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 「持続可能性の階層構造」の活用 
   05.23.2015
日本学術会議・環境工学連合講演会でのPPT 




 本記事は、5月23日付であるが、実際には、5月17日にアップ。理由は、アップ予定日にはブルガリアにいる予定だから。


 5月15日に、日本学術会議において、環境工学連合講演会が行われた。すでに28回目を迎えるたこの講演会であるが、今年のテーマは、Future Earthであった。そこで、本Webサイトの03.07.2015の記事、”Future Earthとは何か−2 「持続可能性」の再定義”の未完成な部分を若干ポリッシュアップした話をしてきた。

 色々と考えてみると、「持続可能性を階層構造で考える」という考え方は、思ったよりも使えるのではないか、という感覚を持つことができるようになった。

 例えば、「地域をいかにして持続可能にするか、そのためには何を優先的にやるべきか」、という問により明確に答えることができるようになった、と思えるのである。

 しかし、今回、講演をしてみて、まだ、改良が必要のように思えた。これまでの経験では、ほとんど同じテーマで3回ぐらいの講演をやると、微修正が繰り返され、なんとなく説得力が出てくるのが普通である。

 ということで、今回、最終版の完成を目指して、検討をしてみたい。



C先生:3月7日の記事は、むしろ、持続可能性をHerman Dalyの定常状態とほぼ同義だと考え、まずは、これを採用。そして気候変動は、地球が太陽光が与えてくれるエネルギーを貯めこまないようにという条件だと考えて作ったものだった。すなわち、地球レベルの持続可能性を、人間活動と気候変動の2つに分割したものだった。しかし、ちょっと、詰めが甘かったと思う。
 日本学術会議での講演では、もう少々詰めた話ができたが、まだまだ完成度がちょっと不足、という印象だった。さらにどこを詰めるべきか、検討を行って、可能であれば、「決定版」にしたい。これが、今回の目的。

A君:まず、使用したPPTファイルをここからダウンロードできるようにしました。

B君:今回使用した図のPPTの中では、この図が決定的に重要だった。これで、持続可能性というものを再定義せよ、という提案が主な論点だったので。


図1 持続可能性の階層構造

A君:あるレイヤーの持続可能性を実現しようとすれば、それから下に存在しているレイヤーの持続可能性を実現することが必須条件という意味です。

B君:したがって、最下層の持続可能性から説明をするけれど、まずは、できるだけ物理的な概念だけで説明ができることにして、例えば、生態系とか生物多様性とか言った複雑な要因が必要となる概念は、取り敢えず、できるだけ避けることが賢い選択のように思える。

A君:まあ、生命が関わってくると、単純ではないですからね。

B君:その意味では、最下層の持続可能性がもっとも単純な条件ではあるが、同時に、実現がもっとも難しい物理的条件だろう。大気中のCO濃度。近い将来550ppmとか600ppm程度になってしまうと、その結果として3℃近い温暖化が起きる可能性が高いのだけれど、それを2200年程度には、現状の400ppm程度まで戻すこと。そのためには、人為起源のCO排出をほぼゼロにすることが重要、となる。

A君:今世紀だけでなく、来世紀を含めて人類最大の課題ということですね。

B君:階層の最上層に位置する「家族と暮らしの持続可能性」、特に、長期に渡る持続可能性を実現しようとしたら、まずは、もっとも重要な今世紀の前半における人類最大の課題に有効な行動を行うことだ。それが、まず、前提条件となるというのが、ここでの主張だ。

A君:さて次に下から第二層目の「人類社会の持続可能性」ですが、これもできるだけ物理的に明確な条件を採用したいところです。その基本は、やはりHerman DalyのSteady State Economicsに置きます。Steady Stateは定常状態と訳されますが、同じ科学でも分野によって、その定義は違うようです。

B君:日本語版Wikiでは、流体力学・気象学、熱力学・統計力学、化学の3分野で多少表現が違うということを示したいようだ。
 流体力学・気象学での記述では、乱流の理論解析が重要だけれど、乱流そのものは流れが変化しているのだから定常状態ではない。しかし、乱流を制御していると考えれるある種の統計量としてのパラメータは変わらないような乱流もある。それを定常な乱流と呼ぶと紹介されている。

A君:熱力学・統計力学の世界では、巨視的な量、例えば、温度とか圧力とかエネルギー量の時間変化の無い熱力学的状況を熱力学的平衡状態と呼び、時間変化はあるけれど、その変化速度が一定な状況を非平衡定常状態と呼んでいます。これがしばしば単に定常状態と呼ばれるので、結構厄介です。

B君:最後に化学の分野では、まず、各物質の濃度に変化のない化学平衡状態が定義される。そして、ある物質の生成速度と分解速度が等しい状態を定常状態と呼ぶのだが、これは、変化をしていても、外から見たとき同じように見える定常状態の一つと考える。

A君:こう見ると、どの分野にも、定常状態というものの考え方に広がりがある。

B君:そうかもしれな。乱流や熱力学の場合のように、エネルギー量が変化しているけれど、その変化速度が一定だから定常状態と定義してしまうのは、人間社会に応用をすることを考えると、いささか問題だと思うのだけどね。

A君:このような理解を元にして、Herman Dalyが提案したSteady State Economicsを解剖してみましょうか。Herman Dalyによる定常状態の定義は、どうも、化学の世界の「生成速度と分解速度が等しい場合をいう」という定義が、もっとも適合性が高いように思えます。
 そのような理解に基いて、Herman Dalyの表現を、以下のように書き直したが、これがもっとも実用的なのではないか、と現時点では思っています。

 ルール1:“再生可能な資源”が定常状態の条件を満たすには、利用の速度が、 その供給源の再生速度を超えてはならない。主な対象=木材・紙や薪・炭、漁獲量、淡水など。

 ルール1の注:再生速度が向上するように、人為的な支援を地球に対して実行することもあり得るが、その支援行為自体が非定常状態を誘起する可能性があるので、注意を要する。

 ルール2:“再生不可能な資源”が定常状態の条件を満たす利用の速度は、持続可能なペースで再生可能な資源へ転換する速度を越えてはならない。対象=化石燃料、金属資源、鉱物資源など。

 ルール2の注:金属、鉱物資源などについては、リユース・水平リサイクルが必要条件で、そこで用いられるエネルギーを明確に規定すべき。再生可能なエネルギーのみに依存すれば、リユース・水平リサイクルが条件を満足する

 ルール3:“汚染物質”が定常状態の条件を満たす排出速度は、地球あるいはその地域の環境が汚染物質を循環し、吸収し、無害化できる速度を越えてはならない。対象=公害型汚染物質、廃棄物、温室効果ガス、オゾン層破壊物質、使用済み核燃料など。

 ルール3の注:循環・吸収・無害化の速度を人為的に高める支援を地球に対して実行することもあり得るが、その支援行為自体が非定常状態を誘起する可能性があるので、注意を要する。


B君:これらルールの妥当性については、特に問題ないと考えているが、もし問題があるとしても、定常状態というものに対する定義の違いが厳然として存在しているということに帰結するように思える。だから、もしもこのルールの妥当性を検討する場合には、上述の「化学」の場合の定常状態の定義、すなわち、「生成速度と分解速度が等しい場合をいう」という定常状態の定義を基本にして考察を行うことが必要不可欠なのだと思う。

A君:了解。それでは、第三層の検討をしてみますか。それは、地域の持続可能性。これは、様々な人的要因がありますね。だから、かなり個別論になりますが、だから逆に面白いと言えそうです。

C先生:昨日の講演会では、稲作の収量を確保しようとすると、水田での二酸化ケイ素の不足をなんらかの方法で補う必要があるという発表があった。農業では、こんな問題が恐らくいくらでもあり得る。勿論、現時点で気候変動対応として考えられている適応策=アダプテーション=Adaptationのかなり主要な対象が農業なんだから。

A君:長野県のリンゴは、気温上昇によって、そのうち生育が難しくなって、主要作物をブドウに変更しなければならない。となると、今、山梨県で作られているブドウの生育が難しくなることも意味して、山梨では、将来、ナシを栽培しなければならない。

B君:これが最下層の地球の持続可能性を維持しないで、単に適応策のみで解を出そうとすると、そんなことになる。

A君:そうなると、山梨はナシ栽培ということになって、地名との整合性が高い状態になる。これは、妙ではないですかね。昔は気温が高かったのでは。

B君:山梨という地名がいつごろできたのだろう。

A君:調べてみました。地名由来辞典というものによれば、「地名の由来は、バラ科ナシ族の「ヤマナシ」という木が多いことからという説が通説になっており、奈良時代にはすでに「山梨郡」として見られることから妥当な説である。」となっています。

B君:奈良時代か。どうも奈良時代後半から平安時代は比較的温暖だったと言われている。+2℃ぐらいだろうか。そうなれば、今後の温暖化の影響で、山梨はナシ生産、すなわち、昔に戻ってしまうとも言えるのかもね。

C先生:いずれにしても、適応策を考えることが地域の持続可能性を考える唯一の手段だという主張は、余りにも即物的というか、まあ発想が貧困だと思うのだ。どういう意味でそう思うのか、と言えば、根本的な原因を取り除くという意識が無いから。これが、やはり必要不可欠だと思うのだ。

A君:まあその通りなのですが、即物的というか、その中身が、「経済を維持するために、適応策を行うのが良い。例えば、海岸に長い防波堤を作れば、そのための土木工事もできるし」、という考え方と同じですね。

B君:宮城県がスーパー防潮堤の建設を強引に推し進める態度と同じということ。

A君:同じ産業育成を含む対策を考えるのなら、その地域の物理的特性、人間的な特性を考えて、図1の持続可能性の階層構造の内、最下層か第二層に貢献するような、言い換えれば、最下層の温暖化ガスの排出削減、第二層の定常状態の確立のために、知恵を出すといった考え方がより本質的な対応だという主張ですよね。そんな知恵が出せる人間をどのように育成するのか、これが今後の環境教育の最大の目的だと考えます。

B君:全く同意。「なんでも緩和策だ」という人間は、最後の最後の手段を、まず最初にやろうというような人々だ。ガンの治療で言えば、どんな場合でも、いきなり患部を切除すれば良いみたいない。

A君:それよりは、やはり地域からの温室効果ガスの排出削減を根幹に据えて、どのような施策を考えることによって、もっとも効果的な排出削減が実現できるようになるか。すなわち、財政的にも適切な参加型の手法を採用するよって住民の意識を高め、人々が将来に渡って継続する環境行動を取ることができるか、結果として、地域の活力を高めることができるか、といった発想で、施策を考えることが必要ですね。

B君:ガンの治療で言えば、全身の免疫力を高めることによって、ガンの拡大を抑えながら、必要な切除を行うという両面作戦に相当するかもしれない。

A君:時代がかなり先の人類からの評価がどうなっているかを考えると、今世紀とは温暖化に向かって地球を変えてしまった時代という位置付けになる。となると、次世紀は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減しゼロに近づけることによって、20世紀における大気の温室効果ガス濃度まで戻す世紀にしなければならない。となると、地域における適切な緩和策を実行することによって、将来の温暖化の進行を防止ししつつ適応策も考えるというスタンスでないと、実は、何の評価の対象にならないのです。適応策だけを考えるということは、温室効果ガスの大気中の濃度を、最終的には2200年にまでに現在のレベル程度まで下げることが重要である、ということが忘れられてしまうことを意味するからです。

B君:ということで、地域の持続可能性を考え、何かを行動しなければならないとしたら、その地域での二酸化炭素排出量を大幅に削減するには、どのような方策を考えるべきか、という最下層の持続可能性が実現する方向性と、第二層の再生可能エネルギーの大量導入や、廃棄物の適切な処理などをを考え、それがその地域の経済的な活力を向上するとともに、エネルギーの地産地消を実現するといった取り組みによって、地域の活力があがるという結果を生み出すことが重要だと思う。

C先生:そろそろまとめにしよう。この手の話を考えるとき、どうしてもトラウマ状態になるのが、ESDの大失敗のためだ。日本からヨハネスブルグサミットで提案し、そして、実施されたESD=持続可能性の教育は、日本国内では、それこそ「なんでもあり」の活動になってしまった。要するに、まともに、持続可能性の階層構造考えようとした人がいなかった。実は、ESDを推進していたグループに対して、かなり進言はしたのだけれど、結局、無視された。その理由は、「難しいことをいっても誰も付いて来てくれません」、だった。 
 当方の意見は、「難しいかどうかは、説明者の説明能力によって決まること」。「そもそも、地球環境などというものが、そんなに難しいものであるはずはないのだ。一見、余りにも多様で、余りにも複雑に見えるのだけれど、実は、地球を支配している原理原則は、複雑ではない。人間という存在がそれを複雑にしているように見えるだけなのだ」
 さて、本日の結論だ。今後しばらくは、図1を「持続可能性の階層構造」と命名して、これで様々な事象を説明してみたいと思う。