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    日本の製造業をダメにしたのは誰?  07.23.2016
            伊藤レポートのROEとショートターミズム




 先週は、水曜日の午前5時10分にシドニーからの便で羽田に戻り、ほぼ、フル活動状態でした。そして、木曜日の朝、日経新聞で目にしたのが、これでした。問題意識を掻き立てられた記事でした。

 ”日立株に動かぬ日本の投資家−成長性評価も『変化遅い』”

 色々と考える要素を含んでいました。

 そこで、本日の主題は「欧米の投資家が日立を評価する姿勢であることに比べると、なぜ、日本の投資家は日立株を見捨てる態度を取っているのか」

 この理由がすべての人に理解されるよう、なんらかの解釈をすべきだろう。そして、改める点を見出さなければ、「日本の製造業に未来は無い」のではないか、と思った次第。

 このところ、日本と欧米の比較をしてきた延長線上で、誰にも納得できる解釈は見つけられないだろうか、とことで書いてみました。



C先生:地球環境問題を離れて、経済に関する記事を書くのは、本来なら我々の役割ではないかもしれない。しかし、日本の投資家と欧米の投資家のどこが違うのか、あるいは、日本の経営者と欧米の経営者はどこが違うのか、といった検討をする経済関係のライターが少ないないので、何かを書くのも悪くはない。なぜなら、毎回言うように、
 環境問題 = 地球の能力 x 人類の活動 
なので、人類に様々な種類があることは、最重要要素であるのだ。特に、地域問題について語るには、国民性といったものを充分に理解していることが不可欠だからだ。

A君:そうですね。本日の主題は、なぜ、日本の投資家は欧米の投資家と違って、日立株の魅力が理解できないか。これを日本人と欧米人の特性の違いによって、説明せよ、ですか。

B君:そもそも投資家には、機関投資家と個人投資家が居る。日本の機関投資家のマインドは、実のところ、欧米の機関投資家とそれほど違うとは思えない。だから、ここで議論をするとしたら、個人投資家の特性に限ることになるのではないだろうか。

A君:機関投資家の最大のものは、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)だけれど、直接の投資はしないので、間接的に様々な金融機関に委託している。

B君:GPIFは、いくつかの原則に基いて投資をしていますが、その(1)がこれです。
 『年金事業の運営の安定に資するよう、専ら被保険者の利益のため、長期的な観点から、年金財政上必要な利回りを最低限のリスクで確保することを目標とする』。
A君:そうして、『株価対策や経済対策のために年金積立金を利用することは絶対にありません。GPIFは、専ら被保険者の利益のために運用することを誓います。』という宣言もあります。

B君:そして、国連責任投資原則に署名した。
http://www.gpif.go.jp/topics/2015/pdf/0928_signatory_UN_PRI.pdf
いわゆるESG投資を進める方針で、GPIFは、割合と国際標準に近くなっている。

A君:あくまでも中長期的な投資収益の拡大を目指しているということですね。

B君:しかし、日本の投資家は、インターネットが活用されるようになってから、極めて短時間で、短期的な投資行動が取れるようになってしまった。

A君:その影響は大きいですよ。ということで、個人投資家の行動は変わった。といってもいつから変わったかはちょっと調べますが、かなり特性が変わっているように思いますね。

B君:そうだろう。要素として、インターネット以外にも、株主総会への出席、さらには、伊藤レポートぐらいは検討しないと

A君:まず、インターネット投資の普及について。こんな文書が見つかりますね。
http://www.jsri.or.jp/publish/research/pdf/93/93_05.pdf
 インターネット投資だと、情報コストが安い。投資信託などを売るとなると、金融機関は、顧客への説明にかなりの人件費を割く必要があるので、手数料が高いのですね。しかし、インターネットだと、情報料はタダですから。

B君:さらに、FXなどの仕組みによって、リスクの高い取引も可能になった。

A君:現在、個人投資家の株式取引の80%は、インターネット経由だそうです。

B君:先ほどの文書にあった、個人の資産構成比の推移によれば、どうやら、2011年ぐらいから、株への投資が増えているようだ。株式以外の証券を除いて、現金・預金、保険・年金、国債が減って、株式に移ったようだ。

A君:ネット投資家のプロフィール解析が行われていて、それを見ると、60歳台は流石にすくなくて、「若くて高学歴」という特性が見えてくると記述されています。

B君:一方、低リスクを好む人は、投資信託に流れているようだ。そして、投資信託は、60歳台の人が多く利用しているようだ。

C先生:先日の英国のEU離脱国民投票の結果、株価への影響が大きかったのが日本のように思える。為替もそうかもしれない。こんなことも説明できる可能性があるだろうか。

A君:この図は、みずほ総研のレポートからの図を引用しています。2016年6月28日付のものでして、英国のEU離脱の結果が分かったのが、ロンドンで6月24日朝。その後の株式相場、為替レートの変化がこんな風でした。


図1 英国のEU離脱決定の株式市場と為替変動率への影響
http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/urgency/report160628.pdf


B君:フランスの株価の暴落率が最高。次が日本。要するに、短期的な影響を受けやすい株式市場だということになる。

A君:それは、日本の投資家の根性が座っていないことも一つの原因なのでは。あるいは、英国がEUを離脱したらどうなるか、充分な解析を事前に行っていないので、反射的に恐怖心に駆られてネットで株を売ってしまう、ということかも知れないですが。

B君:そして、ポンド、ユーロを手放して、円に戻してしまう。当然、円高になって、日本の株価はさらに下がる

A君:日本の株価は、円高になると輸出がダメになるからという理由で下がるのですが、確かに、製造業にとって輸出は重要なのですが、依存率から言えば、日本の貿易依存度は、輸出依存度でたったの14.5%、輸入依存度で16.9%(データの出典は、総務省の統計。2013年度データ。
http://www.stat.go.jp/data/sekai/0116.htm)。
 それなら、全く影響を受けないはずと思うと、それはまた間違っていて、自動車などの輸送機器については、まだ70%ぐらいが輸出向けですから、日本の製造業の自動車への経済依存度が非常に高いことが、円高の影響が株価に悪影響を及ぼす要因なんですね。実は、輸入依存度の方が高いですから、本当は、円高はメリットも大きいのですが。

B君:大体、日本経済の輸出依存度を世界ランキングにすると、2014データで世界で144位で非常に低い国らしい。そう思っている人がどのぐらい居るのだろう。
http://www.globalnote.jp/post-4900.html

C先生:投資家が日本の経済の状況をどこまで知っているのか、ということに一つの疑問点が出てくる。もう一つは、米国の悪い習慣とも思える短期的利益を追求する人(=ショートターミズム)が増えたことだ。

A君:株主総会に行く人がますます増えました。そして、もっと株主のことを考えろ、ROE(自己資本利益率)を高めろと自己主張をする株主が増えたましたが、その原因の一つが、伊藤レポートでは。

B君:そうか。株主総会で叫ぶ言葉が一つ増えたからね。その言葉がROE。

A君:伊藤レポートは、経産省の勉強会的な存在からのレポートでした。そして、伊藤邦雄一橋大学教授が座長だった。正式名称は、「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」最終報告書

B君:経産省にアップされている。、
http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002.html
結論の2にROEがでてきている。曰く、

資本コストを上回るROE(自己資本利益率)を、そして資本効率革命を
 ROE を現場の経営指標に落とし込むことで高いモチベーションを引き出し、中長期的にROE 向上を目指す「日本型ROE経営」が必要。
 「資本コスト」を上回る企業が価値創造企業であり、その水準は個々に異なるが、グローバルな投資家との対話では、8%を上回るROE を最低ラインとし、より高い水準を目指すべき。


A君:概要にある別の項目を見ても、ROEだけか、もっと広い視点はないのか、という感想を持ちますね。

B君:企業のすべてのROE8%が当たり前、というのは、いささか問題がある。製造業が次の経営の柱を見つける必要があるような状況では、かなり長期的な視点をもって取り組む必要があるのだけれど、例外なくROE8%ではね。

A君:有名な話なのですが、グローバル企業の代表格の一つユニリーバの社長ポール・ポールマン氏が、「我々には短期的利益を追求する株主は不要だ」、と言っちゃった。そして、四半期業績報告と利益予測発表を止めた。これで、株価が暴落するかと思ったら、なんと却って株価が上昇した。これは、日本では考えられないこと。
 伊藤レポートにも「ショートターミズム」という言葉が70ページ以降で語られているのですが、企業からの参加者による報告でも、短期志向化は限定的という意見が出たらしいです。
 誰か、ユニリーバの話をしたのだろうか。あるいは、日本企業の自己認識の欠落か。

B君:株主に対する態度が、しっかりしているかどうか、ユニリーバの社長みたいなスタンスを取れる社長ばかりなのか、と言えば、全面的な疑問がある。

A君:しばしば言われますが、最初に紹介した日経の記事でも、比較対象がGEであったりジーメンスだったりしていますが、そもそもGEの社長の任期は20年

B君:しかし、最近になって、社長のイメルト氏自身が、20年が適切な任期かどうかの議論を始めているらしい。

A君:そんな記事が
https://www.genius-japan.com/blog/ono20140425
ここにあります。英国のファイナンシャル・タイムスの記事なのですが、そこでは、結論として、こんなことが言われています。

 「社長就任の際に5年未満の期間を想定していると、長期的な視点で成長軌道を描こうとするよりも、目立つ成果を上げたいとの誘惑にかられる。株価上昇によってストックオプション(株式購入権)の価値を高め、称賛を浴びているうちに身を引くのは、会社のためではなく社長自身のための戦略だ 」。

B君:日本の現状だと5年未満の任期が当たり前。それでもは、とてもまともな長期戦略を考える社長ではないことが指摘されていることになる。

A君:ところが、先ほどの伊藤レポートでは、企業の参加者から、ショートターミズムは限定的、という自己評価。むしろ、これは間違った自己都合評価なのではないだろうか、という結論になりますね。

B君:あるいは、日本という辺境社会だけに通用する自己都合的結論。さらに言えば、なぜ、業種による分析が行われなかったのか、伊藤レポートの作成プロセスに対しても疑問がある。

C先生:いずれにしても、ここで言いたいことは、株価が安定しない犯人は、ショートターミズムとその信奉者の存在であることは確実。そして、その支援をしたのが、伊藤レポート。日本で今頃になって、ROEを追求するのが企業の使命であるといった意識をもった株主がでているということに対して、伊藤レポートは基本的な予測を持つことがなかったのだろうか。本当のROEが一番といった議論が良かったのだろうか。ROE信奉という単純さが、今回のテーマである「日本人投資家が日立離れ」の直接的な原因となっているのではないだろうか。そして、最終的には、日本経済の破綻に繋がるのではないか。
 株主の果たすべき役割の一つとして、まずは、短期指向に陥らず、中長期目線で投資を行うことが義務なのではないか。ROEではなく、イギリスにおけるスチュワードシップ・コードのように、株主の役割を明確にすることを行うべきだったのではないか。
 最後に、もう一つの企業を紹介すれば、Johnson&Johnsonのロバート・ウッド・ジョンソンJrが作った”Our Credo”(我が信条)では、「当社が負う責任の順番を、顧客・社員・地域社会・株主」と定めている。株主が最後というのはおかしいのではないか、という株主からの質問に応えて、「顧客第一で考え行動し、残りの責任をこの順序通りに果たして行けば、株主の責任は自ずから果たせるというのが正しいビジネス論理なのだ」と切り返したとのこと。
 そして最後の最後に、私個人が企業関係者に良く言う言葉を。
(1)「企業は株主のものではあるが、株主のためだけのものではない」。
(2)企業経営では、「互恵的利他性」を理解し実践しない限り、本当の成功には到達できない。ここで、「他」とは顧客、地域社会、そして地球である。本当の成功とは、地球を破壊しないで、全地球上の企業活動が活発に行われる状態にあることを意味する。この最後のところは、株主にも理解して欲しいと思っている。なぜなら、株主の子孫の反映には、地球が持続的な状況を維持することが最大の条件なのだから。
 最後の最後にさらに追加。次の引用は、「持続的成長に向けた資本主義の再構築について」というもので、みずほ銀行産業調査部の矢澤一平氏が書いたものですが、非常に有用な文章なので、是非お読みいただきたい。
http://www.mizuhobank.co.jp/corporate/bizinfo/industry/sangyou/pdf/mif_133.pdf