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 スマートグリッドと日本戦略   11.08.2009
      



 このHPでは、スマートグリッドというものを取り上げるのは初めてである。この言葉は、1月にオバマ政権が発足し、その後、グリーンニューディールという言葉が流行しかかったときに、その構成要素の一つであった。

 すなわち、米国に大量の太陽光発電や風力発電を導入し、同時に、スマートグリッドという新しい電力供給網を整備することによって、電気自動車などを含めた総合的な電力利用効率を上げるという説明だったが、詳しいことは不明のままだった。

 今回、現状を分析して、日本としての対応の方向性を提案してみたい。



C先生:スマートグリッドという言葉は、当時、斉藤鉄夫環境大臣にグリーンニューディールについて解説したときに初めて使ったが。実は、今にして思えば、中味を良く分かっていた訳では無かった。

A君:そうですね。日本での反応は様々でした。まずは、スマートグリッドというものの定義がはっきりしなかったことが第一の原因でしたね。

B君:日本の電力業界は保守本流だ。何か新しいシステムを日本にも入れなければならないと言われたと思って、電力会社は、こう主張した。「日本の電力網はしっかりしているが、米国のものは老朽化していて、停電したとき復旧に何時間も掛かる。このような不安定な電力供給網を改善することが目的である。したがって、日本では不要である」。

A君:リーマンショックで、金融業もあまり頼りにはならないと悟った米国で、もともと、Googleがスマートグリッドの導入の主導権を握りそうな状況だったこともあって、米国発のインターネット戦略の一つではないか、という観測も流れました。

C先生:そういうことだ。要するに、スマートグリッドは日本には無関係だ、といった雰囲気にごく最近まで支配されていたと思う。

A君:最近になって、やっと米国の狙いが見え始めて、日本としてもどのような反応をすべきかという見地から見直しを始める動きが出てきたというところでしょうか。

B君:それはそうだ。しかし、やや防衛的な反応が主体で、チャンスを見極めて日本の特技を活かそうという議論が不足気味のように見える。すなわち、スマートグリッドというキーワードに、もう少々戦略的に対応することを前提として将来を見据えると、どうなるのだろう、と言う検討が必須だ。

C先生:まずは、スマートグリッドに関して、米国がどのような状況にあるのか、まずは、その情報源を探してみてくれ。

A君:まず、過去のさまざまなメディア情報をまとめたブログが存在しています。もと日立の鈴木逸平氏になるブログがあって、7月22日から始められていますね。
http://smagri-technology.blogspot.com/2009_07_01_archive.html

B君:ちょっと見たが、残念ながら、このブログにある資料は英文のみだ。これでは読むのが大変だろう。最初のころは、題名すら英語だ。10月半ば掲載分から、題名のみ日本語になっているので、どのような話題が掲載されているかだけでも一見の価値があるのだが。

A君:もう一つ。どうやらすでに有名な報告書のようで、また、やや古くなりますが、市川類氏がまとめたジェトロからの報告書が、米国の状況を良くカバーしているように思えます。
http://www.csaj.jp/government/other/2009/090709_jetro1.pdf
 ジェトロのニューヨーク便りの7月臨時号だから、6月までの情報がまとめられていると考えるべきなんでしょうが。

C先生:いずれにしても、英文の資料や上記レポートで指摘されているもっとも重要なことは、「米国の電力網が旧式でかつ整備不良なため不安定で、日本の電力網とは違う」といった事実ではなく、実は、「今後、標準化が鍵となる」という予測である。

A君:「標準化」という言葉ですか。しかも、かなり多くの部分が、「IT面での標準化」。実は、この標準化という言葉こそ、日本産業全体の、さらに言えば、IT関係産業のアキレス腱ですからね。

C先生:苦手な標準化。さて、日本の産業戦略として、何を目指すべきなのだろう。
 まずは、スマートグリッドというものが完成したら、どんな社会になっているのか、もう少々詳しく予想して、記述してみるか。

スマートグリッドというものが完成したら、どんな社会

A君:当然のことながら、スマートグリッドを構成するものは、まず、二種類のインフラ、すなわち電力供給網と情報通信網です。これが合体することがスマートグリッドの内容。

B君:そもそも、電力供給網というものをもう少々考えなければならない。まず、電力というものはそれ専用の設備が無い限り、貯めることができない。当然、余らせることもできない。

A君:だから、電力供給網が完全に機能する条件とは、電力供給量と電力需要量が等しいことですね。発電機は、需要量にぴったりの電力を供給するように、粛々と発電をしている。

B君:ところが電力需要量は、ユーザ側に完全に依存していて、オフィスや家庭のような小規模な消費は全く予測不能だ。昼間にはオフィスが活動しているとか、家庭であれば、夕刻には調理のために、夜間になれば照明が、というように大体の予測はできるが、発電量としては、大部分は予測不能な電力需要に対応しなければならない。

A君:もしも、ある地域で電力需要が高まれば、その地域の電圧や周波数が下がる。これを検知し、その地域への給電を増やすといった制御が行われています。しかし、制御の対象となるのは、電力会社が所有する機器だけ、すなわち、発電機ですが。

B君:電力供給網がスマートグリッドと呼ばれるためには、制御が発電機だけではなくて、工場、商業施設、オフィスや家庭内に存在する消費側の機器にも及ぶことがその条件だ。しかも、電力と情報が供給側と需要側の双方向に流れることがスマートグリッドの定義である。

A君:情報はとにかくとして、電力もある機器については、両方向に流れる。例えば、電気自動車用の充電器ですが、全く新しい機器を開発する必要がある。

B君:いずれにしても、すべての電気を使用する機器に、電源ケーブルに加えて、ネットワークケーブルが接続されることになる。

A君:当然のことながら、消費サイドの機器として、一番先にネットワークケーブルが接続されるが電力メーターである。なぜならば、後で説明するように、これで電力単価をフレキシブルに変える必要がでてくるからです。

B君:当然ながら、自家発電用のガスタービン、分散型の発電設備である太陽電池、コジェネ用のディーゼルエンジン、燃料電池、風力発電などがネットワークに乗ってくる。もしも電力貯蔵設備があれば、これは電力を双方向に流す設備になって、当然、ネットワーク化される。

A君:単なる機器でも、大電力の電力使用機器だと、例えば、電気オーブン、エアコン、電気自動車、などがネットワークに接続されるでしょう。

B君:電気自動車は、消費サイドの機器として見るだけでなく、将来50kWhといった電力を貯蔵する可能性があるので、電力貯蔵機器としての役割も期待されている。

A君:そんな機器がスマートグリッドに接続されたとして、そこで、一体何が行われるのか。

C先生:その前に、スマートグリッドのメリットと考えられているものが何かから検討すべきだろう。

スマートグリッドのメリット

A君:はいはい。最大の効用は、電力の信頼性の向上と質の向上だとされています。しかし、その裏には、「電力系統の増強にコストを掛けずに」、という言葉が隠されているのを見逃してはいけない。

B君:それでは例題で考えよう。例えば、ある地域の電力需要が気温の上昇などが原因で急に増大したとしよう。恐らく、エアコンが最大出力で運転されているものと思われる。供給力に限界がある不安定な電力網からの電力ゆえに、電圧や周波数が不安定になり始めたとき、電力会社が運用しているプログラムが動作を開始して、契約によってエアコンの制御の権限を電力会社に渡しているオフィスや家庭のエアコンは、強制的に出力がダウンさせられる。

A君:家庭の室内温度が上がるけど、それは後日、金銭的に補われる。

B君:大電力のオーブンなどは、もしもその時点で使用中でないのなら、しばらくの間、恐らく、夕方になって気温が低下するまで使用不可能になることがネットワーク経由で知らされる。

A君:こちらも、後日、金銭的に補填される。

B君:工場の生産が止まっているとき、その工場にあるガスタービンなどの自家発電があれば、自動的にその自家発電が起動し、電力の供給が始まる。

A君:その供給された電力は、高額で購入される。

B君:さらに、家庭などでは、電気自動車の電池に貯められている電力が、これも契約に則って電力網側に流れ出し、電力の不足を若干なりともカバーする。

A君:当然のことながら、このような電力は、かなり高い価格で買い取られる。
 電力だけでなく、家庭やオフィスにある機器の制御権も有価で電力会社側に買い上げられる。

C先生:そういうことだ。市場メカニズムを電力にも導入することによって、電力供給網というハードウェアの不完全さをカバーすることが発想の核になっている。

A君:しかし、何もかも良いことばかりではない。なんといっても、この全体を制御するのが、IT技術ですから。電力供給網固有のリスクは低減できる可能性があるのですが、情報通信網に由来するリスクは確実に増えると思われます。

C先生:スマートグリッドがサイバーテロの対象になったら、一体何が起きるのだろうか。相当の高度なセキュリティーを確保する必要がある。

B君:単なるソフトウェアの誤動作だ、などと言っていられない事態の発生も予測される。間違っても、病院などの電力供給システムは、スマートグリッドに載せるべきではないように思う。

C先生:それでは、日本ではスマートグリッドはどうなる

日本ではスマートグリッドはどうなる

A君:すでに出てきましたが、日本の電力供給網は、各電力会社による設備投資が十分に行われているために、老朽化している米国の状況とは大幅に異なるとされています。

B君:それだけではない。米国のシステムとは異なり、日本の電力網では、実のところ、情報システムもすでにかなり完備されている。

C先生:米国では停電時間が年間1〜2時間が普通だが、日本では、年間数分から十数分だ。自動的に修復が行われるからだとされている。

A君:しかし、日本の電力供給網に弱点が無いという訳では無い。基本的に配電地域が決まっているだけに、域内での発電、域内での給電が原則になっている。そのため電力会社間での電力の融通が十分に行えているとは言えない。特に、50Hz域と60Hz域が共存しているという先進国としては極めて珍しい国ですし。

B君:その構造が影響するのが、例えば、風力発電の受け入れ量だ。風力発電の適地が多いのは、北海道と東北地方であるが、北海道電力と東北電力が供給している電力は、東京電力の供給電力量のそれぞれ1/10、1/4程度でしかない。大口需要者による電力消費以外の電力、すなわち、小口需要者の電力消費が全電力供給量に占める割合は、東京電力、東北電力がそれぞれ72%、67%と70%程度であるが、北海道電力では81%なんだ。だから、電力網の制御が難しいのではないかと思われる。そのため、風力発電のような揺らぎの大きな電力をもっともポテンシャルの高い北海道で大量に導入することが難しい。

A君:となると、北海道に必要な技術は、不安定な電力を一時的に貯蔵して、安定した電力に変換する技術ではないか、と考えられますね。

C先生:太陽光発電についても同様の事情がある。将来問題になるとされているのが、太陽光発電による電力の余剰が予想されることなんだ。

A君:鳩山首相が国連で宣言したように、2020年に25%の温室効果ガスの排出を削減するとなると、かなり大量、現状の40倍とかいった大量の太陽光電池が実装されることになる。

B君:地域的には、表日本が好条件だ。東海地方や瀬戸内海なども良いが、特に、関東平野に大量に設置されるのではないかと想像される。太陽光発電の発電量が最大になるのは、日照時間と天候で決まるが、多くの地域で5月だ。

A君:ところが、その5月には、ゴールデンウィークがあって、工場も休業、海外旅行などにでる家庭も多い。そのため、もしも大量に太陽光発電が導入されると、ゴールデンウィークには制御不能かつ不安定な自然電力が大量に余る可能性がある。

C先生:やはり、日本に必要な技術は、消費側を制御する技術よりも、むしろ電力貯蔵技術なのではないか、と言うのは正しそうだ。これは日本の特技がある分野でもある

電力貯蔵:日本の特技がある分野

A君:電力貯蔵技術となると、もっとも正当的な方法は揚水発電です。これは結構効率も高い。しかし、そのコストは、やや高めであるためか、最近、利用率は落ちている。

B君:しかし、北海道電力は、京極発電所という純揚水発電所を建設中だ。風力発電を大量導入するためではないが、今後、重要になりそうな動きではないか、と思うのだ。

A君:電力貯蔵となれば、まだまだ高価な技術ですが、日本以外には作れない大規模二次電池としてNAS電池がある。これは風力発電の平滑化用で実証実験が行われている。

C先生:個人的なことではあるが、今を去る30年以上前に米国の大学に留学していたときに研究していたのが、実は、このNAS電池であった。その当時、これが実用になるとは考えにくかった。

A君:まだまだ寿命などの面では、不確実性が高い設備ですよね。

B君:日本の高度なセラミック技術が可能にした技術ではある。

C先生:電力貯蔵以外の方法もありうる。まずは、ベース電力となっている石炭発電や原子力発電の出力調整を行って、電力供給量を下げることだ。同時に、若干の電力の揺らぎを許容することだ。
 そして日本の技術として、 NAS電池以外にもう一つ有力なものに、酸化物電解質型燃料電池(SOFC型)がある。この電池は、電源の揺らぎをキャンセルできるほどの応答速度をもっている。
 さらに燃料電池の常として、熱源として上手に使うことによって、総合熱効率を80%程度まで上げることができる。

A君:理論的には、家庭に天然ガスあるいは灯油などを燃料にするSOFC型電池を100%普及させ、これを中核に据えたマイクログリッドを構成する技術を確立すれば、米国とは全く違った対応をすることが可能になると思いますね。

B君:しかし、それには、電力、ガスの業界が協調した態勢を作ることが絶対的に必要な条件になる。こちらの方が難しいかもしれない。

C先生:また、話を米国のスマートグリッドに戻す。
 米国の記事をチェックしていると、スマートグリッドなどが本格的に普及したら、エネルギーセキュリティー上のリスクは増えるだろう、というものが見つかる。すなわち、家庭やオフィスへの電力供給が不安定になることを想定して、自衛策を講じなければならない、といった記事なんだ。

A君:SOFC型燃料電池は、ガスなどの燃料が供給されているところであれば、使用可能なので、エネルギーセキュリティー確保を売りものにすれば、米国への良い輸出産業になるかもしれない。

B君:これは日本の環境技術にとって良いシナリオかもしれない。

C先生:さて、結論として、それなら日本には、スマートグリッドは不必要なのか。なんとも難い問題だが、米国と全く同じものが必要ではないのかもしれない。

A君:まあ、電力のような社会的基盤ですと、国の状況によって状況が違うのが当たり前。日本は人口が減りますが、米国の人口は増える一方。2100年には、4億人になっている可能性もある。

B君:しかし、電力とITの協調ということでは、多少異なる意味で、電力網制御にIT技術を入れることは必要だろう。例えば、太陽光発電や風力発電の発電量なども、その地域の天気予報という情報を活用することによって、ある程度の予測が可能であり、より合理的な電力供給を実現することが可能になるだろう。

ガラパゴス化とスマートグリッド

C先生:ガラパゴス化という言葉は、すでに使い古された。携帯電話では痛い目を見たIT分野であるが、今回、スマートグリッドをIT分野だと見なすと、新しい市場での標準化では、米国国内の問題だけに、米国がリーダーシップを取ることが目に見えている。

A君:米国が標準化を急ぐのは、日本とは桁違いに数多く存在する電力関係企業間での相互運用の可能性を追求していることと、さらに、情報セキュリティーをいかに確保するかが重要だからでしょう。

B君:そのように考えると、状況が全く違う日本がこの分野でガラパゴス化することは、仕方がないことなのかもしれない。

C先生:いや、むしろ、意図的にガラパゴス化すべきなのかもしれないのだ。標準化に関しては米国にリーダーシップを委ねるとして、完成した標準化をひたすら国内でも採用する方向に行くのか、それとも、独自ラインで行くのか、十分に検討した後に、その結論として、ガラパゴス化の選択を決断をすることもあり得るように思える。

A君:まあ条件が違いますからね。他の国と接続した電力網を考えなくても良い島国である日本は、米国のスマートグリッド市場に未来型ハードウェア、例えば、IT化をした新型の電池、燃料電池、高効率エアコンなどを供給する形態で参入することを目論んで、米国の標準化の動向を積極的に把握することは絶対的に必要なマインドですが。

B君:そして、国内では、全く独自のシステムで運用し、海外からのサイバーテロの攻撃を受けないという意味で、高度なエネルギーセキュリティを確保するという考え方でも良いのかもしれない。

C先生:まあ、そんな行き方もある。常にウイルスに悩まされ続けるWindowsに対して、Mac的な行き方を選択するのもある意味で乙なものだ。