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  東京都製作の怪(?)文書、
  化学物質の子どもガイドライン(食事編)
 04.02.2005



 奇妙な文書が存在していることを、さる方からのメールで知った。東京都福祉保健局健康安全環境保健課が平成16年6月に製作したものである。タイトルは、「化学物質の子どもガイドライン」(食事編)というもので、PDFファイルは、次のURLから得ることができる。
 http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/chem/kids/index.htm
 このページを見ると、同様の文書として、鉛(塗料)、室内空気、殺虫剤といったものも用意されているようで、室内空気については、シックスクールの対応用に作られたようで、明確な目的がある。
 しかし、この食事編は、そもそも何のために作られたのか、全く意味不明・意図不明。こんな文書が税金で作られることにいささかの抵抗感あり。



C先生:全部で59ページというかなりの大部の文書だ。電話連絡先なども明示してあるので、直接の問い合わせも可能になっている。まあ、自信作だということなのだろう。

A君:第一部、第二部に分かれていまして、第一部が「化学物質の子どもガイドライン(食事編)」となっていて、この文書全体のタイトルと同じ。そして、第二部が「もっと詳しく知りたいかたへ 食事に関する化学物質データブック」。今回は、第二部を議論する暇がない。

B君:そのタイトル通りの文書が存在していれば、それはそれなりに有効ではないか。食事に関しては、現時点では、素材に含まれているメチル水銀には注意を払う必要があるが、ダイオキシンについては、それほどの注意を払う必要はない。ヒジキ中のヒ素なども、毎日毎日食べていると問題かもしれないが、子どもでそんなことはあり得ないだろう。容器からの化学物質の食品への移行も、このところの改善によって、ビスフェノールAなどに対して心配をするレベルではない。

A君:途上国などでは、飲料水中のヒ素が問題になっている。今の日本でヒ素というと、神栖町の訳の分からない有機ヒ素汚染があるけど、まあ、もっとも安全な飲料用の水である水道水を飲まない人が増えているので、逆に、ミネラルウォータ中のヒ素の含有量を気にしなければならないかもしれない。

B君:ヒ素も立派なミネラルの一種だろうから、当然だ。

A君:容器に関してですが、話題になった「不人気化学物質」はメーカーが嫌がって、すぐ代替物質に変えてしまう。むしろ、代替物質として何が使われているのか、その実体が不明なことがかえって気味が悪い。

C先生:B君はまだ報告書を見ていないようだが、なんとなんと、この報告書が取り扱っている物質は、ダイオキシン、ビスフェノールA、ノニルフェノール、以上3種のみなのだ。

A君:市民運動などによくあるパターンですが、話題の不人気物質だけを問題にして、それらの不人気物質の相対的なリスクの大きさなどには、一切、目をつぶる。

B君:それは驚きだ。なぜ、その3種の物質だけを選択したのか。人工的な操作によって食品に添加される化学物質だけを考えてみても、例えば、食品添加物なども数多く存在しているのだが、それらの問題は、全く取り扱わないということか。まあ、最近余り問題になるような物質が使われていないからだろうか。

A君:やはり、食品というものに対する根本的な理解の不足があるように思いますね。食品中の化学物質で、天然物は全く問題にされない。例えば、メチル水銀は天然物。ピスタチオナッツに含まれるカビ毒であるアフラトキシンも、誰も問題にしない。最近、ポテトチップスに含まれる天然物である、アクリルアミドは、週刊誌の種になったりしますが、だからといって、市民運動が取り上げる訳ではない。

B君:話がずれるが市民運動というものも各種ある。本当に、市民の健康を守る・環境を守るためにやっている運動は有意義だと思う。運動開始当初は、そのような純粋な動機だけで動いている。ところが、しばらくたつと、いくつかの理由で変貌が始まる。その最大のものは、組織の維持だ。そのような例が有機野菜や石鹸運動かもしれない。

C先生:大分前になるが、日弁連大会に招かれた話をHPに掲載したことがある。2003年11月のことだ。
 http://www.yasuienv.net/ChemNichiben.htm
 このときには、確信が持てなくて書かなかったのだが、その後、メディアというものがなぜ安全性を報道できないか、市民運動がなぜむしろ旗が下ろせないか、などを考えた結果、「弁護士にとっては、市民の健康を害するような問題全般に興味がある訳ではなくて、訴訟が起こせる問題だけに関心があるのではないか」、という仮説に到達したのだ。それ以後、仮説検証を行って来た結果として、どうやら、化学物質を攻撃する一つの要因として、「訴訟にできるか」という判断基準があることを確信した。したがって、天然物は除外される。もっともダイオキシンは天然物でもある。まあ、天然物でも規制があればまた別なのだが。

A君:ダイオキシンにはまあ一日許容摂取量4pg/kgという規制がありますね。ただ、アフラトキシンは規制がありますよね。確か。

B君:10ppbという規制値があると思う。しかし、穀物中心なのでは。香辛料はかなり汚染されているというが。

A君:ピスタチオナッツは? 

B君:規制値を超した例があると聞いている。詳しくは知らない。

A君:こんな例を発見。
ナッツ中のアフラトキシン調査 Aflatoxins in nuts survey (11 June 2004)
http://www.food.gov.uk/news/newsarchive/aflatoxinsurvey
FSA の調査ではナッツ及びナッツをベースにした製品の95%がアフラトキシンの規制値以下であったが、規制値を超えるものも見つかった。
 2003 年11 月から2004 年1 月にかけて197 検体について調査を行い、70%の検体からはアフラトキシンは検出されなかった。49 検体(25%)では規制値であるアフラトキシンB1については2 μg/kg、総アフラトキシンで4 μg/kg 以下のアフラトキシンが検出された。
 10 検体(5%)では規制値以上のアフラトキシンが検出されたため、FSA は販売されないよう措置をとった。今回の結果は2002 年の調査で13%が規制値を上回ったのに比較すると改善が見られる。
 規制値を上回った10 検体については、最高値はアフラトキシンB1 で672ppb、トータルで710ppb(ピスタチオ)だった。

B君:なんと、規制値の70倍か。

C先生:EUではミルクの規制値を考えているようだが。詳細不明。

A君:話を戻せば、市民運動にも何種類かあるが、化学物質に関しては、食品中の天然物による健康影響を真摯に考える団体は、存在しにくい。やはり、人工物以外は対象にならない。

B君:市民運動の都合は良く分かる。組織が大事なのは、市民運動だけではない。メディアだってそうだ。しかし、だからといって、東京都がそれと同じスタンスを取るというのは問題だ。

C先生:その報告書の非常に奇妙なところは、なぜ、これらの3種類の化学物質しか選択しなかったか、の理由が全く記述されていないことだ。

A君:本文の3ページに、「食事に由来するさまざまな化学物質のうち、ダイオキシン類対策特別措置法により規制の対象になっているダイオキシン類、また、環境省が作成した「SPEED’98」のリストの中から比較的多くの知見が得られており、東京都がこれまで調査を実施してきた、ビスフェノールAとノニルフェノールを対象としました」、とあるのですが、説明になっていません。はっきり言えば、それ以外調査するのが大変だからこの3種を選択しました、というのが本音なのでは。

B君:いやいや。東京都職員の誰かに相談に行ったら、この3物質を取り扱えと薦められたというのが実情なのではないか。

A君:。。。。。なるほど。

B君:ガイドライン作成の目的は、「できるだけ化学物質の影響を受けない子どもたちの食生活の実現を目指すことです。子どもたちへの食事の主な提供者であるご両親や施設の管理者の方々を含め広く都民の方に、乳幼児期における子どもの食生活の特徴、食事により取り込まれる化学物質の実態などの理解、さらにこれらのことを踏まえ日常生活の中でどのようなことに気をつけるべきかなど、できる限り身近な内容を中心に、このガイドラインでご紹介していきたいと思います」、ということで、極めてご立派。しかし、この目的を達成するための、最大の条件である物質の選択のところで、すでにこの文書の存在意義が失われている。

C先生:この3物質のみを選択したにもかかわらず、6ページには、こんな表現と表がある。
 「多くの化学物質の中には、これまでのさまざまな調査や実験などから、ダイオキシン類のように「健康に影響があると考えられている」、あるいは、「健康への影響を有する可能性があると考えられている」ものがあります。現在、食事との関係で注目されている化学物質について下表にまとめました」。要するに、市民団体が問題にしているものを取り扱う、というスタンスのように見受けられる。

表2−1

A君:ダイオキシン、ビスフェノールA、ノニルフェノール、PCB、水銀、有機スズ化合物か。この文書が作られたのは、平成16年6月。となると、「ノニルフェノールの魚類への環境ホルモン性があることが強く推察された」こと分かっていた。「ビスフェノールAの魚類への環境ホルモン性が弱いながらも認めらた」、ことは分かっていたかどうか、という時期でしょうか。

B君:この文書を作るのに、恐らく、1年以上は掛かっているのではないだろうか。となると、平成15年6月ぐらい着手。このころ、フタル酸エステルの環境ホルモン性は否定されたが報道されず、そして、ノニルフェノールとオクチルフェノールの環境ホルモン性が報道された。しかし、東京都には、フタル酸エステルの情報は入っていた。こんな状況ではなかったか。

A君:確かに、発表が6月というのは、予算年度を考えるとおかしい。本来、3月に発表する予定だったものが、環境省からの情報が出るのを事前に入手して、多少表現を変えた可能性が高いですね。

B君:この報告書を読んでの感想を述べたいのだが。
 色々と危険情報を提供しておきながら、9ページにあるように、
 ダイオキシンも、もっとも高い値を示した幼児食の場合でも、体重1kgあたり2.5pg−TEQ/kg/dayで、基準値の4pgを下回っている。
 ビスフェノールAについて、平成15年度では、「離乳食」と「大人食」について、検出されませんでした。
 ノニルフェノールについても、平成15年度の調査では、「離乳食」については検出されませんでした。(大人食については検出)。
 したがって、現時点の知見から見る限り、直ちに健康に重大な影響を与えるレベルとは考えられませんと結論しているのだ。

 このやり方が良いとは思えない。

A君:ヒトの体は、その精神状況によって大きく影響を受けます。母親が余り神経質になって、食事中のこれらの3物質ばかりを気にするのは、精神衛生上も良くない。むしろ、安心して良いですよ、ということを最初に書くべきでしょうね。

C先生:それがこれまたお役所仕事なんだろう。結論として「安心して良いですよ」、と書けないのだ。100%安全な訳ではないのに、何故、安心して良いと言えるのだ、と市民団体から抗議を受けたときに、それに対して回答をする方法を知らないものだから、文書の最初のところで、「安心して良い」と断定することはしないのだ。責任回避というお役所仕事の特徴。

A君:環境ホルモンの研究についても、安心料としては安いものだというメディアの評価が出れば、それはそれで役所側もなんとかなるのでしょうが、メディアは、それこそ100%安全というあり得ない条件を満足することを求める。となると、市民に安心を与えるということは、役所にもあり得ないという結論になります。

B君:そんな状況だな。
 さらに言えば、その次の10ページからの「日常生活で知っておきたいこと、心がけたいこと」が酷い。最悪だ
 市民の対応として、野菜からのダイオキシン摂取を減らすために、水洗いなどの下処理を十分に行いましょう、などと言っている。そして、なんと、ほうれん草を用いた実験などを行っている。1998年のダイオキシン騒ぎの影響から抜け出ていない。現状、食品からのダイオキシン摂取量で、野菜からの寄与などは考えなくて良い。まず、第一に与えるべき知識は、「ダイオキシンは魚から摂取している」という簡単な話。そこにほうれん草が出てくるようでは。

A君:魚の話もあるにはあって、鯖を焼くとダイオキシンの摂取量が7割に、煮ると8割5分に、つみれにして煮ると8割に減る、という珍データが出ていますね。

B君:好意的に考えれば、役所の苦し紛れの記述なのだろうが、まあ、野菜は、土ほこりを落とすためにどうせ洗う。それで十分です、と言う方が、市民に対する適切な情報提供だと思うが。
 魚だって、ダイオキシンはどうせ油に含まれている。となると、焼いて脂分が多少取れれば、含有量は減るのが当然。ところが、この文書では、「煮る、焼くといった日常的な調理行為が、化学物質の低減化という点から有効性が高いことを是非知っておいていただきたいと思います」、などという結論にしてしまう。

A君:フライドポテトだったら、高温にすることによって、アクリルアミドの生成量が増えるのでは無かったでしょうか。

B君:魚など、好きな方法で食べれば良い。テレビ情報によれば、魚油はそもそも健康に良いのでは、焼きすぎれば魚油中に含まれているDHAが減るという副作用もあるから、テレビ情報的にも良くない。

A君:同感。魚は、刺身だろうが、酢の物だろうが、好きな調理法でお召し上がり下さい、でよいのでは。

C先生:食事そのものの話以外にも、合成樹脂製食器の取り扱いの話が出てくる。結論は、ポリカーボネート製容器、主として、哺乳瓶だがを使用するときの主な注意ということで、洗うときには柔らかいスポンジで、すすぎが不十分だとアルカリ性洗浄剤が容器に付着していると、乾燥の条件によっては、ビスフェノールAの溶出が増えるとか、熱湯消毒は3分以内など、細かい話が出てくる。しかし、もはや、ポリカーボネート製の哺乳瓶など売って無いのではないか。家庭では、ポリカーボネート製の食器など、赤ちゃんにも使わないというのが本物志向だろう。

A君:そして、「最新情報を収集し、考えて見ましょう」、というのが、最終結論のようなのですが、最後の最後に、「東京都は、今後とも最新情報の提供、共有化を進めるとともに、子どもたちの食事に関係する都民や事業者の皆様と、情報交換および意見交換に努めていきます」、と結んでいます。まあ、最新の情報なら良いですが、このようなバイアスの掛かった情報なら、読まない方がましなのでは。

B君:市民としては、この問題に関して、どこの情報が信じられるのか、それが重要だが、現状を見ると、それよりも市民各自が「余り心配しない」という方針を持った方が、最終的に得られる幸福は大きいように思える。

C先生:環境コミュニケーションの難しさを感じさせる文書だった。まだまだお互いに勉強が必要のようだ。
 環境ホルモンについては、環境省の文書、「化学物質の内分泌かく乱作用に関する環境省の今後の対応方針について − ExTEND2005−」
http://www.env.go.jp/chemi/end/extend2005/index.html
というものを見れば、哺乳類に対する悪影響は今回の調査の範囲内で、優先度の高い物質と思われたものについても、何一つ見つかっていない。やはり、環境ホルモンは、本当に環境問題で、水棲生物を対象に考えれば良いということを示唆しているのではないだろうか。もちろん、だからといってヒトに対して100%安全というものではない。しかし、巨額の予算を投入する問題でもなさそうだ。着実な検証を続けることで十分だろう。この文書は、題名と中身の乖離がひどい状況だ。東京都も、この文書を作り直すなどのフォローが必要不可欠だろう。