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  単純な物理現象が否定される不思議   06.05.2011 

     温暖化懐疑論者は非常識派?




 さる雑誌から、執筆の依頼を受けた。いささかもう遅いと思うのだが、地球温暖化の懐疑論をどう思うのか。これに関して様々なスタンスからの投稿を集め、連載するという。

 温暖化人為起源説を常識派、そうでない説を非常識派として、比較を楽しもうということのようである。

 ということで、締切りはいささか先であるが、原稿の長さを気にしないで、下書きを書いてみた。さらにポリッシュアップして、締切りに備えたいと思っている。

 ところで、今週末は、3月12日、13日の予定が復活して東北大学環境科学研究科に出かけている。


「単純な物理現象が否定される不思議」 - 温暖化懐疑論者は非常識派?

 地球温暖化をどのような観点から議論をすべきなのか。この問題を地球物理として、あるいは、天文物理としてだけ議論をするのは、本来の進め方ではない、と主張する。

 人類生存のリスクを定量的に評価する環境問題、この言葉が嫌いならば、リスク未来学の立場から議論することが本来のやり方である。

 人為起源の温室効果ガスを、いつ、どのぐらいの量を排出すると、将来の気候がどのように変化し、地球上に危険と思われるどのような現象を引き起こす可能性があるのか。それぞれの現象が、さらに増大してどのぐらい危機的になる可能性があるのか。想定外の現象が起きる可能性は無いのか。

 加えて、そのような危機を回避するために、どのような方策が考えられるのか。その費用はどのぐらい掛かるのか、といった議論が必要ではある。こう言えばお分かりのように、さすがに物理学分野ではない。環境学、環境経済学の分野である。

 今回のXXX誌の連載では、温暖化を認める常識派と、認めない非常識派の論争の形を取る、とのこと。しかし、常識派、非常識派という分類は、実は余り適当ではないと考える。常識派の定義が、人為的な温室効果ガスの排出が、地球温暖化の原因であると考えている人という分類では不十分である。

 本来のあるべき分類は、人為起源派の中の常識派、人為起源派の中の非常識派、非人為起源派の中の非常識派、この3種類に分けるべきである。

 本来、2×2=4の分類であるはずなのに、この分類では、非人為起源派の中に常識派が存在しない記述になっている。

 ここでは、常識派と非常識派は、次のような定義による。常識派とは、科学者を社会的存在として認識し、自らの研究などの価値は歴史が決める、と考えている集団である。そして、非常識派とは、研究成果や著作を発表することによって、自らの主張によって世間をいかに驚かすことができるかを最大の目的と考え、それによって、次の研究費なり印税の獲得を目指す、という動機で行動をしている集団を意味する。

 この定義に従うと、非人為起源派には常識派が居ないように思えるのである。そして、これが、この温暖化懐疑論の本質をもっともよく表していることだと考えている。


1.人為起源派の中の非常識派

 英国においてクライメート・ゲート事件を引き起こしたり、過去の地球の気温の推移などに細工などをした人々である。要するに、端的に表現すれば、ウソを付いた人々だと言える。

 研究者という人種のこのところの特性として、研究費の獲得というものが最優先される傾向があるので、このようなウソは、気候変動だけでなく、あらゆる科学の分野でもあり得ることである。

 国家的な問題になったのは、ES細胞の論文不正事件で知られる、韓国における黄教授だったか。

 このようなウソに基づく論文の総数は、どのような研究分野でもゼロではないが、論文数の全体と比較すれば、無視できる程度である。少数のウソつきが存在するからといって、その事象そのものを否定することは、余りにも乱暴である。

 この事情は、地球温暖化においても同様である。ウソに基づく論文の総数は、それほど多くはない。


2.ゴア氏は人為起源派の何

 アル・ゴア元副大統領のスライドショーで使われた”事実”やデータ、さらには、そこで行われた説明はどうなのだろうか。

 例えば、南極ボストーク基地付近のアイスコアの分析結果は、次の図のようなものである。


図 ゴア副大統領が温暖化の説明に使っていた南極ボストーク基地のアイスコアの解析

 この図は、南極ボストーク基地の氷のコアに含まれている泡の中の空気を解析することによって得られた、過去数回の氷河期をカバーする地球気温の変化と二酸化炭素濃度などを示している。

 この図を見ると、二酸化炭素濃度と気温との相関関係はかなり高いように見える。氷河期からの回復も、空気中の二酸化炭素の増大が原因だったのだろうか。

 実際にはそうではない。なんらかの理由で、気温が上昇し始め、それにともなって海中に溶けていた二酸化炭素が空気中に戻ったため、大気中の濃度が上昇したものと考えられる。

 温度が上昇してから、大気中の二酸化炭素が増えるまでに、800〜1000年程の時間的遅れがあるので、これは確実に言えることである。

 ところがアル・ゴア元副大統領は、彼の講演会で、この図の解釈について、次のように述べている。

 When there is more carbon dioxide, the temperature gets warmer, because it traps more heat from the Sun and inside.

 多少、言いたいであろうことを補充して解釈すると次のようになる。

 「大気中に二酸化炭素の量が多いほど、気温は暖かくなる。なぜなら二酸化炭素は、太陽の熱だけでなく、地球側からの熱をより多く捕まえるから」。

 この説明だと、氷河期からの間氷期への移行も、大気中の二酸化炭素の濃度の上昇が主たる原因だということを主張しているように聞こえる。

 実際にどうなのか、と言えば、太陽を回る地球の軌道、大気中・海水中の温室効果ガスの変動、大陸の配置の変化などが要因としてあるようではあるが、まだ論争中ということ表現が正しいのかもしれない。

 氷河期・間氷期の遷移の原因として温室効果ガスがそのひとつとして指摘されていることではあるので、ゴア氏の説明が全面的にウソだとは言いにくい。科学的な正確さを求めると、インパクトのない話になってしまうということもあるので、学術発表ではない”スライド・ショー”としては、仕方がないという評価も可能である。


3.非人為起源派の中の非常識派

 様々なタイプが存在している上に、著者に直接質問をすることができていないので、本当に何を主張したいのか、良く分からないケースが多い。

 二酸化炭素が温室効果ガスであることそのものを否定していると思えるケース。温室効果ガスであることは否定しないものの、現在人類が放出している程度の温室効果ガスであれば、地球の気温上昇はそれほどでもないと主張していると思われるケース。

 二酸化炭素による温室効果には触れないで、例えばスベンマルクの論文を根拠とした場合のように、気候変動に大きく影響する雲の形成には、もっと多くの要素があると主張しているもケース。

 などなど、実に様々な主張がなされている状況である。

 「地球温暖化懐疑論批判」、2009年5月14日、東京大学サステイナビリティ学連携研究気候IR3S、地球持続戦略研究イニシャティブ(TIGS)によれば、
http://www.ir3s.u-tokyo.ac.jp/pages/236/all.pdf
以下のような例があるとされている。


*科学者間に合意はない
*温度観測データへの疑問
*衛星による温度観測データの矛盾
*2001年以降気温上昇は停止
*ホッケースティックの図は間違い
*二酸化炭素濃度上昇と温度変化の傾向が異なる
*最近の温暖化は太陽活動の影響
*過去約100年間の温暖化は異常ではない
*最近の温暖化は自然変動
*大気汚染が温暖化の原因
*気温上昇が二酸化炭素濃度上昇の原因
*海洋から二酸化炭素が大量に放出
*大気と生態系・海洋との二酸化炭素交換量に比べて人為排出は少ない
*炭素循環の推定値が間違っている
*人為的排出の二酸化炭素の大気中滞留時間は短い
*森林による二酸化炭素吸収はない
*森林火災のため地球全体では二酸化炭素は吸収しきれない
*「森林が二酸化炭素を吸収する」という発想は見当はずれ
*観測から推定される気候感度は小さい
*地上温度は平均地上気圧で決まる
*平衡モデルが間違い
*二酸化炭素温暖化説は対流に対する考慮がない
*二酸化炭素の効果は水蒸気の効果に比べて小さい
*二酸化炭素による赤外線吸収はすでに飽和している
*ツバルでは海面上昇は起きていない
*局地の氷の融解による海面上昇はない
*気候変動の優先順位は低い
*温暖化した方が良い
*閉山した炭坑は回復できない
*長期的な削減方式、短期・中期的な適応方式が現実的
*温暖化問題とエネルギー問題とのデカップリングが必要
*京都議定書は日本にとって不公平
*京都議定書を守っても温暖化対策の効果なし

 上記リストからいくつかの例を取り上げて、本稿の主題である単純な物理現象が無視されているという説明をしたい。

(1)温室効果ガス以外が原因
*最近の温暖化は太陽活動の影響
*過去約100年間の温暖化は異常ではない
*最近の温暖化は自然変動

 直接、温室効果ガスが温暖化に関係ないという主張が行われているとは限らないが、間接的に、温室効果ガス、特に、二酸化炭素排出の影響がほとんどないと主張しているように見える。

 単純な物理現象として無視されていることは、「温室効果ガス」という言葉である。いくら放出しても温暖化が起きないとしたら、温室効果という物理現象そのものを否定していることになる。

 自然変動派の場合、その変動理由を定量的に説明できていないにも関わらず、その正当性を主張できることも、不思議である。

 もしも小氷期からの復活段階で温度が上昇しているとしたら、それが現時点まで続いているとどうして言えるのか。途中で、その機構は終わり、次の機構に変わってしまったが、依然として温度上昇が続いているという可能性をまったく考えていないのはなぜか。これは、複雑な系における現象であっても、常に単一な機構で説明できるという主張をしていることであり、物理現象の根本的な原理を無視している。


(2)二酸化炭素の影響は小さい
*二酸化炭素の効果は水蒸気の効果に比べて小さい
*二酸化炭素による赤外線吸収はすでに飽和している

 水蒸気の温室効果の方が、二酸化炭素の効果よりの大きいのは事実なのだと思う。地球の放射平衡温度は、マイナス18℃。地表の平均気温は15℃。すなわち、33℃もすでに温暖化している。そのために、多くの生命が維持できていると言える。

 それなら、この33℃分の温暖化のうち、水蒸気が何%、二酸化炭素が何%の寄与なのか。

 もし、水蒸気の効果の方が二酸化炭素よりも大きいと言うのなら、この問に答えて貰いたいと思うのだ。

 多分、現実には、水蒸気に関わる現象が複雑すぎる。答えが出せないというのが答えなのかも知れないとは思う。

 二酸化炭素による吸収は、すでに飽和していて、これ以上濃度が高くなったとしても、熱を吸収できるわけではないという主張もある。このような主張をするのであれば、金星の表面温度がなぜあのように高いのかを説明して欲しいと思う。

 ちなみに、金星の放射平衡温度は、地球よりも太陽に近いのにマイナス48℃。そして表面温度は450℃。二酸化炭素の濃度はであり、水分はほとんど存在していない。


(3)言葉の定義がそもそも違う

*2001年以降気温上昇は停止

 この主張は、余りにも短絡的であるので、本来ならここで取り上げるのもおかしいのかもしれない。気候変動と気象変動とは違う。そもそもの定義の違いを無視しているからである。そもそも気候とは、ある地域の植生などが変わってしまうことを意味し、温度が多少下がった、上がったといって議論をするような問題ではなく、最低でも50年間といった長時間に渡っての変化を議論すべきものである。

(4)それ以外のすべての主張は、気候変動を取り扱う視点が無い。リスク未来学としての取り扱いをすべきだという理解がない

*温暖化の優先度が低い
*温暖化した方が良い

 このような結論を出すには、非常に広い視野からの気候変動のリスクを解析する必要がある。

 たしかに、全球凍結のような事態になれば、人類が生存できる可能性は低いだろう。しかし、温暖化も程度問題であって、大幅に温暖化してしまえば、水供給のパターンが大幅に変わってしまうという可能性もないとは言えない。

 そうなると、やはり現在の多めの人口を養うのに十分な食糧の供給は無理になるかもしれない。


(5)最後に、ひとつ追加したい

*コンピュータシミュレーションに用いる気候モデルは、すべて温暖化が算出されるように「躾られている」。

 上記リストにでていない主張であるが、直接メールによってそう主張された方が現実におられるので、最後に特記しておきたい。

 もしも、これのような発言が正気でなされたとしたら、恐らく研究者というものを余りにもバカにしていると言わざるをえない。


4.温暖化研究は先端科学か

 2002年3月15日に運用を開始した「地球シミュレータ」という名前のスーパーコンピュータを用いた日本における気候変動のシミュレーションは、確かに最先端研究であった。

 この地球シミュレータは600億円もの予算が投入されて開発された、最後のベクトル計算機であった。2002年6月から2004年11月まで、スパコン世界ランキングTOP500のトップを維持した。

 これほど長い間トップを維持するスパコンは極めて珍しい。維持費用は年間約50億円であった。その後はPCクラスタ型が主力になったスパコン界であるので、最後の本物のスパコンだったのかもしれない。

 地球シミュレータを使ったモデリングは、明らかに先端科学であった。IPCCの第四次報告書にも充分に貢献した。2007年のノーベル平和賞への貢献もあっただろう。

 来年3月、「革新」と呼ばれる後継の気候モデリングのプログラムは終わる。10年間経過し、気候モデリングは、いよいよ出口指向にならざるを得なくなった。

 しかし、一部の研究者のマインドは、未だに先端研究という名の理学的な研究から抜け出せていない。出口指向の気候変動モデリングとは、どのような社会的なニーズに応えなければならないのか、そのイメージが持てない研究者も多いようだ。

 今年の12月には、南アフリカのダーバンでCOP17が開催される。その成果がどのようなものになるのか、予想は極めて困難である。

 しかし、それがどのようなものになるかを別にしても、第四次報告書のように、2100年までの温度上昇を2℃以内に抑えるといった合意が形成できるとは思えない。

 その理由は、米国、中国という2大排出国が、排出量の絶対値の削減に合意するとは思えないからである。

 日本とかEUとかがいくら削減に合意しても、その効果は多寡が知れている。そのため、許容せざるをえない排出シナリオは、3℃程度の上昇をするものになる可能性がある。

 となると、地域によっては、気温が上昇することを前提として、適応策を実施し、発生するかもしれない被害に対応をする必要がある。

 適応策には、いくつもの種類があるが、もっとも時間が掛かることが、河川の堤防の嵩上げとか、海岸の防潮堤の整備といった社会インフラに関わることである。

 日本政府の現在の財政状況であれば、多額のインフラ投資を行うことは不可能かもしれない。そのための税制を変更することから、取り組まないと、なんらかの被害がでてしまう可能性もある。

 となると、もしも気候モデリングによって、近未来の予測が可能なったとして、30年後には、インフラ投資が必要という結論が出たとき、まず予算の確保から行う必要があることになる。

 30年後の予測の不確実性が高ければ、なんら対策は行われずに、被害が起きることを容認せざるを得ないという状況になることも考えられる。

 2013年以降に行われる気候モデリング研究では、このような厳しい現実に直面するだけの結果、特に、リスク科学としての取り扱いが可能になるだけの結果を出す覚悟が必要になる。

 すなわち、気候モデリングは、もはや先端科学ではなくなって、環境科学、この名称が嫌ならば、気候変動リスク科学の一部になる。


5.まとめ

 非人為起源派の中の非常識派の主張に、これはすごいという主張は見当たらない。比較的弱い主張だったと思われるのだが、それでも、日本のメディアによって支持されたのだろうか、一定程度の存在感を示したのは事実である。

 メディアのマインドは、常に問題であって、世の中の大勢がある方向であるとき、それに逆らう人の存在を嬉しがるという傾向は、強まっているようにも思える。

 これは、メディア自身が、正統的な論を張っていれば生存できるという状況ではなくなって、虚像でも良いから、何かニュースが売れれば勝ちといった態度を取らざるをえない状況になっていることを示している。

 このような終末的状況は、欧米の既存のメディアでも同様ではあるのだが、一流と言われる欧米のメディアは、やせ我慢をしてでも、全体像を伝えようとしているように思える。すなわち、極端な少数派の意見は、取り上げない。

 実際、温暖化懐疑論を主張した人数は、と数えてみると、本当に少ないのに、メディアなどで取り上げられた回数は異常に多かったように思える。