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    「石炭火力は座礁資産」を巡って 10.16.2016
     
   日本経済界で未だに通用する論理
       



 本WEBサイトでは、ひょっとしたら初めて出てくる用語なのかもしれません。その言葉は、座礁資産。英語では、Stranded Assetです。

 石炭資源、すなわち、炭鉱の保有者は、もはや石炭で利益を得ることは難しい言われています。それは、多くの投資家が、石炭発電を避ける行動を取っていることからも分かると言われています。

 しかし、日本のベストミックスでは、石炭発電は、2030年の電源構成の26%が使われることになっています。そこで、コスト的に圧倒的に有利な石炭を使わないのは、企業経営としてあり得ない。などの意見もWebサイトでは見ることができます。

 さて、石炭は、特に、石炭火力は本当に座礁資源なのか。そんな議論をしてみたいと思います。

       
C先生:最初に座礁資産という日本語を使った人は誰なのだろう。Strandedという英語を辞書で引けば、確かに「座礁した」という意味があるのだけれど、むしろ、stranded explorer が立ち往生した探検家、staranded hikerが山に取り残されたハイカー、stranded in the middle of a forestが森の真ん中で立ち往生する、などの意味が主たるものなので、「立ち往生資産」という訳の方が、一般的訳だと思うのだ。

A君:ちょっとチェックしたのですが、誰が使い始めたか、見つかりません。こんな文書が見つかりましたが、http://sustainablejapan.jp/2016/05/22/strandedasset/18377

B君:そのうち後藤敏彦先生にでも聞いてみますかね。ひょっとすると、ご本人かもしれないので。

C先生:そうしてくれ。それはそれとして、しばらく前、日本では、環境アセスの対象にならない中小型の石炭発電(11.25万kW以下)が大量に建設されようとしていたのは事実。最終的には、電力業界全体として、2030年の原単位が0.370kg/kWh以下になるように努力をすることで、なんとかまとまったけれど、エネルギー業界には、瞬間的な利益を考える人々がこれほど多いのか、と感心したぐらいだった。

A君:当然のことながら、石炭発電は座礁資産ではない、ということを主張している文書がいくつかあります。そのうちの一つをご紹介しますか。

B君:まずは、これか。
http://ieei.or.jp/2016/09/yamamoto-blog160906/
著者の山本隆三氏は、がんで亡くなられた澤 昭裕氏の後任として、国際環境経済研究所の所長になった人。

A君:反論は、主として、オックスフォード大学のスミス企業環境大学院の研究成果や論文を対象としています。

B君:その主たる主張は、「資産が不良化するか否かには環境関連以外のリスクも大きな影響を与える。同大学院の環境関連リスクのみの評価で座礁資産になると分析する手法には、事業評価を行う立場からは違和感を覚えざるを得ない。

A君:その続きもあって、「需要量に応じて必要な量を発電する火力発電設備は、経済競争力、つまり燃料価格によりその稼働率が大きく違うことになる。」
 「第一次オイルショック以降、常に価格が相対的に最も安かったのは石炭だ。次にLNG(液化天然ガス)が続き、最後が石油というのが常だった。今年1月の輸入価格をもとに1kWh当たりの燃料費を試算すると、石炭2.7円、LNG6.4円、石油6.8円だ。原油価格が大きく下がっている状況でも、石炭が価格競争力を持っている」。
 「火力発電所が座礁資産になるということは、競争力を失い、最需要期の夏場の一時期にしか稼働しない設備になるということだ。」

B君:山本氏の、さらにすごい意見がこれ。
 「COの問題で石炭火力の競争力が失われるケースとしては、法改正により石炭の使用が禁止あるいは制限される場合だ。しかし、市場経済の国である日本で、このような法律は考えられない。もし、導入されれば、民間企業は補償を求めて国を訴えることになる。」

A君:山本氏は、環境税についても、一応はその金額の議論をしています。
 「CO排出量への課税により石炭火力が競争力を失うことはあるだろうか。最近では最もLNGと石炭の価格差が縮まっている前述の燃料費のケースでも、COトン当たり1万円を超える炭素価格が導入されない限り、石炭が競争力を失うことはない。」

B君:CCSについても、若干の考察をしている。
 「英国でCCS(二酸化炭素の回収・貯蔵システム)を導入するにはCOトン当たり50ユーロ(約6800円)の炭素価格が必要と言われているが、産業競争力を考えると、難しいレベルとされている。」

A君:要するに、エネルギー供給という事業は、産業競争力、すなわち、コスト面だけを考えれば良いと結論している訳だ。

C先生:経済最優先主義と言えるだろう。残念ながら、日本の企業経営者の一部には、未だに通用する議論なのだ。しかし、世界中で、これが通用するのは、日本以外だと、中国、韓国、などぐらいか。
 今回のパリ協定がどのような論理で、「2℃以下、1.5℃も努力」になっているか、その論理の枠組みを論破しない限り、パリ協定を潰すことはできないということを理解していない。

A君:それでは、パリ協定の論理の説明をしましょう。まずは、具体的に何が実施されたから行きます。

1.2015年。各国は、2030年の削減目標値を自主的に定めて、「約束草案」INDCというものを作った。

2.その数値をパリに持ち寄った。パリ協定は、京都議定書と違って、すべての国が参加することを大前提にしているので、自主的に定めることが重要だった。

3.しかし、当然のことながら、各国のINDCは、COP21以前からWebサイトに掲載されていた。日本は、若干遅れたが、それでも7月17日2015年に提出している。それらをUNEPが予め解析した結果は、明らかになっていた。

4.すなわち、全世界での削減量を評価してみると、温度上昇が2℃には収まらない排出量であることが分かった。

5.そこで、どうするか。チェックプロセスを付け加えることにした。2023年に最初の進捗状況を科学的に評価する。パリ協定では、英語だとこう表現されている。
 ”shall undertake its first global stocktake in 2023 and every five years thereafter.

6,2023年には、Global Stocktakeの結果から、各国は、2035年目標を提出する。恐らく、当初のINDCの数値よりも遥かに厳しい数値が要求される機運になることだろう。

7.なぜならば、今世紀の後半に必要となるNet Zero Emissionがパリ協定の中には記述されているからである。

8.京都議定書と違って、パリ協定は、すべての国が参加する枠組みである。日本は、京都議定書の第二期から離脱したが、そのような行動は取れない。

9.気候変動枠組み条約の場は、なにが正義か、という哲学論争の場である。パリ協定の序文には、”Climate Justice”という言葉が書かれている。これが、1.5℃という数値が書き込まれた根拠の一つである。

10.Net Zero Emissionを必要とする理由としても、人類レベルの正義の概念である、衡平性、持続可能な開発(国連としては、1987年のブルントラント委員会の定義で、その内容は、世代間衡平と地域間衡平)、そして、貧困の撲滅のため、と記述されている。

B君:まあ、そんな記述で良いと思うが、この記述の最終結論は、こんなことで良いだろうか。
 山本隆三氏の記述の最大の間違いは、パリ協定の真の意味を理解していない、ということ。多分、英語で読んでいないのではないか。
 人類レベル・地球レベルの正義を基本として書かれたパリ協定否定するのは、実は、なかなか難しいことだ。具体的には、地球の気候を2℃以下に保つことは、地球上で人類が安定に生存するという正義の条件であって、日本経済が潰れるといった事象を並べても、その選択を議論することはもともと不可能だ。山本氏のような主張を表明することは、国際的感覚から言えば、人類全体を敵に回すということに等しいので、普通ならできないことなのだ。

A君:勿論、IPCCの結論にも不確実性はある。しかし、不確実性があるから、緩めの数値をゴールとして採用しようというのは、リスク対応からも間違っていますね。

B君:不確実性があるから、厳し目の数値が採用されるというのが、リスク論の一般的なやり方。パリ協定の2℃、あるいは、1.5℃も視野に入れるというやり方が、リスク対応としては正しい。現実を見れば、島嶼諸国の主張を取入れないと、全会一致が原則の国連では、結論が得られないからではあるが。なんといっても、人間活動の基盤になっているのが、気候の安定した地球であることは、誰しも認めることなので。

C先生:この最後の部分だけれど、ゴア副大統領が作った映画で、「不都合な真実」の中に出てくる絵を思い出した。それは、天秤の絵で、片側には大量の金塊が載っている。そして、もう一方には、なんと地球が載っているのだ。山本隆三氏は、恐らく、こんな状況でも、金塊を選択する人なのだろう。

A君:そろそろ結論に行きますか。日本で、石炭発電は座礁資産になるか。

B君:なると思う。時期的には、こんな予想ができる。2023年の第一回Global Stocktakeが行われ、その頃は、まだまだ原発の再稼働も十分には進んでいない。むしろ、運転期間を60年にする対応が行われているのではないか。

A君:となると、2030年に電力の排出原単位を0.370kg−CO/kWhにするという電力業界全体の合意が守れるような状況にはなっていない。2030年を見据えた電力のベストミックスでは、石炭火力が26%となっていて、この数値を超えての石炭火力はあり得ない。原発の再稼働が進まなければ、再生可能エネルギーを増やすか、という議論になる。この議論がどちらに傾くか。もし、再生可能エネルギーに傾けば、それはそれで電力送電網の大々的な強化が重要になる。そこで、電力会社は、原単位を維持するために、当面はLNGが妥当な選択肢だということが再確認され、石炭火力の電力を受け入れないという判断をする可能性が強くなる。

B君:そして、究極的な唯一の解は、やはり、石炭にはCCSを早期導入する以外にないとなってしまう。そこで、石炭火力には、CCSレディーになっていることを設置の条件にするということが行われ、これを見合いとして、とりあえず、CCS相当の金額を環境税にするという荒業が有力な選択肢になる。この環境税の収入で、海外での削減事業を強化して、なんとか辻褄を合わせる。

A君:海外での削減事業は難しい。量が稼げない。そんなことよりも、カーボンプライシングに流れるのでは。要するに、排出権取引市場を作ることがもっとも簡単で、安上がりなやり方になるのではないでしょうか。

B君:まあ、それはそうなのだ。いずれにしても、2023年のStocktakeで、2030年の議論が進んで、大騒ぎということか。

A君:石炭火力を今後新設したとして、10万kW程度の発電所は、亜臨界程度の効率。何かを止めるとなったら、効率の悪いものから止めざるをえない状況になるでしょうね。となると、新設した小型の亜臨界石炭発電が、座礁資産的な運用対象として選択されることが確実でしょうね。

B君:これらの小型石炭火力が運転できるのは、ひょっとすると2029年までということかもしれない。石炭発電所は最低でも20年ぐらいは走らせないと儲けが不十分。とてもその条件を満たすとは思えない。これが実体。

C先生:まあ、そんな予想にならざるを得ないな。冗談ではなく、日本の経済界が、どのようなロジックで、パリ協定に対応するのか、これが問われる。恐らく、最初のGlobal Stocktakeが行われる2023年ぐらいまでは、世界とのギャップが大きいまま行く、という予想は当たりそうに思う。
 ある企業が世界標準かどうか。それは、その企業の「地球環境問題にどう取り組むべきかという思想」が、世界から支持されるかどうかで決まる。ICEF2016のプレナリーで、Shellのエクゼクティブが、自社の役割を述べた。その内容は、正確を期するため、Webで調べたのだが、自社をこのように定義している。
 「人々にCO2排出量の少ないエネルギーを、より多く供給するための新たな方法論を見出すことがShellの使命である」。
 なるほど、と言えるほと上手い表現だ。業種から言えば、保守的な企業であるShellだが、日本のエネルギー企業が、いつになったら、Shellのこの発言と同程度の発言をするようになるだろうか。まあ、10年遅れということか。あるいはそれ以上の遅れと言うべきか。