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   EcoLeadプレミアムサマースクール開催のお知らせ
    伝えたい思い:2018年バージョン
05.12.2018
               




 本年もEcoLeadプレミアムサマースクールの3回目を催いたします。

 本年の開催日程は、9月10日の午後1時、開講式でスタートし、9月14日午後5時の終了証書授与のまでの4日半です。

 参加ご希望の院生の方々は、火曜日(5月15日)から募集を開始しましたのでで(実は、担当が体調不良で1日遅れました)、身近におられる大学院生など(大学院生・ポスドク・院進学内定者が対象)に情報を伝達していただければ幸いです。

 参加希望の院生等の諸氏は、必要情報と書式をEcoLeadのWebサイト
http://www.eco-lead.jp/
からダウンロードしていただき、応募していただければ幸いです。

 遠方からの参加者の滞在費と交通費は、7割程度以上を補填したいと考えていまして、そのため、最大25席ある企業参加者のための席の使用権をお買上げいただく枠組みを用意しております。プラグラムをご覧になり、参加に興味を抱かれた企業の方は、やはり、上記ホームページからお申し込みをお願いします。

 昨年は、結局21名の大学院生・ポスドク・大学院内定者を得て、10名の講師によりまして、一人持ち時間3時間(2名のみ1時間)という講義が1日2駒。それに加え、こちらが勝手に決めた課題について、大学院生による夜の議論の結果をまとめて発表するというプロセスでした。普段、同じような論文課題をもつ院生だけが身近にいるような環境で大学院生活を送っているのが普通だと思いますが、自らの研究課題と全く異なった研究領域に取り組んでいる他の研究室の院生と「環境と社会に関する議論」ができるチャンスがあったことが、参加者にとってはもっとも刺激的なことのようでした。

 ということでして、サマースクールで提供できることは、

(1)様々な環境という領域における日本のトップクラスと思われる教授・企業人・官僚などの講義。そして、
(2)もう一つが、様々な志をもつ大学院生などの立場の、いわば同志との出会いと議論をする機会

だと思います。さらに、これは追加的なメリットだと思っていますが、
(3)企業関係の方々との会話をする機会があることも、場合によっては意味のあることかもしれません。

 特に、重視したいのが、(2)の同志(場合によっては生涯の)との出会いと議論で、これは、大学が追求すべき本来の機能だと思うのですが、最近のように、「授業には全部出ろ。出席点を重視する」、という大学は、「自発的に学習するところ」という「大学というものの本来あるべき定義」をすでに外れていると思っていますが、このような大学では、その存在自体から、すでに無理な要求になってしまったようです。

 環境というものの本来の定義は、「環境=地球のすべて×人間のすべて」であるべきです。そのため、環境の専門家と言われるようになるためには、最終的な目標として、できるだけ多様な知識をもって、環境問題を非常に広い視野で俯瞰的に見る能力があると同時に、ある特定の分野に関して、深い見識を有している、となるはずなのです。しかし、最近の大学・企業の事情などの社会的な情勢が、残念ながら、そのような教育とそのチャンスを提供することは無理のように思えるのです。

 企業の環境観についてですが、「『パリ協定』って何さ?!」、が日本企業の平均的な対応だったと思います。2018年になって、やっと雰囲気が変わってきました。しかし、環境を勉強している大学院生に、「パリ協定が環境正義というものを根本理念として作られている」ということを説明して欲しい、と要求したとして、答えられる院生は、何%いるのでしょうか。

 どうも、日本という国は、「いつでも世界の幸せな(=自己満足の)辺境に存在しているように思えます。これの状況を打ち破ることができるか。それには、広い視野をもった若者が育つこと。これが最大のターゲットかと思っています。

 大学の先生方、身近なところに良い候補者が居られましたら、是非とも背中を押して下さい。

 また、企業の環境関係の方々、参加院生などの交通費・滞在費を負担のために使用する参加費にご協力をいただき、同時に、このサマースクールで何が起きるか、その証人になっていただけませんか。それだけでなく、このサマースクールで聞く日本の環境の先端研究者の話が、現時点で難しくなりつつある企業経営のバックグラウンドを理解するために、非常に役に立つものだと思っております。

 今年のプログラムのもう一つの特徴は、まず、女性教授が2名も講義を行うことです。さらに、サマースクールの卒業生、といっても、安井が国際連合大学の副学長であったときに行った第一期のUNUサマースクールの卒業生ですが、現在、東大関係の教職についている若手先輩3名が一コマを分担します。木下君、中谷君、そして、主原さんです。主原さんは、出産したばかりですので、当日、もしなにかハプニングが起きれば、参加不能となるかもしれませんが。

 今年のプログラムの概要です(9月11日と14日の構成を、5月16日に、変更しました)。
9月10日 
13:00〜 開講式、自己紹介、その他
14:00〜 導入講義 安井 至
17:00〜 懇親会

9月11日 
10:00〜 環境省(未定)
11:30〜 岩田彰一郎・アスクル株式会社代表取締役社長
13:00〜 昼休み
14:00〜 高村ゆかり・名古屋大学大学院環境学研究科・教授

9月12日
10:00〜 本藤祐樹・横浜国立大学大学院環境情報研究院・教授
13:00〜 昼休み
14:00〜 大塚 直・早稲田大学法学学術院・教授
9月13日
10:00〜 東大若手教員 3名 木下裕介・中谷隼・主原 愛
13:00〜 昼休み
14:00〜 加藤博和・名古屋大学大学院環境学研究科・教授

9月14日
10:00〜 松八重一代・東北大学大学院環境科学研究科・教授
13:00〜 昼休み
14:00〜 参加院生による自由課題の発表
17:00頃 閉校式・記念撮影

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 最後になりますが、自分が担当する3時間の講義を想定したとき、今年は、何をもっとも伝えたいと思うだろうか、すなわち、私自身の講義の内容がどのようなトーンになるか、これを現時点で想像しみると、こんなことになりそうです。

 2015年が人類社会のターニングポイントだった。これは、何回も言っていることですが、それがいよいよ真実だったという認識が強くなっています。具体的にはどのようなターニングポイントなのか、と言えば、過去300年間依存してきた化石燃料というエネルギー源から、突然、離脱をしなければならなくなったと言うこと。しかも、そのターニングポイントが、人類史上希にみる、科学による未来予測に基づいた決断で出現したということ。

 そのため、それぞれの主体にとって、何が正当な行動なのか、その判断に共通している観点は、その主体が、パリ協定の序文に書かれた「気候正義」を実現しようとしているかどうか、ということ。すでに、ある国やある企業が、信用できる国か、信用できる企業か、という判定が、恐らく非明示的に行われています。今後、もしも、日本が「不正義」の国と見なされると、世界から相手にされなくなる、という恐れが非常に大きいのです。

 より具体的には、日本という国の場合であれば、2050年までに、地球全体で40%程度以上の排出量削減の実現に、先導的な態度で着実に貢献することを約束し、それを遵守できるかどうかが判定基準でしょう。それが、すでに閣議決定されている2050年80%削減でもあります。

 企業の場合であれば、自らが変わることによって、排出量削減に貢献すると同時に、おそらく副作用的に発生するであろう社会的課題の解決に対して、貢献ができる企業であるかどうか。これが基準となるでしょう。

 キーワード的に単純化すれば、判定基準は、
★国=自国の排出量削減に対して先導的に動くか?
★企業=自らが変わることによって、社会的課題に貢献できるか?

 そして、どのような判定と対応が行われるのか、といえば、対応は罰則などの適用ではなく、上記の条件を満たさない国であれば、「信用できないダメな国=不正義な国」と判定され相手にされない、条件を満たさない企業の場合であれば、「変われないダメな企業だから、ビジネスの相手ではない」と判定されるだけ。「だけ」とは言っても、悪い判定がやはり良い結末に繋るとは思えない。

 現在の日本の全体的な対応を見ていると、「信用できないダメな国」、「変われないダメな企業」という判定を受ける可能性が高く、国であれば国際的な影響力が大幅に低下し、企業であれば、ビジネスに破綻をきたす可能性が高まる、といった不吉な予想をしています。

 こんなことになって欲しくない。現在の若者にとって、住みにくい、働きにくい国になってしまうだろう。それを回避するためには、若者は日本という国を捨てて外国に出る以外に方法はないという結論になるかもしれません。

 1973年の石油ショックのときに、シェルはシナリオ・プランニングを実施することによって、石油の消費は毎年6%ずつ増えるという思い込みから離脱することができました。しかし、他の石油企業は、相当に痛い目にあったのです。石油ショックのような状況が、これから2050年までに1回、さらには、2080年頃までの30年刻みで2回目と、起きることは、ほぼ確実のことなのです。

 不幸な状況が発生しないように防止する原動力は、すでに企業の中核になってしまっている年齢層の人間では、すでに変われない価値観なので無理だし、国についても同様なのではないか。となると、「未来は自分たちで決める」、と言える若者が増えることによって、はじめて、最悪の事態から逃れることができるのではないか。

 だから、一人でも多くのそのような若者を育てることに、微力を尽くしたい。こう思うのです。