温室効果ガスを排出しているのだから、温暖化するのは当たり前というスタンスで良い。グリーンランドの氷が急速に溶け出すということは、普通には1000年オーダーの話。

A君:それ以外にも、良く考えると何か別のトリガーするメカニズムをあるのでしょうけどね。

C先生:話を、科学的に決着しているかどうかに戻すが、「温暖化の定量的表現」、すなわち、前回のHPでも解説した気候感度=「温室効果ガスの濃度が2倍になったときに、何度温暖化するか」については、まだ科学的に決着していない

B君:さらに言えば、地球の揺らぎは非常に大きいので、「人工的な温暖化+地球の揺らぎによる温度変化=温度の変動」なので、温度の変動が実際にどうなるか、それは分からない。

C先生:そこでまたまた立場が違うことになる。科学的な立場とは、地球の揺らぎは、現時点の科学では予測不可能なので、その方向性や変動について議論するのは不可能だ。だから、人間活動による人為的な温室効果ガスの排出によって温暖化についてのみ議論をするのだ。これが、IPCC的な立場。

A君:ところが、懐疑本は、必ずしもそうではない。人為的な温室効果ガスの排出による温度上昇を認める人はまだしも、まったく、認めないという論調の人もいる。

B君:すなわち、「気候感度=ゼロ」派という人もいるが、そのような表現をしない。

A君:「気候感度=IPCCの予測の1/6」だというのが、赤祖父教授の主張なのだが、残念ながら、その科学的根拠は著書の中では発見することができない。

B君:だから、「気候感度」がどのように議論されているか、これがその懐疑本の科学的な正しさを判定する決定的な要素になるということを前回のHPでは主張した訳だ。

C先生:塩谷氏の論説は、さらに続いていくのだが、「IPCCは、昨年の第四次報告書で人為的温暖化の進行を「断言」した」、という表現になっている。

A君:これは難しい。第一ワーキンググループが作った第四次報告書の政策決定者のためのサマリー(通称SPM)という文書、
http://ipcc-wg1.ucar.edu/wg1/Report/AR4WG1_Print_SPM.pdf
に書かれた原文は以下の通り。

The understanding of anthropogenic warming and cooling influences on climate has improved since the TAR, leading to very high confidence[7] that the global average net effect of human activities since 1750 has been one of warming, with a radiative forcing of +1.6 [+0.6 to +2.4] W/m2 (see Figure
SPM.2).

[7] In this Summary for Policymakers the following levels of confidence have been used to express expert judgements on the correctness of the underlying science: very high confidence represents at least a 9 out of 10 chance of being correct; high confidence represents about an 8 out of 10 chance of being correct.


B君:これを「断言」したと読むか、それとも、そう読まないか。
 ちなみに、[7]の注によれば、科学的に最低でも90%確実という表現になっている。100%確実とは言っていないが、科学的事実など、なにも100%確実なものなどは無いので、「二酸化炭素排出が温暖化と無関係」という意見は、間違いだと断言した、としてもおかしくもない。

A君:大体、IPCCも不親切で、本来であれば、気候感度のようなもっと分かりやすい数値で議論を展開すべきなのですが、ここでは、放射強制力=radiative forcingを用いた説明になっているのですが、そもそも、この言葉を知っている人が何人いるか。

B君:インターネットで調べれば、たとえば、こんな解説もあるので、分かるのだが。。。
「放射強制力とは対流圏の圏界面で出入りする放射量の変化量のことで、1平方メートルあたりのワット数で表す。放射強制力がプラスだと、宇宙から地球への放射量が増えて、気温が上がり、マイナスだと、その逆が起こり、気温が下がる」。
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/nagai/warming-cause.html
 ちなみに、この永井俊哉氏という人のカバーする領域の広さは、単に驚異的。

A君:IPCCのFigure SPM.2というものは次の図で、



図1 放射強制力の図 SPM.2

 人間活動による放射強制力は、1.6W/m2程度だが、そこにあるエラーバーを見ると、0.6〜2.4ぐらいになっている。
 これだけエラーバーがあるということは、温室効果ガスが増えれば、90%以上の確信度で「温度はとにかく上がる」と言えるものの、「正確に何度上がるのか」、と問われると、いささか心もとない、という表現が妥当。

B君:気候感度については、先ほどのWG1のSPMには取り上げられていない。ワーキンググループ3のSPMにある。
http://www.ipcc.ch/pdf/assessment-report/ar4/wg3/ar4-wg3-spm.pdf



図2 気候感度と温度上昇 SPM.8

A君:オリジナルのキャプションを付けておきます。しっかり検討したい人はよく読んでください。

Figure SPM.8: Stabilization scenario categories as reported in Figure SPM.7 (coloured bands) and their relationship to equilibrium global mean temperature change above pre-industrial, using (i) “best estimate” climate sensitivity of 3°C (black line in middle of shaded area), (ii) upper bound of likely range of climate sensitivity of 4.5°C (red line at top of shaded area) (iii) lower bound of likely range of climate sensitivity of 2°C (blue line at bottom of shaded area). Coloured shading shows the concentration bands for stabilization of greenhouse gases in the atmosphere corresponding to the stabilization scenario categories I to VI as indicated in Figure SPM.7. The data are drawn from AR4 WGI, Chapter 10.8.

B君:要するに、気候感度は、3℃ということで中心の黒い線が書かれているが、もしも4.5℃ということになれば、上の赤い線だし、もしも、2℃だということになれば、下の青い線。

A君:青い線ぐらいで納まってくれるのであれば、550ppm程度の温室効果ガス濃度でも良さそうですから、対策も大分楽。

B君:しかし、もしも気候感度が4.5℃だということになったら、これは対策を行うのが非常に難しくなる。

C先生:しかし、いずれにしても、気候感度や放射強制力の数値についてIPCCは断言したと言うにはかなり度胸がいる。塩谷氏のそのつぎの表現である、「これまで慎重に科学的な姿勢を貫き、断言を避けてきた組織が、ついに結論を世界に示したのだ」、「どうにも止まらない人類社会の温暖化ガスの排出増に対し、ついに、「断言」という伝家の宝刀を抜いた」、はいささか言いすぎではないか、と思われる。

A君:まだまだ気候感度には不確実性が高い。今後、その測定も可能になるだろうから、現時点の政策としては、IPCCの言う3℃ぐらいを想定して、対処を始め、そして、徐々に修正をしていくことが重要。

B君:確かに、それが科学的な態度というものだろう。しかし、国際政治の世界は、そんな科学的な態度とは程遠いところで、せめぎあいが行われているのも事実。

A君:だとすると、日本は、国際政治の世界で、どのようなスタンスを取るべきか、ということが極めて重要であって、「科学的な態度」とは別の発想で対処をしなければならない

C先生:そのとおりなのだが、日本人のメンタリティーでそこがもっとも苦手のところだと思える。

A君:塩谷氏の論説には、次のような記述がありますね。「米ブッシュ政権は、CO2などの温暖化ガスでは地球は温暖化しない、あるいは、温暖化という現象自体が存在しないというキャンペーンを張ってきた。同調する石油資本がスポンサーを務めていた数年前までは勢いがあったが、最近はほとんどそうした異論を米国内でも聞かなくなった」。
 「理由は二つ。スポンサーが温暖化対策、排出削減の方向に舵を切ったことと、全米アカデミーから、ブッシュ政権が科学者への干渉をたしなめられたからとされる」。

C先生:そうなのかな。ブッシュ政権の反論は余りにも稚拙だったから、防衛できなかった、というのが真実に近いのだと思う。温暖化そのものを否定するのは、やは無理があるのだ。温室効果ガスを放出して、温室効果がでるのはあたり前だからだ。どのぐらいの効果か、それが問題なのだ。

A君:日本がこの時期になって、懐疑論が出たことに関しては、こんな本質的な記述がありますね。「日本でメディアをにぎわしている異論のほとんどは、地球科学とも気象学とも無縁の門外漢の学者の言説である」。

B君:日本の温暖化懐疑論が勢いを得たのは、明らかに別の理由だ。この点への武田邦彦氏の貢献は非常に大きいと言わなければならない。これまで、環境問題でなぜウソがまかり通るかといったことで本を書いて、それがそんなに本が売れると思った人は居なかった。実際のところ、反温暖化論についても、かなり昔から多くの本があったのだが、そんな本を読む人の感性にぴったりの内容と文章表現を適切に選択できる著者が居なかったために、売れたものはほぼ皆無だった。

A君:ところが、武田氏が悪い見本を見せたもので、「それ今だ」、とばかり尻馬に乗った本の編集者が多かった。そして、さまざまな著者に執筆を依頼したというのが実情。

B君:まあ、そんなところ。メディアといってひとくくりにすると怒られるかもしれないが、その軽薄さがここに出ている。

C先生:それにしても思うのだが、日本の産業界のどうしようもない現状維持主義も大きな原因だ。こんなに変化の激しい時代に、現状維持で商売が維持できるはずはないのに、現状維持しか言えない。それは、企業を取り巻く様々な情勢が言わせているという要素ももちろんあるのだが。

A君:現時点で、企業の業績は、ものすごく良いという企業も多々ある。利益の大部分を海外であげている企業も多い。

B君:ところが、日本の法人税が高いもので、日本に利益をもって帰れない。

C先生:法人税もそうだが、株主がもっと利益を寄こせ、株価を上げろとうるさいのも問題。株主と企業の関係も、日本は、周回遅れで米国のマネをして株主優先主義などを導入したのだが、いまだに、それが正しいと思っている経営者が多いようだ。ところが、日本の株主は、米国の株主よりも利に敏い。そのため株主に媚を売っておかないと、自分の首が、次の期まで続かない。社員は締め上げても、止めるとは言いださないから、自分の首は安泰。そこで派遣社員を雇って人件費を節約し、株価を上げて株主を喜ばせる、これが現在経営者のマインド。

A君:それに対して、日本の国際政治の弱さは、目を覆うばかり。

B君:現在、メディアなどでは全く評価されないが、安倍首相が言いだした「Cool Earth50」は、結構まともだった。福田さんの洞爺湖G8のリーダーシップも、まあまあ合格点なのだが。

A君:塩谷氏の論説でも、「今世界で進んでいる温暖化を巡る国際交渉の道筋が見えなくなる。2013年以降に90年比で40%削減を法律化しているドイツ、、、、世界は進んでいる」。

B君:それに対して、日本は2050年に世界全体での温室効果ガス半減を言うだけ。日本が中期的にどう削減をするか、言わない。

C先生:それについては、本HPの見解は、それが正しい。

A君:なぜならば、国際政治の世界は、科学の世界とは全く違うので、「断言」しないと何も進まない。各国首脳は、それぞれの国際政治の立場を認識しつつ、国内政策を発表している。

B君:日本は、まだ、国際政治的な立場を明確に出せていないのだから、しばらくは態度を保留するのが当然。しかも、現時点のような国内政治がネジれて止まっている状況ではますますそうだ。

C先生:地球環境を重視するというEUのスタンスがどこからでているのか。歴史的には、1992年のリオのサミットあたりまで戻るのが正しいだろう。

A君:いつも内部的には議論している話をやるのですかね。

B君:まあ、今回は文字数も多すぎるので、ちょっとだけだろう。

A君:1992年という年は、1989年12月のベルリンの壁の崩壊と1990年のドイツ再統一、1991年12月のソ連邦崩壊との関係で、極めて重要な意味がある。

B君:これらの歴史的なできごとによって、東西冷戦構造も終わってしまった。となると、アメリカによる資本主義が、突出した力をもつ可能性が高い。

A君:そこに都合よく現れたのが、地球環境問題。そのため、地球環境問題が政治的な意味合いを持たされてしまった

B君:京都議定書と米国の関係は極めて微妙。1997年、京都におけるCOP3には、ゴア副大統領が出席しているが、そこでの合意である京都議定書は、クリントン政権としては最初から批准するつもりなどなかった、と言われている。いや、たとえ批准するつもりがあっても、実際のところできるような状況には無かった、という方が正確か。

A君:クリントン政権の真の狙いは、謎。可能性があるのは、ゴア副大統領を次の大統領にするための戦略だったことか?

B君:米国の民主党の基本思想には、米国における資本家による市場支配への対抗意識、というものがあるように思える。加えて、米国による一極的な地球支配もあるかもしれない。もし、京都議定書などを批准してしまったら、米国の経済は減速をするだろう。しかし、米国での資本による支配を若干でも減らすことが可能であれば、それは民主党にとって勝利なのかもしれない。

A君:ブッシュ大統領の戦略は、とにかく、米国の資本による世界の実効支配。資本の量的拡大を目指すグローバリゼーションであったような気がする。しかし、それが、中国やインドの成長を促したような気もする。

B君:EUの環境戦略は、米国によるグローバリゼーションを支持する政治的集団への対抗策として環境主義をとったようなところがある。

C先生:日本は、これまでは、米国経済に依存して経済成長をしてきた。そのため、米国の戦略に反対をすることができなかった。しかし、もはや現時点で、アジアが米国よりも重要な市場になった。となると、今後、アジアに対して、日本がどのような国際政治的な立場を取るのか、これが非常に重大な判断なのだが、現時点では、その議論をできるような政治家が見当たらない。

A君:となると、現在の日本は決定をしないのが、正しい決定、というか、それ以外に方法は無い。

B君:情けない。

C先生:ということで、日本は情けない道を歩くのが、もっとも妥当な選択でもある。福田首相は、その情けなさを発現する首相として最適任なのだ。