________________


  有害物質管理のあり方 09.17.2006
     



 9月になって、なぜか似たような講演の依頼が多かった。それは、化学物質などの有害物質管理の有り方について、意見を述べよというものである。

 そのさきがけだったのが、本年の5月、米国セラミックス協会のガラス光材料部会で、鉛を中心とした有害物質管理の考え方について話をした。その内容は、本HPで、「RoHS規制と材料開発 05.14.2006」として公開している。

 9月11日には、JAMPという組織がスタートすることで、http://lcadb.jemai.or.jp/JAMP/JAMP.htm その基調講演をやらせたいただいた。

 そして、9月14日には、電機電子関係の5つの事業者団体の連合による「環境フォーラム」でも、同様の講演を学からは唯一の講演者ということでやらせていただいた。http://www.jesa.or.jp/kankyo/

 なお、本記事は、「環境フォーラム」で使ったPPTファイルをダウンロードしていただき、合わせてご覧いただければと思う次第である。http://www.yasuienv.net/PPT/0914ElecEnvForum.PPT

 ところで、本HPのアップが2週間ほど中断しそうである。理由は、9月21日から、インド東北部、北部のアッサム、シッキムを訪問することになったからである。通信状況にもよるが、現地からHPをアップすることは、どうも不可能に近いように思える。シッキムでは、メールも読めない可能性が高い。



C先生:有害物質対策がこのところホットな話題になっている。電機電子製品に関するEUの有害規制であるRoHSが今年の7月から施行され、次には、REACHなる化学物質管理の枠組みが来るからだ。
 一体、何を原理原則としてこのような有害物質対策を語るべきなのか。結論は簡単なのだが、それに対する合意がなぜか得られていない。

A君:まずは、結論から議論しますか。そして、なぜ合意が得られないか、そこの解明が一つ。加えて、目的は一つではあるが、対応方針としては必ずしも一つには限らないということでしょうか。

B君:結論は簡単などというが、それは、環境なるもの全体を眺めている種の人間には当然でもあり簡単なのだが、それ以外の人々がどう思うか、なんとも言えない。

C先生:まあ、結論から行ってみよう。有害物質管理に限らないが、環境問題における解決とは、「ヒトと生態系に対するリスクを削減すること」。これ以外には無いのだ。すなわち、命に対する危険性を減らすことなのだ。これが結論。

A君:となると、有害物のリスクを極限まで削減すれば良いということになりそうなのですが、環境問題というものは、実は、そう簡単な成り立ちでできている訳ではない。

B君:命というものは、色々な形で失われる。その可能性が様々な形で存在している。有害化学物質で失われる命ももちろんあるのだが、例えば、地球が温暖化し、極端な気候が増え、洪水が増えてそれで命も失われる貧困によって栄養が取れず、そのために失われる命は地球上では非常に多いと言わざるを得ない。すなわち、貧困という経済の状況も重要な要素だ。

A君:日本でも、中高年の自殺などを考えると経済的な状況で命は失われるが、これをどう考えるのか。これも環境リスクとして取り扱うのか。

B君:それは、ビジネスリスクとして考える方が良い。環境リスクとして考えるべき範囲は、最大限拡大しても、地球上の天然・自然資源が劣化あるいは不足し、食糧、水、空気、エネルギー、気温、その他の材料などの生存に必須な要素が劣化もしくは失われて、その結果、命が失われる危機に直面する場合に限定すべきだ。

A君:中高年の自殺は、確かに、自然資源が不足して起きる訳ではない。洪水などの災害についても、実際のところは境界線上の問題ですが、地球温暖化のような環境面からの影響があるので、環境リスクが関係する部分がある。

B君:中高年自殺が、地球温暖化の影響を受けているという場合がもしもあれば、環境リスクとしても考察をする必要がある。

A君:今のところ、地球温暖化防止に関わるビジネスが旨く行かないから、といった影響はあっても、実際に温度が上昇したから商売に悪影響がでて、というケースは、まだ極めて希でしょう。農業や水産業などではありえない話ではないし、今後増えるかもしれませんが。

C先生:常識的には、そんな区分をすべきだ。しかし、そのあたりの峻別がうまくできない企業人が居るという話を聞く。命に関連する環境リスクと、ビジネスが旨く行かなくなるというビジネスリスク、この混同をしているようでは、有害物質管理の話を始めることもできない

A君:なにか、図を描くべきなのでは。

B君:PPTファイルには入っていない。

C先生:そろそろ何か図示したいとは思っている。インドでは多少時間もあるだろうから、その間の宿題にしたい。

A君:ビジネスリスクが環境リスクの一部だと誤解されるようになった背景には、スライドの14枚目に出てくるソニーPSOne事件がある。これは、2001年12月に起きたのだが、塩ビケーブルにカドミウムがオランダの規制値を超えて含まれおり、そのために、130万台が出荷停止になった。

B君:オランダのカドミの規制値が当時、0.01%だった。これがRoHSになって、Eu全体として規制値になった。

C先生:話を戻して、環境リスクの削減こそ、環境問題の解だ。有害物管理についても同じ。もっとも、環境リスクの定義は、やはり基本的な合意が必要な事項だが。

A君:ところが、環境リスクには、やっかいな特性があって、見えないところで繋がっている

B君:ある汚染物質をそのまま環境中に放出すれば、環境は汚染される。しかし、それをしっかりと処理しようとすると、それなりの装置やエネルギーが必要になって、地球に別の負荷を掛ける。

A君:しかも、これは技術というものの宿命なのですが、処理を完璧にしようとすると、装置やエネルギー面での負荷はかなり大きくなる。

B君:ディーゼル車の排気ガスの処理などを考えてみればすぐに分かること。最新の規制を満たそうとすると、粒子状物質を排出しないために、フィルターが必要になる。フィルターで捕らえた微粒子は、燃やすなどの処理をしなければならない。

A君:環境リスクの削減も、経済発展の段階とかなり強い相関があって、発展開始の当初、直接的な危険性を削減するという狙いで対策が取られるが、まだ危険が残留している状態である。そして、国際機関などが決める水準は、実質的に安全と言える値。これが安全圏というものだと考えられる。一部の先進国では、それでは市民レベルの満足が得られないために、さらに過剰な対策を取る場合がある。このあたりは、スライド10番を参照していただきたい。

B君:安全圏とは、国際機関が決める数値ぐらいだと考えれば良い。

C先生:国際的に合意されるところは、大体そんなところ。有害物に対する規制には、EU流、米国流があって、EU流が現時点では、世界を席巻しそうな勢い。しかし、RoHS規制などは、先進国における過剰な対策だと言えそうに思える。国際的に合意されるようなレベルのものではない。

A君:米国流の有害物規制は、ビジネスを阻害しないように、余りにも厳しい規制は裁判で負ける場合がある。そのために、情報を完全に公開して、自主的な判断に任せるという形が取られる場合もある。

B君:日本でのPRTR制度に対応するTRIという制度の情報公開は、日本における情報公開の程度を遥かに超えたものになっている。地域住民は、HPなどから自宅の近くで、どのような工場がどのような物質を扱っていて、どのぐらいの放出が行われているか、簡単に知ることができる。

A君:日本でもその気になれば、基礎データは公開されているのですが、やはりかなり実力がないと、細かいデータを理解することが難しい。

C先生:EUのやり方は、予防原則を中心に据えている。これは、ECができたときの基本的な方針であった。

A君:予防原則に基づく規制は、全面的に禁止をして、例外を許容するというタイプになることが多い。RoHSが典型的な例。ところが、例外リストが長すぎて、実施不可能に近い状態になっている。一方、通常の規制は、禁止すべきリスクを作っていく。

B君:日本の環境規制の基本的な方針には、予防原則というものは無い。ただし、第三次環境基本計画(2006年)では、必要ならば予防的な対処をすることが決められている。

C先生:(全面禁止+例外規定)型と禁止リスト型の比較は、スライド24番あたりを見てもらいたい。例外規定が、環境リスクに基づいて決められていれば、理想的に行われた禁止リスト型の規制と同じことになる。

A君:RoHSの場合、例外規定は、代替可能性で記述されているので、実は怪しい

B君:一方、禁止リスト型を作るのは、結構大変で、完全なものにはなりにくい

C先生:ということで、両方とも怪しい部分が残る。しかし、語感の問題だと思われるが、(全面禁止+例外規定)型の方が安心感は得られやすいようだ。スライド25を参照。

A君:安心感の話を別にして、そもそもRoHSが環境リスクの削減になっているのか、という話は、鉛を例としてすでに述べているのですが、結論は、RoHSは単なる過剰対応であって、鉛のリスクは、すでに多くの国で削減済み。

B君:すなわち、RoHSは、国際的な基準になるようなものではない。

C先生:それではなぜEUがこんなものを出してきたのか、それが問題になる。それは、EUの成り立ち、さらには、厳しい環境対応を好む選挙民がいること、などの理由が考えられる。選挙民サービスとして厳しい環境対応を次々と出すことが求められている。

A君:日本でも、リスクゼロを目指したがっている人々が多いように思えますね。放置していると、日本でもリスクゼロが政治的サービスだとされて、その方向に流れる可能性も皆無ではない。

B君:やはり、リスクには安全圏があるという共通理解を醸成する必要がある。

C先生:日本は、国家的な目標として「安心と安全」というものを掲げている。安全はともかく、安心というものを目標にすること自体、奇妙なことではあるのだ。なぜならば、安心とは心理的なものであるために、それを得るには、「確信」するか、「悟るか」が必要。ところが、これを与えるのは不可能に近く、結局のところ、「なんとなく、そう思う」という第三の方法が唯一の方法になっているのが現状。

A君:ダイオキシンの話を最近聞かない。だから、まあ、安心できる状況になっているのだろう、という対応ですね。

B君:環境ホルモンもそんなもの。最近、新聞にでないから、大丈夫になったのだろう、と思う、というよりも、「忘れる」という方法だと言った方が良いぐらい。

C先生:いずれにしても、価値観を市民社会と常に共有しておかないと、将来妙なことになりかねない。せめて、リスクの定義、リスクの安全圏などについて理解を共有しておきたい。スライド35、36

A君:リスクの定義は、どうも専門家の考えるリスクと市民団体などが考えるリスクは違うようですね。

B君:BSEの本をだしている福岡伸一氏のリスク観がその代表で、リスクの中に、社会的不条理のような要素が入る。

A君:フグ毒による死は納得した死であるが、BSEによる死は、商業主義の結果である、という考え方。

C先生:ということで、

専門家の考えるリスク
できごとの危なさ × 起きる可能性 × 被害を蒙りやすさ

市民団体の考えるリスク
できごとの危なさ × 社会の不条理

といったことになる。スライド37

A君:今、台風13号が九州に上陸しそうな気配だが、台風について言えば、こんなことになる。スライド38

専門家型
台風の強さや大きさ × 進路が自分のところに来るか × 防災体制の不完全性

市民団体型
台風の強さや大きさ × 政府・自治体の対応の悪さ


B君:そして、有害化学物質についてであれば、

専門家型
化学物質の毒性 × どのぐらい摂取するか × 体質的な敏感性

市民団体型
化学物質の毒性 × 商業主義

C先生:このような違いがあって、環境リスクといっても、考え方が違ってしまっては、どうにもならない。とにかく、価値観を共有するという態度が必要不可欠。それには、市民はなぜリスクを理解できていないのか、を理解する必要があるだろう。

A君:そのスライドが多数あるのですが、説明は省略ですか。スライド43〜56

B君:そして結論になる。まず、規制はできるだけ少ない方が良い。勿論、環境リスクの削減ができていなければ問題外。

A君:環境リスクの削減には、その国の状況を十分に勘案する必要がある。特に、製品に関わる環境リスクの削減には、その製品のすべてのライフサイクルについて配慮がなされていなければならないのだが、日本のリサイクルの状況などは、世界でトップだと言える状況になっている。これを反映した形の対策になることが必要なのだ。

B君:となると、予防原則のEU流、情報開示の米国流、に加えて、ライフサイクル管理の日本流という新しい管理方式を確立することが必要になる。この日本流が確立すれば、実は、世界でもっとも先進的な管理方式だと言えるだろう。それは、ローカルなリスクのみならず、グローバルリスクも同時に削減することができているからだ。

C先生:そのあたりが日本の有害物管理の落としどころではないか、と考える。

A君:ほぼ結論がでたようなのですが、9月11日に行われた、JAMP関係も同じ結論で良いのですか。

C先生:基本的には変わらない。しかし、JAMPは、情報管理型の思想が中心にある。しかも、情報管理をもっとも下流の電機・電子機器あるいは輸送機器のメーカーにまで伝えるには、最上流の化学産業から中流域の部品や中間製品のメーカーへの情報の伝達だけではなく、中小企業の多い中流の産業から最下流への情報伝達をどのように行うか、という意識が中心になっている。

A君:中小企業を情報面でどのように鍛えるか、それは大変。

B君:しかも、情報を出すばかりでは、インセンティブが無い。

C先生:そのあたりが本当の意味での鍵になる。製品も情報も上流から下流に流れるだけでは、多分旨く行かない。情報は、上流から下流だけでなく、下流から上流へも流れないと難しい。ライフサイクル全域での情報の適切な共有ができるかどうか、それが上手に機能するかどうかを決める条件になるだろう。