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  本格温泉消滅の危機 03.14.2004



3月12日号の週刊朝日に、以下のような記事があった。そんなことが本当に起きるのか。検討をしたみたい。


C先生:本日の話題は、本格的な温泉が消滅するかもしれないという週刊朝日の記事である。大分時間が経ってしまった。3月12日号だったから、発売が、3月1日だったのではないか。

A君:いずれにしても、その概要をまず紹介しましょう。
 新潟県の松之山温泉。最近秘境として温泉愛好家の間で知られるようになった名湯とのこと。源泉が6ヶ所にあって、温度は83〜100℃。ナトリウム、カルシウムが豊富に含まれている。効用は神経痛、筋肉痛、胃腸病、気管支炎など。

B君:そして、お湯の成分の話になっていく。お湯は、少し黒ずんだような薄緑色で、なめるとしょっぱくて、鉄分を含んだ鉱物独特のにおいが漂う。

A君:鉱物がにおうというのは、硫化物ならあり得るが、多くの場合、無臭なんだけど。

B君:それはそれとして、続ける。身体を湯に入れると、ヒリヒリするぐらい温泉成分が多い。実は、この温泉は、日本有数のメタホウ酸含有量を誇ってきた。

A君:メタホウ酸の説明がここで必要になりますね。メタホウ酸イオンは、BO−で示すイオン。陽イオンとしては、各種のアルカリイオン、アルカリ土類イオンならなんでもあり。そして、H+がくっつくとメタホウ酸という化合物になる。

B君:このメタホウ酸に対して、01年7月に改正された水質汚濁防止法施行令が厳しい状況を作り出す。

A君:水質汚濁防止法ですから、当然、ヒトの健康に被害を与える恐れがある物質だということになります。

B君:水質汚濁防止法には、別にメタホウ酸と書かれている訳ではない。「ホウ素およびその化合物」と書かれている。
http://www.e-organo.com/info2/kanpo010613/haisuikisei.html
あたりが読みやすい。

A君:そして、公布は01年6月13日で、7月1日から施行。そして、3年間の猶予期間があって、04年7月1日からは、猶予されなくなる。

B君:旅館業なるものに適用されてきた猶予期間中の濃度が、ホウ素にして、500mg/Lというもの。それが、猶予されなくなると淡水への排出基準値10mg/Lが適用されることになって、一気に50倍も厳しくなることになる。

A君:全国の温泉でどのぐらいホウ素を含んでいるか、と言われれば、全国の平均値で、メタホウ酸の量にして、40〜50mg/Lぐらい。メタホウ酸をホウ素に換算すると、B=10.8、O=16として、HBO2=43.8、だから、約1/4にすれば良い。となると、全国平均で、10〜13mg/Lということになります。

B君:ということは、ホウ素成分がちょっと多いという温泉は、排水基準を満たさないということになる。

C先生:これで大体の状況は判明したが、水質汚濁防止法がヒトを対象としているというが本当にヒトに影響があるのだろうか。その検討に行こう。

A君:飲料水の場合には、1mg/Lという値が決められているようです。水道水の基準には、水質基準・健康に関する項目(29項目)水質基準・水道水が有すべき性状に関する項目(17項目)がありますが、その中にはホウ素は入っていなくて、監視項目の中にあります。この項目は余り緊急性が高いものではないこと、すなわち、ホウ素がちょっと多いからといって、すぐ健康被害が起きるということでもなくて、別の理由で飲料不可になる可能性があることを示しているようです。

B君:その1mg/Lはどうやって決まったのだ。

A君:それはまだ探していないので、現状ではナゾですが、もしもヒトへの健康影響が問題なら、なんらかの動物実験のデータなどから決められたのでしょうね。

B君:ホウ素の毒性、というか、ホウ酸関係の毒性は大体どんな風なんだ。

A君:環境関係の毒性データは、WHOが作っているEnvironmental Health Criteria Monographなるものがあれば、それを見るのが簡単。といっても、非常に分厚くて、しかも、当然英語なので、読み通すのは大変ですが。
http://www.inchem.org/pages/ehc.html

B君:ホウ素のモノグラフは出版されているな。EHC204(1998)となっている。しかし、本当に長い。MSWordにコピーしてみたら、50万文字、270ページぐらいあった。

A君:これを簡略にしたものには、日本語訳があります。
http://www.nihs.go.jp/DCBI/PUBLIST/ehchsg/ehctran.html
ここにホウ素もあるのですが、全ページで8ページに収まっています。

B君:最後の勧告というものを読めば良いのかな。待てよ。そのちょっと上から行けば良いか。

ヒトについては十分な毒性データはない。ホウ素の許容摂取量tolerable intake(TI)は0.4 mg/kg 体重/日と設定された。種々の媒体中のTI の配分は個々の国々における暴露データに基づくべきである。
1.3 勧告
a) 水と食物についてのガイドライン値はこの文書で規定したTI に基づくべきである。
b) TI はホウ素がヒトの健康に生理学的に利益をもたらすことがあることを理解して適
用すべきである。
c) ホウ素は環境のある構成生物constituents にとっては必須なものである(例えば、ホウ素は高等植物にとっては必須な微量栄養素である)ことを適用基準に認定すべきである。
d) TI を越える食物の補給は避けるべきである。

A君:最後のd)ですが、なんか変ですね。a)で言っていることと重複しています。

B君:やはり原文をあたるか。

There is a lack of sufficient toxicity data on humans. The TI of boron was set as 0.4 mg/kg body weight per day. The allocation of the TI in various media should be based on the exposure data of individual countries.

11.2 Recommendations

a) Water and food guideline values should be based on the TI provided by this document.

b) The TI should be applied with the understanding that boron may provide a physiological benefit for human health.

c) It should be recognized in applying standards that boron is essential for some constituents of the environment (e.g. boron is an essential micronutrient for higher plants).

d) Dietary supplements that exceed the TI should be avoided.


B君:なんだ、d)はサプリメントの話ではないか。誤訳だ。 あ!注意書きがある。「仮訳ですから、お気づきの点がありましたら、お知らせ下さい」、と書いてある。

A君:いずれにしても、ホウ素換算で、0.4mg/kg/日なる値がTI(摂取許容量)であるということですから、もしも50kgの体重のヒトであれば、20mg/日。

B君:飲料水が1mg/Lだとして、1日2L飲むとしても2mgか。食べ物の中に、そんなにもホウ素があるとも思えないが。

A君:有りましたよ。記述が。
一般の人々において、最大のホウ素暴露は食物の経口的摂取によって起こる。食物中の
ホウ素の平均1日摂取量は約1.2 mg である。

B君:となると、飲料水の基準はやたら厳しい、という結論にならないか。

A君:しかも監視項目であるというのも変で、有害だから決めたというものではないかもしれないですね。

B君:そうかもしれない。

A君:亜鉛のケースがそうですよね。ヒトにとって亜鉛は必須元素だし。基準値は1mg/Lという値でして、水質基準・水道水が有すべき性状に関する項目(17項目)に入っていますが。

B君:余り亜鉛が多いと水が白濁するから、というのが理由のようだ。

A君:それに、ホウ素も必須元素なのでは。

B君:そう書いてはいない。ある種の高等植物には必須だと書いてある。ただ、ヒトにとって有用な効果のある元素だというような記述はあるが。ただ、体内に10mgぐらいのホウ素は存在しているようだ。極微量元素という感じだな。

A君:EHCの情報だけだと、どうもホウ素が有害だという判断にはならないですね。その後、何か新しい情報があるのか、そもそも、水道水の基準がどんな議論で強化されたのか、キッチリ調べて見ましょう。。。。。。
 やっと、分かりました。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/dl/k12.pdf
にその資料が見つかりました。

B君:なるほど。TDIが先ほどの、WHOのデータと違うようだな。

A君:そう書いてありますね。1996年の発表による、マウスを対象とした胎児の体重増加抑制ということをエンドポイントとして、NOAELが9.6mg/kg/日。それ以外の毒性は余りないようですが。

B君:不確実係数を100にすれば、0.096mg/kg/日になって、EHCの値の約1/4だということになる。しかし、記述がやや矛盾しているようにも思える。EHCの4mg/kg/日という値は、なんなんだろう。WHOはその後不確実係数を60にして、0.16mg/kg/日という値を発表したが、日本では、この60は不適切だから使わないと結論している。そのところの詳細は理解が難しい。

A君:いずれにしても、毒性に関する新しい根拠が出たということで、新規制に踏み切ったようですね。なぜ、その研究を正しいものと判定したのか、その細かい議論は分からないですが、現状の分析については、1日摂取量を体重50kgとして、4.8mgと求め、そして、水からの摂取量を全体の40%と仮定して、最終的には、食事1.92mg/日+水2mg/日が4.8mg/日よりも低いから安全だとしていますね。

C先生:必要な情報がそろそろ集まってきたようだ。ここまでの結論だが、
(1)01年7月1日から施行されている水質汚濁防止法施行令中の10mg/Lという値が、水道水の監視項目である1mg/Lの10倍ということで決められていること。
(2)ヒトの健康については、5mg/日ぐらいまでは大丈夫。EHCのデータを信用すれば、20mg/日ぐらいまで大丈夫だったのだが、日本の水道水の基準には、新しいデータを採用したことになる。水道水の監視項目はヒトの健康といっても、エンドポイントとしては、ラットの実験から胎児の体重増加抑制を取り上げて、この値を決めている、ということ。安全係数が100掛かっている。

A君:しかし、最近の傾向として、ヒト以外の生物への影響を考慮することがありますから、それも調べるべきなのでは。

B君:前出のEHCにこんな記述がある。「ニジマスは最も感受性が高く、NOECs 値は0.009 から0.103 mg ホウ素/litre の範囲であった」。

A君:これは確かに感受性が高い。、もしも、500mg/Lという暫定値のままだと、ニジマスのためには、5万倍の希釈が必要になりますね。となると、ニジマスを考えると、10mg/Lという規制値も、これで十分なんだろうか、という疑問がでますね。

B君:海水にはもともと4.5mg/Lといったホウ素が含まれているから、海水魚は強いのだろうが。

C先生:週刊朝日の記事の中には、中央温泉研究所の甘露寺泰雄所長の談話からと思われる記述があって、「近年、河川のホウ素濃度が上がってきている。そこで問題になるのは、沢水を飲料水に使っている地域があることだ。そこに、温泉水が流れ込むと困る」、としている。しかし、これまでの検討から分かるように、監視項目であることなどを考えると、一般的なヒトの健康を対象にするのであれば、それほどの問題ではないようにも見える。ただし妊婦は例外かもしれない。いずれにしても、水道(飲料水)の原水をどこから取るか若干の配慮すれば、まあ大丈夫なのでは。むしろニジマスが問題といった記述はないが、データを解析すると、そうなるのではないだろうか。

A君:しかし、いずれにしても、環境省は排水基準を守らせるのでしょうかね。

B君:排水処理でホウ素をどうやって取り除くか。これは結構難しい。イオン交換も難しいように思う。

C先生:硫酸であれば、溶解度の低い硫酸バリウムにして沈殿させるといった方法論があるだろう。米国のデスバレーなどのように、飽和塩水が溜まってるところでは、ホウ酸塩が結晶化する。例えば、Ulexite、NaCaB5O6(OH)6-5H2Oなどという結晶が取れる。それをTV石(テレビ石)として売っている場合がある。だから、といってカルシウムで沈殿ができるとも思えない。一般には、ホウ酸化合物は水への溶解度が高いからだ。

A君:やはり水道水で薄めてから排出するのでしょうかね。

B君:水道水を10倍も加えないと。

C先生:これは無駄でしかないな。

A君:さてどうすべきか。

B君:週刊朝日の記述、処理装置が5千万円というのも、嘘では無さそうだ。多分、逆浸透法の装置なのではないか。だとすると、これもエネルギーの無駄。

C先生:(1)、(2)に加えて、もう一度、整理して見よう。
(1)01年7月1日から施行されている水質汚濁防止法施行令中の10mg/Lという値が、水道水の監視項目である1mg/Lの10倍ということで決められていること。
(2)ヒトの健康については、5mg/日ぐらいまでは大丈夫。EHCのデータを信用すれば、20mg/日ぐらいまで大丈夫だったのだが、日本の水道水の基準には、新しいデータを採用したことになる。水道水の監視項目はヒトの健康といっても、エンドポイントとしては、ラットの実験から胎児の体重増加抑制を取り上げて、この値を決めている、ということ。安全係数が100掛かっている。
(3)本当の保護対象としては、ニジマスなどの魚類かもしれない。
(4)排水処理は簡単ではない。かなり高価な装置と費用が必要。

A君:海水にはホウ素はかなり多いですね。となると、蒸留で作らない限り、海水から飲料水を造っている離島では、ホウ素は重大な問題になるのではないでしょうか。

B君:それはそうだ。実際、これは環境省のモニタリングの結果だが、飲料水の中に、基準値を超しているものがある。それは、多分、離島の逆浸透法によって作られたものだということにはならないか。

A君:多分そうでしょう。地表水を水道の原水にするのであれば、測定をして、ホウ素が余りにも多ければ、そこの原水を使わないという方法がありますね。しかし、離島のように、海水以外には、原水が得られない場所では、やはり、飲料水基準を作らざるを得ない。こんな事情なのでは。あ、突然気が付きましたが、もしも、そうだとすると、海洋深層水には、ホウ素が多いということになるのでは。

B君:それは絶対にそうだな。ミネラルウォータの基準は、ホウ素についてどうなっているんだ。

A君:多分5mg/Lなのでは。だとすると、飲料水からホウ素2mg摂取するという水道水基準の考え方を取れば、海洋深層水400mlですでにその値になりますね。やはり、ミネラルウォータは、嗜好品としての基準で危険性は軽視。安全性は、水道水の方が高い。 (追加:ミネラルウォータのホウ素の基準は、原水レベルでは30mg/Lでした。食品衛生法。ただし、どうやらホウ酸としてらしい。ホウ酸はHBO=62だから、ホウ素に換算すれば約1/6の約5mg/Lで多分正しいと思いますが。。。

B君:海洋深層水は値段が高いから、毎日1本飲む人は居ないだろう。しかし、もしも妊婦が健康に良いからといって、毎日海洋深層水を飲んでいたら、それはやめた方が良い。調理に使うなど論外中の論外だ。大体、本当の話、海洋深層水が身体に良いなどということを言い出したのは、誰なんだ?それを使っていることを宣伝している発泡酒があるのも変だが。−>アサヒ本生

A君:そろそろ、話を戻したいのですが。先ほど、米国のデスバレーの話がありましたが、EHCによれば、天然水で360mg/Lといったケースがあるそうですね。排水基準の36倍ですが、だからといって、環境破壊が起きているということにはなりません。結論として、「ホウ素濃度の高い温泉水がいつごろから環境に出ているか」、これが最大の問題ではないでしょうか。

B君:その通りだ。もともと自噴しているような温泉水であれば、それは天然・自然の状況だが、このところの温泉ブームに便乗して、1000m以上も井戸を掘ってやっと汲み出す温泉水は、これは完全に人工的なものだと考えるべきだ。

A君:人工的な行為によって環境負荷が生じた場合には、これは、工場と同様の規制が掛かってもしょうがない。しかし、もともと天然・自然の状況でなんらかの有害物が出て居たとするのならば、その周辺の生態系には、適合種のみが存在しているものと考えられますね

B君:そうだろう。ある種の生物は、ホウ素に強いようだから、天然・自然にそんな状況であるのなら、生態系もそんな状態になっていると思われる。

A君:すなわち、そんな場所には、ホウ素に弱いニジマスはもともと棲息していない。

C先生:そんなところが妥当な対応では無かろうか。ヒトを対象として、ホウ素を本気で規制する必要があるかどうか。いささか疑問なもののように思える。なぜならば、そんな水を水道水の原水にすることを避ければ良いのだから。ホウ素規制は、むしろ、離島などにおける海水からの飲料水作成時の規制だと考えるべきではないだろうか。ただ、ニジマスなどの生態系に対する影響は無いとは言えない。要するに、その温泉がもともと自噴しているようなところに作られた温泉であれば、ホウ素の含有を理由に環境規制の対象にすることは無いと解釈できるのではないか

A君:それに対して、深い井戸を掘って作った人工的な温泉に対しては、工場排水と同様の環境基準を適用すべきだ。

B君:週刊朝日によれば、宿泊施設が無い日帰り温泉は、対象から外れているというが、それは全く不合理で、改善が必要不可欠。

A君:それに、追加すべきことが、入浴剤なのでは。バブやバスクリンなどのような一般的な入浴剤は、排水への負荷を考慮されて製造されていますが、問題は、天然温泉を想像させるような商品。どんな成分を含んでいるのか、良く分からない。情報の全面的開示が必須だと思います。

C先生:週刊朝日の記事だが、全体的なトーンはまずまず妥当。最後の結論、「行政や温泉経営者の怠慢が、消費者の楽しみを奪うことが無いように祈りたい」、もまずまず。
 本HPの結論。今回問題になりそうな温泉は、昔からの「本物の温泉」であり、一方、循環装置をもっている「偽の温泉」=「単なるお風呂」だと問題にならないのが、実に最大の問題だ。そんなことが起きれば、本末転倒。適切な対応が取られることを期待したい。