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 テロに備えて   09.06.2009
     
続リスクに騙される



 ダン・ガードナーの著書、「リスクにあなたは騙される」をお読みになっただろうか。7月12日に本HP、7月15日の日経エコロミーでまとめている。機会があれば是非お読みいただきたい。

 本HPとしては、勿論、化学物質や食品などのリスクとの関係を取り上げるのが本道なのだが、今回、本書の記述のうちでもっとも米国らしい「テロに脅えて」を取り上げてみたい。

 すでに日本では半ば昇華してしまったように思える「オウム真理教」の話が大々的に取り上げられている。



C先生:米国にとって、2001年9月11日の同時テロは、歴史上初めて、米国本土が攻撃されたという経験でもあり、とにかく衝撃が非常に強かった。

A君:ブッシュ大統領が翌9月12日に述べた内容が、それを如実に示しています。
「昨日我が国に対して行われた計画的な、死をもたらす攻撃は、単なるテロ行為ではない。戦争行為だ。我が国は揺らぎ無い決意の下に団結する必要がある。自由と民主主義が攻撃に曝されている」。

B君:確かに。飛行機が高層ビルに突っ込むあの映像は、現実の世界で起きない映画の一画面を見ている感じだった。

A君:しかも、世界貿易センターのビルが崩壊するとは、それこそ誰も思っていなかった。考えてみれば、日本のビルと違って、地震が無いだけに、構造的には不安定なものだった。

C先生:ダン・ガードナーの表現によれば、「夜空に二番目の月が出現するのと同じぐらい驚嘆すべき理解不能な出来事だった」、となっているが、本当にそうだったのだろう。

A君:根本的にこの手のことに対して無知。初体験。

B君:ある出来事が将来の危険性を伝える強さを「信号値」と呼ぶが、9.11のテロ攻撃の信号値は、強すぎて測定不能のレベルだった。

A君:しかも、このテロの映像は余りにもドラマティックだったもので、その記憶は鮮明に、しかも未来永劫残るでしょうね。

B君:すでに記憶が薄れ始めているのだが、この一週間後に、実は、炭疽菌テロが発覚した。炭疽菌を封入した5通の手紙がテレビ局であるABC、NBC、CBSに、新聞社ニューヨークポストに、そして、雑誌社であるナショナルエンクワイアラーに届く。三週間後に、二名の民主党上院議員宛に届く。
 炭疽菌自体は、土の中に存在する菌であるが、22名が感染、11名は重症、5名が死亡した。

C先生:色々と思い起こすと、この炭疽菌テロだが、その被害の規模そのものは9.11には比較しようもないのだが、心理的にみて極めて有効で、なんとも言えない恐怖感を植え付けた。

A君:そのためでしょう。9.11の約1ヶ月後の10月中旬に行われた世論調査では、米国人の40%が「今後数週間にさらにテロがある可能性が高い」、45%が「可能性がいくらかある」、10%が「可能性はそれほどない」、3%が「可能性はまったくない」と答えた。

B君:単にテロがあるということでは、余り恐怖感は沸かない。しかし、自分の家族などが巻き込まれると思うと、急に不安感が増大する。「あなたやあなたの家族がテロの犠牲になることをどのぐらい心配していますか」という質問に対して、25%が「非常に心配している」、35%が「いくらか心配している」と答えている。

C先生:この状況を著者ガードナー氏は、驚くべき状況だと表現している。なぜならば、多くの場合、「平均よりは良い」「他人より自分の方が良い」というバイアスを持っていることが普通だと言う。これがアメリカ人の特性ということなら理解できるが、日本人は、どちらかというと、ネガティブバイアスがあるのではなどと考えてしまった。

A君:そのあたり、今後調査しますが、国民性によって様々な状況である可能性はあると思います。

B君:これらのアンケートについて、実は、2006年の9月に再調査が行われている。その結果だが、「今後数週間にテロ行為が米国内にある」かどうか、に対して、9%が「非常に高い」、41%が「可能性がいくらかある」と答えている。この2つの答えの合計は50%で、その値は、5年後でほぼ変わっていない。

A君:もうひとつのアンケート、すなわち、家族がテロの犠牲になることを心配している割合も、5年後の再調査で、44%の人が、「非常に」あるいは「いくらか」心配していると答えた。同じ調査を2002年の4月にも行っているが、そのときは、実は33%程度だったという。

B君:9.11から半年で若干減ったが、その後の5年間で、状況は悪くなったと考えている人々が増えたということか。

A君:それは、ダン・ガードナーは記述していないのですが、その5年間で、米国国内ではテロ行為は無かったものの、次のような各種テロが行われていたからではないですか。

2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件(9.11事件、アルカーイダ)
2002年10月12日、バリ島爆弾テロ事件 (2002年)(ジェマ・イスラミア)
2004年3月11日、スペイン列車爆破事件(アルカーイダ)
2005年7月7日、ロンドン同時爆破事件(アルカーイダ)
2005年10月1日、バリ島爆弾テロ事件 (2005年)(ジェマ・イスラミア)
2006年7月11日、ムンバイ列車爆破事件(ラシュカル=エ=クァッハルが犯行声明)


B君:しかし、このように思い込むと、実質的な可能性、心配すべき可能性、などが過大評価されるのは事実。

A君:確率論になれば、それはその通りで、9.11で3000人が死亡。米国のその当時の人口は2億8100万人。米国人があの日にテロ攻撃で死亡する確率は、0.00106パーセント。あるいは、9万3千分の1。

B君:この手の話は、毎回、言われている。米国人が1年間で車にはねられて死亡する危険率が、4万8500分の1。1年間に溺死する危険率が8万8千分の1。テロで死亡する確率が9万3千分の1で、これより少ないといっても、リスクの認知としては、大きくなるに決まっている。それは、「不条理な死」だと思うかどうかだからだ。

C先生:ダン・ガードナー氏は、この手のリスク感覚の本を書くのは初めてで、一般人がリスクというものを確率だけで考えない。すなわち、リスクの学問的な定義、
 リスク=事象の危険性 × 遭遇確率
では考えないで、
 リスク=事象の危険なイメージ × 事象の不条理
で考えているということを知らない。

A君:というよりも、そのような普通の市民が考えるリスクという考え方を否定して、学問的なリスクを唯一正しいとすることが、世間を良い方向に導くと信じているのではないでしょうか。

B君:諦めが付く死に方と、諦められない死に方があるという本質的な議論が抜けている。ガードナー氏が法律学士、歴史学修士だそうだから、まあ仕方がない。

C先生:その次の確率の議論、すなわち、9.11が毎月起きたとしても、死亡確率は7750分の1で、1年間で自動車事故で死ぬ危険性は6498分の1より低いということは、知っておく必要はある。
 なぜならば、9.11以後、飛行機に乗ることを恐れて自動車で遠距離を走ることが増え、そのために、死者が増えたことは絶対的に確実なことだから。

A君:ドイツ人の学者が飛行機から車へ方法を転換したためにどのぐらい死者が増えたかを推定していて、その数が9.11以後の1年間で1595名。実に、9.11の死者の半分にもなる。

B君:RAND−MIPTテロリズム・データベースというものがあり、1968年から2007年4月の間に、世界全体で1万119件の国際テロリストによる事件があった。これらのテロ攻撃によって、1万4790名が死亡しており、世界全体の1年間の平均死亡者数は、379名となる。

A君:この数と比較されている死者数が、極めて面白い。2003年のデータだと、米国では、なんと347名が警察官によって殺されている。

C先生:しかも、このテロによる379名の死亡者がどこで死亡しているか、を解析すると、カシミールなどの地域が多い。北米ではなく、ヨーロッパでもなく、まして日本ではない。

B君:カシミールだけでなく、イスラエルではテロによる死亡は深刻。一生(70年)でテロで負傷するか殺される確率は、なんと100分の1〜1000分の1だというから。

A君:米国国内でのテロのリスクは、このように危険な地域の死者を除外すると、非常に低いことになる。
 米国人にとって、一生の間の様々な危険率がリストになっているのですが、面白いですよ。それらと比較すると。
・雷に打たれて死ぬ確率 7万9800分の1
・毒を分泌する植物あるいは動物によって死ぬ確率 3万9800分の1
・風呂で溺死する確率 1万1300分の1
・自殺する確率 119分の1
・車の衝突事故で死ぬ確率 84分の1



B君:さらに、発生数の推移についても、9.11があって、正しく認識することを困難にしているという。
 先ほどのデータベースで言えば、テロがもっとも多かったのが1991年。この年には450件だった。その数は、2000年には100件まで減少していた。
 ところが、その後、再度増加に転じ、2004年までには、年間400件まで増加。
 しかし、先ほどの発生地域という要素を入れると、すなわち、中東で発生したテロを除外すると、傾向は横ばい。同時に、パキスタンなどの南アジアも除けば、結論としては、冷戦終結時から始まったテロの減少傾向は、実は続いている。

A君:「中東と南アジアを除けば、世界のすべての地域において1990年初頭からテロは減少している」、と結論してよい。

C先生:それなら、本当に恐れるべきことは何か。それは、テロリストが大量破壊兵器を入手して、以前なら軍隊以外は実行不可能のようなことを実践できることだ、との結論になる。これが本当ならば、明らかにテロのリスクは大きくなっている。

A君:それが、ブッシュ大統領がイラクを攻撃した主たる理由になっていた。

B君:それに対して、ガードナー氏は、こう言う。「イスラエルのように世界最悪のテロが行われる国でも、大量破壊兵器で武装したテロリストの攻撃を受けたことはない」。すなわち、「そういった武器を入手して、かつ用いることは、思うよりも難しい」。

A君:アルカイダが化学兵器を入手することを試みたらしい、という話の続きで、オウム真理教の話が出てくる。ガードナー氏に言わせれば、オウム真理教が、このような大量破壊兵器を実際に作った最初の狂信者という分類になるらしい。

B君:オウム真理教の話は、日本では、すでにかなり昇華してしまった。しかし、このガードナー氏の本を読むと、かなりとんでもないことが起きていたことが蘇る。
 オウム真理教は最盛期には6万人の信者を抱えていた。

A君:そう言えば、総選挙にも出てきた。

B君:日本以外に、オーストラリア、ドイツ、ロシア、ニューヨークに事務所があった。しかも、現金で数億ドル(当時だと102円/ドルぐらいだから、数100億円)をもっており、場合によっては1000億円だったという憶測もある。

A君:日本の最高レベルの大学の化学、生物、物理の大学院生を勧誘していた。生物兵器の研究をする科学者を20名化学兵器の研究をする科学者80名を雇用しており、最高級の設備と実験装置を与えていた。

B君:余り知られていないことだったが、オウム真理教は、核兵器の入手も意図していて、オーストラリアの辺境の大牧場を所有していた。ここでウランを採掘して日本に輸送し、核兵器の製造を目指していたらしい。

A君:生物兵器としては、エボラ出血熱にも関心をもち、1992年10月に中央アフリカで発生したとき、麻原自身が40名の弟子を率いて、人道的使命という名目で、この地を訪れている。どうやらエボラ出血熱のウイルスを集めに行ったようだが、失敗した。

B君:オウム真理教の生物兵器の開発はどうも失敗の歴史だったらしい。極めて致死性が高いボツリヌス毒素を3台のトラックから散布することを行ったらしいが、米国海軍基地、空港、国会、皇居などがターゲットになったものの、誰も病気にならなかった。攻撃があったことすら誰も知らなかった、と記述されている。

A君:ボツリヌス菌だけでなく、炭疽菌を使った攻撃もやっていて、合計9回試みたが、1人も殺せなかったとある。

B君:ガードナー氏によれば、「致死性の高い病原菌を毒性の高い状態で単離し、広範囲に散布することに対する実用上の多くの困難を乗り越えられなかったのである」。

A君:生物兵器は、思ったよりも困難。米国の炭疽菌事件で5名死亡したというのも、郵便という新たな手段を用いたからとも言え、同時に、郵便が配布手段では、大量の死傷者を出すことは難しいとも言える。

C先生:オウム真理教は、それからご存じの通り、化学兵器に特化していく。特に、神経ガスだ。マスタードガス、青酸ソーダ、VXガス、サリンを相当大量に生産した。

A君:サリンだけで420万人を殺せるだけの量を準備していた。

B君:ガードナー氏は、この事実を大量殺戮がいかに難しいかを示すこととして理解すべきだと主張している。420万人分もの殺せる化学兵器を持っていたにも関わらず、その1%も実現できなかった

A君:悲惨な被害ではあったのですが、1994年6月27日に、松本市の住宅街で液体サリンを加熱蒸発し、送風機で空気中に吹き飛ばした。その結果、8名が死亡し、140名以上が重傷を負った。

B君:1995年の3月20日の地下鉄サリン事件は、さらに被害が大きかった。5.5kgのサリンを11袋のポリ袋に入れて、地下鉄の5台の電車に乗り込んで、袋に穴を開けようと傘の先で突っついた。3袋は破れなかったが、8袋からは4kgものサリンがこぼれた。サリンは周囲に広がり蒸発した。そして、12人が死亡し、5人が致命傷を負ったが生き延びた。37人が重傷と診断され、984人に軽い症状がでた。

C先生:オウム真理教は、結局17件の殺人事件と殺人未遂事件を起こしたが、イラクなどの爆弾の方が、死傷者の数という面から言えば、効果的だった。
 あれほどの人員が、あれほどの資金とあれほどの年月を掛けて準備しても、化学兵器、生物兵器だとあの程度であった。これがガードナー氏の結論だ。

A君:アルカイーダが、オウム真理教ほど自由に警察の目を避けて活動することは難しい。あれほどの科学者を集めることも難しい。

B君:ギルモア委員会(「大量殺戮兵器によるテロリズムへの米国内対応能力を評価する諮問パネル」(委員長はバージニア州知事のジェームズ・ギルモア氏))は、「テロリストが真の大量破壊を成し遂げる唯一の確実な方法は、恐らく核兵器を用いることだろう」と言っている。

A君:しかし、それがなかなか難しいらしい。ロシアの悪名高い「スーツケース型核爆弾」が紛失したという報道があったが、この装置はまともに作動させるためには、定期的な整備を必要とするとのこと。爆発させるのは、かなり難しい

B君:結局、ガードナー氏が言いたいことは、テロリストは、旧来依然たる爆弾テロから抜け出るのは難しい。9.11の場合だって、19名のカッターナイフで武装した狂信者が起こしたテロだった。

A君:しかし、メディアがブレアの言葉を取り上げて、「すべてが変わってしまった」と日常的に口にするようになった。第三次世界大戦に入ったようなものだった。

B君:この延長線上に、フセインが大量破壊兵器を持っていると言う理由で行われたイラク派兵があった。これはブッシュ大統領の望みでもあった。

A君:そこで、こんなシナリオが書かれた。まず、サダム・フセインは大量破壊兵器を開発する”可能性”がある。フセインはその兵器をテロリストに与える”可能性”がある。テロリストは、その兵器を用いて米国を攻撃する”可能性”がある。

B君:こんな”可能性”が連続することは普通は起きないのだが、恐怖感から「腹」がこれを起きるかもしれないと解釈したために、テロへの恐怖が一層拡大し、政治的な正当化が行われた。

C先生:ガードナー氏の著書には、「ブッシュ政権の訴えは勝利を収めた。戦車が動き出す前の数日間、支持率は75%にも近づいた。サダム・フセインは大衆の心の中で余りにうまく9.11のテロ攻撃と結びつけられたため、フセインが9.11と全く関係がないことをブッシュ政権が公式に認めたずっと後の、2006年9月に行われた「ニューヨークタイムズ」紙の世論調査でも、米国人の三分の一が依然としてこのイラクの独裁者が「個人的に関与していた」と考えていた」、と記述されているが、これは何だったのだろうか。やはり、リスクは作られる。「腹」で感じるのではなく、「頭」でリスクを理解しなければ、到底、正しい対応はできない。