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     長期低炭素ビジョン小委スタート   07.30.2016
               リスク論で認識をどう共有するか




 昨日から、パリ協定と温暖化対策計画を受けた環境省の長期低炭素ビジョン小委員会が始まりました。委員総数は18名で、その氏名などは、次のサイトで資料をダウンロードすることができます。
http://www.env.go.jp/press/102797.html#shiryo
 はじめて同席する委員も、何人か居られますので、新しいご意見を聞くことが可能で、かなり興味深い議論が行われるものと思われます。
 さて、まだ上記サイトでは公開されていないのですが、資料4として、低炭素社会の構築に向けた国内外の動向と題する資料が配布されて、説明が行われました。
 今回の題材は、そこから選択することにします。
 なぜならば、本小委員会に参画するにあたって、一応の作戦を立てていたからです。それを説明するのが、今回の本Webサイトの記事の目的です。



C先生:これまで、委員会の報告をほとんどしたことが無いのだけれど、今回は、例外中の例外として、何をここで主張し、どのような合意を得たいと思っているか、について、若干の説明をしたいと思っている。しかし、これから明後日、明々後日のために、別のプレゼン用の資料を作らなければならないので、これで失礼する。私の意図の内容は、B君に伝達してあるので、二人で議論してくれ。では。

A君:あれま。まあ、しっかり準備をして真剣な議論をするということですかね。

B君:まあ、そういうことだろう。先日、予備的な議論をしたので、代理だけど説明はできると思う。
 今回のポイントは、何を目的として、どのようなロジックで議論を進めるか、ということなんだ。目的は、できるだけ合意形成が可能なこと。そのために、分かりやすく、かつ、科学的に正当な議論を進めたい、ということだ。

A君:なるほど。気候変動だって、他の環境問題だって、本質はそれほど変わる訳ではなくて、共通の手法が使えるのは当然。やはり「リスクをいかに定量的に取り扱うことができるか」が最終的な勝負でしょう。

B君:まあ、その通りで、リスクベースのロジックをしっかりと構築してそれで議論をしようということであることは、確実だ思って貰ってよい。

A君:となると、議論の順番は、気候変動の影響は非常に多岐に及ぶけれど、もっともリスクが大きいことはどれだろう、でしょうかね。

B君:まあ、そんなところだ。大体、予想の路線だが。気候変動の与える悪影響は、まさしく全人類の全活動に対して影響がある。勿論、悪影響ばかりとは限らない。例えば、これまで寒かったところが温暖になるのは良いとも言えるけれど、それが絶対に良いかどうかは、実際、温暖になってみないと分からない。例えば、山岳地帯で農業・牧畜を営んでいるとして、雪が減れば、農業活動が拡大すると思うのが普通だけれど、もしも、山の雪が減少してしまえば、その地域は良いとしても、その裾野に近いところでは、春の雪解け水が減少してしまって、春の農業に悪影響を与えるかもしれない。

A君:その話は、すでに実際に起きていますね。例えば、チベットなどの高山地帯では。雪解け水で春の農業用水を確保してきた地域では、肝心の時期に水が不足することが起きている。これに対応するためには、ダムを建設することになるのだけれど、それは自然破壊に繋がるとも言えますからね。

B君:ということで、悪影響をリストアップせよということに、なってしまうな。

A君:資料4に整理されているところをリスト化してみますか。

B君:いやいや、IPCCのAR5にまとめられている。

表 気候変動による主要な8つのリスク

気候変動による主要な8つのリスク
1.海面上昇、沿岸での高潮被害
2.都市部での洪水
3.極端な気象現象によるインフラ機能停止
4.熱波による都市脆弱層の死亡など
5.気温上昇、干魃などによる食料安全保障
6.水資源不足と農業生産減少による農村部経済の損失7.海洋生態系の損失
8.陸域および内水生態系からのサービスの損失


A君:確かにこの表の通りなのですが、それが決定的に大きなリスクなのか、それほどでもないのか、という定量的な評価を追加することが不可欠ですね。

B君:それも、ある程度IPCCのAR5でまとめられている。そこでは、安全保障上の脅威という言葉が使われている。

A君:ということは難民とか。

B君:まあ、こんな少し柔らかくした表現ではあるけれど。
1.人々の強制移転が増加
2.紛争の駆動要因の増幅による内戦や民族紛争の増大
3.インフラや領域保全に悪影響を与え、国家安全保障上の問題が発生


A君:1は、明らかに環境難民を意味していますね。また、2は、典型的には水紛争のようなことを意識しているし、3は、国境の川の流路が変わることによって。何か起きないとも限らない。

B君:イメージを余り作りすぎるのも良くない。できるだけ、懐は深めにキープしておくことが重要だ。

A君:しかし、気候変動リスクがこんな形だけではなくて、もっと深刻なことが起きるという、より極端なイメージを持っているのですけど。

B君:言いたいことは想像できる。これまでのリスクのリスト化とか、安全保障上の脅威とか言った言葉で表現することよりも、もっと不可逆な極端減少が起きてしまうという感覚だろう。

A君:まあ、その通りで、それで、今回のパリ協定で、最低でも2℃。加えて1.5℃に向けた努力の重要性が認識されているのですから。

B君:要するに、気温上昇がある温度に到達すると、なんらかの異常現象が走りだしてしまって、それ以後、気温が下がるまで止まらない。人為的な努力によって、大気中の二酸化炭素量を減らすことは、ほとんど不可能なので、温度上昇は非可逆的だ、すなわち、一旦温度が上昇を始めると、もはや止めることはできないのだ、と考えなければならない。ということは、異常現象が走り始めると、止まらないことを意味する。

A君:突然、思いついたのですが、その指摘は、現時点で、どのぐらい共有できているのでしょうか。要するに温度上昇は非可逆的だということに関してですが。

B君:多分、一般社会の人々は、そんなことを考えたこともないというのが普通だろうね。

A君:そうだと思うのですよ。だから、このポイントは極めて重要だと思いますね。なぜならば、一度、始まってしまうと、止めることができないから、温度を上昇させないことが極めて重要なのだ、という理解をもっとしっかりと共有しないと。

B君:これは、確かにその通り。

A君:加えて、我々はティッピング・エレメントと呼んでいる現象がありますが、これも重要です。もっとも、この言葉も分かりにくいので、変えたいぐらいですよ。

B君:それでは、名前を考えて提案しよう。普通の日本語だと、「ある現象にスイッチが入ってしまう」という表現がぴったりか。

A君:しかも、「そのスイッチ「オフにはできない」ということが加えられれば、大体OKでしょう。なぜか、と言えば大気中に一旦放出した二酸化炭素の半減期は、まあ、100年程度は考えなければならないので、一切の二酸化炭素の放出を止めても、「すぐにはオフにできない。スイッチが切れるまでに100年以上掛かる」でほぼ正確な表現ですね。

B君:それならティッピングエレメントとは、「一度ONになると切れないスイッチが入ってしまう現象」ぐらいで妥協するか。

A君:まあ、当面は、それで。

B君:まずは、ティッピング・エレメントが述べられているページは、これだ。そのままここで引用してしまおう。



図1 ティッピングエレメント「一度ONになると切れないスイッチが入ってしまう現象」
配布された資料4のp12

A君:今回のパリ協定の目標は2℃。努力目標が1.5℃としても、スイッチが入ってしまう可能性が高いものが、2つ。1つがグリーンランドの氷床の融解が開始。もう1つがサンゴ礁の白化などによる死滅。

B君:サンゴ礁の方は、確かに、死滅なのだけど、サンゴという生物がすべて死滅する訳ではない。温度変化の速度にもよるけれど、より北方に移動して生存し続けるという可能性も高い。そこで、リスクの高い本当の問題はグリーンランドの氷床の融解の影響で、すべてが融解すれば、海水面が7m上昇する。

A君:これは、いつもの情報ですが、バングラデシュのように低地が多い国では、わずか1.5mの海水面の上昇によって、国土が大きく失われて、そこに住む1700万人が環境難民になってしまう。

B君:このデータを引用している理由は、バングラデシュという国にとって、1.5mの海面上昇でも、全く許容範囲内ではなくて、もしも7m海面が上昇したら、それこそ、とんでもないことだ、という理由。

A君:東京だって、状況はそれほど違わないですよね。それをチェックしてみましょうか。一度もチェックしたことが無いですから。

B君:それには標高が分からないと議論できないのだが、最近、国土地理院の地図にアクセスするにはこれか。
http://maps.gsi.go.jp/
 この地図は、目的地点を左クリックするとその標高が分かる。例えば、羽田空港の滑走路の標高は、5mぐらいであるらしい。全く平坦ではないようだけれど。

A君:東京全体の標高については、色分けがされている地図がここにあります。
http://www.gsi.go.jp/kanto/kanto41001.html

B君:東京の高低差が見事に描かれている。これを併せて使うことが、便利かもしれない。

A君:この地図をじっくりみると、色々なことが分かります。例えば、昔、江戸城が作られたとき、そこは、海に突き出た高台だったことが良くわかりますね。

B君:東京に流れている川は、東から大河である江戸川。しかし、もっと大きな川である利根川との関係がかなり複雑。荒川と隅田川の関係も複雑。

A君:これらの川を除くと、東京のもっとも大きな川はなんと神田川で、あと、渋谷川、目黒川が川らしい川で、大田区の呑川になると、本当に可愛らしい川。

B君:大河である江戸川、荒川、隅田川は、流石に流域の標高が低いので、海面上昇が起きたら、その流域は極めて状況が厳しい

A君:残り3本の川では、目黒川がもっとも大きいのですが、中目黒の先に小さな堰があって、そこまで、海からボートで上がることができます。その堰の標高が大体10mですので、中目黒の駅は大丈夫ですし、堰より下流でも、東京共済病院の敷地は標高10m以上ですね。

B君:他のところをチェックしてみた結論だけど、もしも7m海面が上昇したら、東京のかなりの部分が海面下になる。丸の内のオフィス街も怪しい。大河に関係する区の状況は、さらに厳しい。江東区は、最近造成された埋立地が若干残るかもしれない程度。台東区・墨田区はほぼ海の下。足立区もかなり海の下。江戸川区は、ゼロメートル地帯として有名なのだけれど、残るのが、やはり最近の埋立地だけか。葛飾区もほぼ海の下。そして、荒川区も、北区も、東京に特有の標高の特徴を反映していて、東北新幹線の西と東で、15mぐらいの標高差がある。そのため、東北新幹線より東側は、海面下になるように思える。

A君:しかし、グリーンランドの氷が解けて、7mもの海面上昇になるには、数100〜1000年ぐらい掛かるとされているので、なんとも言えませんが、そのリスクを(可能性)×(被害の大きさ)で定義すれば、可能性は、まだまだ低いけれど、将来の起こりうる被害の大きさは実に莫大だという結論になりますね。

B君:まさにその通りで、そのために、やはり2℃は守らなければならない目標であることが分かる。短期的な経済的な理由で、これほどの面積を海の下にする訳には行かないだろう。

A君:パリ協定で1.5℃の重要性を主張したのは、主として、島嶼諸国でした。

B君:それも当然で、すでに移住を考えているツバルのような国もあるので。

A君:さて、そろそろ結論ですか。今回は、東京について、かなり詳しく検討しましたが、大阪や名古屋、さらに、博多や北九州、さらには新潟など日本海側についても、その地域で、同様に検討していただきたいと思いますね。例えば、ある企業活動を守るために、これらの地域の低い土地を海面下にしても、判断の正当性の主張が可能かどうか、といった検討結果を見せていただきたいと思います。

B君:700年後のことは分からないから、経済優先で行くしか無いという結論を出すことも、勿論、考えられないとも言えない。それは、その結論をどのような論理でサポートできるか、ということになるだろう。要するに、何が正義なのか、という問にしっかり答えることができれば、それはそれで意味があるということかもしれない。まあ、最後は、人間性の問題だということか。

C先生:そろそろ終わったかな。戻ってきたけど。

A君:丁度、終わったところです。

C先生:人々の価値観が多様であることは、認めざるをえない。しかし、自分の価値観を何を根拠にして、どのぐらい強く主張するか、そこに、その人の人間性というものが出る、といった結論になっただろう。

B君:なぜかバレていますが、実際のところ、自らの行動を正当化することは、どのような場合にも難しいことです。何かがダメになるから、それはできない、といって否定をしようとしても、非常に多くの場合に、なんらかのトレードオフがあって、あるいは、なんらかのリスクがあるところに集中してしまうという事態が想定されるのですよ。

A君:しかも、ティッピングエレメントの話にしても、実は、結構不確実性があって、どのぐらい不確実であるか、それは、細かいところまで分かっている訳ではないのです。

B君:不確実な中で、どのような結論を出すか、と言えば、そもそもリスクとは、不確実性を考慮することが必須とも言えるので、リスク論がやはり温暖化の議論の中心的手法になるべきか、と思う。

C先生:現時点では、まあ、そんなところで良いと思う。現時点では、ティッピングエレメントの不確実性が高いように思えるが、だからといってそれを無視することは誤りだろう。なんとか、次のIPCC報告書、多分AR6と呼ばれるのだと思うけど、そこで、ティッピングエレメントについて、もう少々確実な情報が出されることを期待したい。グリーンランドの氷床の融解による海面上昇が、あらゆる影響のなかでもっともリスクが大きいという結論は、多分、変わらないと思うのだけどね。