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  「環境問題のウソ」のウソ 04.02.2006
     



 ちくまプリマー新書029、池田清彦著、「環境問題のウソ」、ISBN4-480-68730-0 を読んでみた。池田清彦氏は、もと山梨大学教授。現在、早稲田大学国際教養学部教授。

 生物学者が地球温暖化をどのように見ているのか、それに興味があったため購入。

 しかし、科学者としてやってはいけない手抜き著作の典型例を見てしまったような感じである。それならここで取り上げなければ良いのに、敢えてこれを取り上げたのは、一般社会の一部にも、同様の誤解が未だにあるのではないか、と思うからである。


C先生:この著書は、「環境問題のウソ」として、地球温暖化、ダイオキシン、外来種問題、自然保護、以上の4つのトピックスについて、そのウソを暴くというスタイルで書かれている。記述も、この順番で行われている。

A君:本日、問題にするのは、地球温暖化のところだけでしょうね。残りの部分は、それほど妙な結論にはなっていないと思いますから。

B君:地球温暖化問題のウソを暴くというスタンスの本は、本家とも言えるロンボルグ著の「環境危機をあおってはいけない」(文藝春秋刊)の他にも、薬師院仁志著「地球温暖化への挑戦」(八千代出版)、渡辺正著「これからの環境論」(日本評論社)などがあるが、前2冊については、すでに本HPでも論評を加えている。

C先生:ロンボルグの著書は、地球資源が有限であることを無視しているという重大な欠陥があるように思える。薬師院仁志氏の著書は、その時点で本来議論の対象にすべきであったデータへの反論が欠落しているように思った。

A君:池田氏の記述では、欧米では以前から地球温暖化に対して、マーシャル研究所などのように、否定的な意見も多い。「アメリカのライドが太陽の黒点数と北半球の平均気温が相関するという論文を1987年に発表して以来、地球温暖化を太陽活動の変動が主な原因だと思っている人が増えてきている」。これが今に関する記述なら、それは無いでしょうね。

B君:地球の気候変動の大部分の原因がもともと太陽にあることは、誰しもが最初から認めていることであって、いまさらそれを認めるというのも変な話。

A君:それ以外にも、誤解されている部分があるようですから、それをリスト化しつつ反論ができる部分はやるというスタンスではどうでしょうか。

B君:了解。まず、(1)p9:気温変動の有無について、渡辺先生の著書から網代のデータを引用している。「東京など大都会が温度が上がっているのは認めるが、網代では上がっていない。すなわち、地球の温暖化は起きていない。ヒートアイランド現象による都市の温度上昇のみが起きている」。どうも、池田先生は、地球レベルでの気温は上がっていない、上がっているのは地域レベルだ、ということを、まず、言いたいようだ。

A君:図1に示す網代のデータは、1938年からしかない。それがこの謎を解く鍵なのです。1982年を中心とした低温期のために、温度が上がっていないように見えるのです。

  図1: 網代の気温の推移

B君:同じような条件の場所のデータで、100年間程度の長期データがあるものを調べればよいだけ。
 次の図で銚子と網代のデータを比べてみよう。網代は、銚子(オレンジ色)よりも多少暖かいようだが、1940年以降の銚子の温度の傾向は、網代のものとそれほど違わない。しかし、銚子の温度の記録は、1887年からあって、1982年前後の低温期も網代と同様だが、1900年頃からの100年間を見れば、あきらかに1℃程度の温度上昇を示している。


A君:自然的な温度上昇と人為的な温度上昇との両方で、1℃ぐらいということでしょう。

C先生:太陽の揺らぎが主たる原因で、地球の気温が1800年ごろから上がり続けていることは、様々なデータからみても明らかだ。池田先生も、ご自分でデータをちょっと調べてみればよく分かるはず。何が分かるのか、と言えば、1940年以降のデータで判断を下しては駄目だということだ。地球の温度は、太陽や火山の噴火が原因で揺らいでいるから、やはり100年間程度を見ないと傾向が分からないのだ。

A君:次に行きます。(2)p12:「1960年代から1970年頃まで、気温は前後に比較してかなり低かった。だから、このまま上昇し続けるよりも、むしろ再び下降に転じると考える方が合理的だ。数年間、平均株価が上昇し続けても、そのまま永遠に株価が上がり続けるとは考えるバカはいない」。

B君:網代や銚子の気温変化もよくよく見れば、そうなっている。地球の気温を測るという行為は確かに難しい。気温の上昇がどうこうという議論が温暖化の議論の中心ではない。自然の揺らぎによる変化に加えて、人為的な原因で温度変化が起きているかどうか、これが最大の問題。それには、温暖化のシミュレーションをやらないと、なんとも言えない。その結果は、人為的な温暖化ガスの増加を考慮しないと、自然要因だけではこのところの温度変化は説明できない。これが結論で、2001年版のIPCCレポートでも明らかにされている。

C先生:2001年版に掲載されたシミュレーション結果が、万全のものではないことは事実だ。現在、IPCCは次の報告書を準備しつつあって、様々な結果が集まっているようだが、基本的な理解を変更しなければならないようなデータがあるという話は聞いていない。

A君:実際、シミュレーションがどのぐらい信じられるか、と言われると2001年版IPCCの段階まででは、まあなんとか信じても良いか、という程度だったのではないでしょうか。

B君:シミュレーション精度は、この数年で進歩したと言えるだろう。その一つは、日本にある地球シミュレータなるスーパーコンピュータのお陰かもしれない。まあ、池田先生は、研究者にもコンピュータ屋にもおいしいビジネスがあることが温暖化論者が出現する理由だということのようだが。

A君:次に行きます。(3)p26:「年間の炭素排出量は1880年以降増え続けている。そのため、温暖化ガス濃度も1940年頃の310ppmが1970年には325ppmにも急激に増えている。しかし、1970年前後に気温が下がっている。これだけでも、人為的地球温暖化説は怪しいと思ってしまう。少なくとも地球の気温には、二酸化炭素以外の要因が働いていることは確かであろう」。

C先生:この記述は最悪だ。これまで誰も温暖化が人為起源だけで起きているとは言っていない。過去の歴史を見れば、明らかに自然の揺らぎの方が大きく、かつ決定的なのはあたりまえで、そんなことはIPCCのレポートの原本をちょっとでも読めばすぐにでも分かるはず。

A君:2001年版IPCC報告書に掲載されているシミュレーション結果にも、先ほど述べたように、太陽活動の変動が考慮されています。
 そして、最近の、といっても発表されたのが2004年11月ですが、温暖化シミュレーションでは、以下のような多数の項目が考慮されています。
http://www.env.go.jp/earth/kiko-model/index.html
(1)太陽エネルギーの変動
(2)大規模火山噴火に伴い成層圏にまで到達したエアロゾルの変化
(3)温室効果気体(二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、ハロカーボン)濃度の増加
(4)1970年代半ば以降の成層圏オゾン濃度の減少
(5)人間活動に伴う対流圏オゾン濃度の増加
(6)工業活動に伴う二酸化硫黄(硫酸エアロゾルの元物質)排出量の増加
(7)人間活動に伴う煤などの炭素性エアロゾル排出量の増加
(8)土地利用変化

C先生:上の項目の(1)、(2)が自然起源、(3)〜(8)が人為起源だが、自然起源の要素だけを考慮したのでは、1970年以降の温度上昇が全く再現できない。
http://www.env.go.jp/earth/kiko-model/01.pdf

A君:もしも人為起源を全く考慮しないで、太陽エネルギーの変動と大規模火山噴火の影響だけを考慮すると、1970年以降は、本来なら温度が下がっているはずだという計算結果になるとのことです。

C先生:池田先生の株屋としてのセンスは正しいということなのだ。現在の上昇一辺倒の温度変化は、バブル期の株価のような状態になっている。本来、下がる自然要因しかないのに、人為的な原因で上がり続けているのだ。

B君:次に行く。(4)p30:「地表から出て行こうとする熱の95%はすでに存在する温室効果ガスでブロックされて、地表方向に再放射されている。という意味は、温室効果はあと数%で飽和に達し、温室効果ガスがどんなに増えてもそれ以上温暖化しないということだ。二酸化炭素が一定限度まで増えてしまえば、それ以上の増加は、温暖化とは無関係だ。今から7000万年近く前の白亜紀には、二酸化炭素の濃度は現在に比べ5倍以上あったと考えられているが、平均気温は6℃程度高かっただけらしい」。

C先生:6℃程度高かっただけらしい、というのは、相当なる表現。氷河期ですら、今から6℃ぐらい低かっただけなので、6℃というと、これは相当に大幅な気温変化だと言わなければならない。

A君:それに、最近、気候変動で恐れられているのが、温暖化によって海水の比重などが影響を受け、その結果、熱塩循環(ブロッカーの海洋大循環のコンベアーベルト)
http://www.iic.tuis.ac.jp/edoc/journal/ron/r4-1-1/r4-1-1c.html
が変化して、北大西洋でのメキシコ湾岸流が変わって、寒冷化が誘発されるのではないか、ということ。

B君:いわゆる、「デイ アフター トゥマロー」現象というやつ。
http://www.foxjapan.com/movies/dayaftertomorrow/

A君:あるいは、「ヤンガードライアス時代の寒の戻り」というもの。そのシミュレーション。
http://www.jamstec.go.jp/iorgc/sympo/2005/program/kouen/02_Fukasawa.pdf

C先生:このシミュレーション結果は、まだまだ確実では無さそうだが、多少の温暖化によって比較的早期に熱塩循環が影響を受けるという結果も出ているようだ。

A君:一つだけ追加してよいですか。余り本質的なものではないのですが、今、熱の95%はブロックされている。残りは5%が増えるだけ、という話ですが、現時点での温暖化の総量は33℃。これは、大気が全くなければ、地球の平衡温度はマイナス18℃。現在の平均気温を15℃とすれば、という話です。この33℃が95%に相当するとしたら、5%の増加では1.5℃ぐらいの温度上昇しかないのが理屈というもの。しかし、実際にはそうはならないようです。それは、温度変化が一旦引き起こされると、それから先に、様々な正の影響、負の影響などが複雑に絡むから。

B君:温度が上がれば、水の蒸発量は増えるので、雲が増える。雲が増えれば太陽の反射が増えて、気温は下がるはず。しかし、水の蒸発量が増えれば、水蒸気量が増えるので、温暖化効果は強くなって気温は上がるはず。さてどっち。他にも影響はいくらでもある。もしも温度が上がると、永久凍土が解けてそこから強力な温暖化ガスであるメタンが大量に放出されてますます温度は上がる。こんな例がいくらでもあって、本当にどのぐらい上がるのか、その予測はかなり難しい。

C先生:シミュレーション結果を報告するとき、池田先生のような誤解がまだ存在しているということを十分に意識した広報が必要。まだまだ分かりやすいとは言えない。研究者は、国民の税金を大量に使用しているのだから、国民に正しい情報を伝達する義務がある。

A君:次に行きます。(5)p41:「農業への影響だが、人為的温暖化で気温が上昇し、二酸化炭素濃度が上がり、降水量が増えれば、素直に考えれば光合成の速度は上がり、生産量は増大するに決まっている」。

B君:その件、温度上昇の幅が少ない間はどうもそうらしい。しかし、余りにも温度上昇が激しいと、植物にも悪影響がでる。例えば、受粉しにくくなるようなことも起きるようだ。

A君:降水量が増えるには増えるのですが、もともと降水量が多いところがますます増えて、少ないところが減ると、これは農業に悪影響がでます。シミュレーションでは、どうもそんな傾向のようです。
 すなわち、降水分布が重要なのです。なぜならば、植物の生産は、太陽光の総量×水の利用可能量という掛け算ですから、実は、乾燥地帯になんらかの方法で水を引き込む灌漑農業をやるのがベスト。実際のところ、現時点でも、大規模農業は乾燥地域で行われているという実態があります。ところが、乾燥地域がますます乾燥すると、水の供給が間に合わない。降水量の多いところは、もともと太陽光の総量が不足しているために、農業生産には適さない。そこにますます雨が降ったところで、余りプラスは無い。

B君:最後の対応のところ。(6)p47:「ロンボルグの理論『十分な研究予算確保によって、太陽光、風力、核融合が21世紀半ばまでに価格競争力のあるエネルギー源にすることだ。これはずっと低コストで済むし、また気温上昇もほんの少しですむ』というが、核融合は後始末が面倒だが、太陽光、風力についてはその通りだろう」。

A君:太陽光、風力で供給できるエネルギーの限界がどのぐらいのところか、これが大問題。いくら研究費をつぎ込んでも、その開発・設置のために化石燃料が無尽蔵にあるわけではないので、やはり風力、太陽光では限界がある。

B君:風力、太陽光が駄目だとしたら、バイオマスもどこまで頼りになるのか。メタンハイドレートも怪しい。

C先生:化石燃料の供給限界を意識した議論をしないと、結局のところ本当の解決策は見出せない。

A君:(7)p51:「どう考えても地球温暖化なんて大した問題じゃない。大変だ大変だと騒いでお金が儲かる人ならばともかく、そうでない僕は、他人の金儲けを助けるために、快適な生活を犠牲にしたりよけいに税金をとられるのは勘弁してもらいたいと思う。そこまでお人好しの人は普通の日本語ではバカって言うんだよね」。

B君:大変正直でよいが、地球温暖化というものは、化石燃料を使い始めた人類が最終段階に出会う宿命的な影響であって、現在は、その化石燃料の枯渇も近そうだ、という段階にある。となると、化石燃料の枯渇を意識した化石燃料からの自発的な離脱を意識することが、個人的に快適な生活を継続するよりも重要になる時代が見え出したということで、これが環境問題の基本的理解であるべきだ。

C先生:そんな将来のことよりも、といっても数10年後の話だが、将来よりも現在の快適さと経済的な発展が重要だと言うことで、米国は京都議定書から離脱した。将来を見るだけの知性が無い国が米国だ。

A君:それにしても、池田先生のような人が、日本にあるたった3冊(ロンボルグ、薬師院、渡辺各著)の特殊な温暖化ウソ論の本だけを読んで、しかも、それらの本が根拠としているデータを自ら検証することもなく、さらに、そのデータの多くが2001年以前のものであるという状況を十分に調査もしないでこんな本を書くのは、やはり商業主義的出版業に毒されたとしか思えない。結果的に、「ある種の情報だけを流してウソをつく方法を伝授した本」になっている。メディアはセンセーショナルな記事しか書かないと批判をしておられるが、同時に商業主義的出版もセンセーショナルな本しか出さないと自己批判をすべきなのではないか。

C先生:自らの快適な生活を獲得するために、商業主義的出版に加担したのだろう。あとがきの最後(p166)にある表現、「私が若い人たちに言いたいのは、世間で流通している正義の物語りを信じるのは、墓に入ってからでも遅くはないってことだな。「正義」というのはあなたの頭を破壊する麻薬である。麻薬中毒になる前に、たとえごくわずかでもよい、抵抗せよ」。この表現がこの本の結論として出ることには同意しがたい。ここで行われている地球温暖化の記述に関しては、正義かどうかという以前に、正しいか、正しくないかという点で問題だからだ。

A君:ちなみに、温暖化以外の部分、ダイオキシン、外来種問題、自然保護については、どうなんでしょうかね。ダイオキシンについては、多少の違和感はありましたが、温暖化ほど新しい情報が世の中に存在している訳ではないので、まあまあぎりぎり許容範囲でしょうか。

B君:外来種、自然保護については、そういう論調だろうと予想していたので、違和感は無い。しかし、自然保護の目的は、ヒトへの生態系サービス機能を守るためにやるのだ、という最近の生態学者の態度には、本当にそれでよいのか、という違和感があるが。

C先生:ヒトというものはそんなに貴重種なのだろうか。すべての生態系がヒトへのサービスのために存在するという考え方そのものが、いささかヒトの思い上がり的であるようにも思えるが。まあ、どんな考え方が正しいかということは、いくら議論しても出てこないようには思う。
 最後にこの本の評価だが、少なくとも地球温暖化のウソに関する記述としては、他の3冊の本と比較しても、相当な手抜きだと思う。温暖化に疑問をはさむこと自体、それを悪いとは言わない。なぜならば、本当の未来は誰にも予測できないからである。あらゆる可能性や見方を提供することは意味がある。しかし、今回の著作は、手抜きである。原著やデータを自分で調べたのかどうか、疑問と言わざるを得ない。
 カサブランカという名作とされる映画がある(今見ると、何が名作なのか分からないが)。そこで、主人公Rickが、ヤミ出国ビザの斡旋をやっているUgarteに対して言うせりふがある。"I don't mind a parasite. I object to a cut-rate one." この本は、どうもその"A cut-rate one"のように思える。