| トランス型脂肪酸はどのぐらい問題か 09.11.2005 09.14追加 ![]() |
| このところ、食に関して、トランス脂肪酸(トランス型の脂肪酸)という言葉が何回かメディアをにぎわせた。 例えば、週刊朝日 2005年8/15号。曰く、アメリカでは、2004年1月から規制を始めている。 その理由は、トランス脂肪酸は動脈硬化の原因になり、心臓発作の増大を招くからである。 その後もニュースが続いた。「ニューヨーク市保健精神衛生局は市内の飲食店や食品店に情報を提供して、トランス脂肪酸を含む調理油の使用自粛を呼びかけた」。 さらに、米国神経学会で、トランス脂肪酸の取りすぎと「認知症」の発症確率の増加には関連あり、という論文も発表された。 このような状況の中で、米食品医薬品局(FDA)は2006年1月から、食品のトランス脂肪酸含有量の表示を義務づける。米国人は1日に平均5.8グラムのトランス脂肪酸を取っているとされているが、摂取の基準値は示さないものの、摂取量を減らそうとする消費者の商品選択を助ける方針。 そして、米国の市場で問題になっているのは、マーガリンである。マーガリンには、大量のトランス脂肪酸が含まれている。それは、水素化油脂が使われているから。ところが、日本には、マーガリン信仰がまだ存在している。マーガリンが駄目なら、バターなら良いのか。答えは、多分、両方だめ。米国の状況は分かったとしても、日本ではどう対応すべきか、こんな議論が必要のように思える。 C先生:食品の取り方に関する様々な考え方が表れては消え、また繰り返される。「マーガリンは、体に良い」。これは、日本では長い間そう信じられてきた。ところが、不飽和脂肪酸、特に、日本で「リノールサラダ油サフラワー」のコマーシャルで知られた、リノール酸は、その代謝物がアトピーの原因物質ではないか、と疑われるようになった。同時に、トランス型の脂肪酸を多く含むといわれる水素化した油脂を使うマーガリン・ショートニングなど、一部の国で使用されていないらしいということだった。 A君:今回の話題であるトランス型の不飽和脂肪酸ですが、トランスという言葉は、trans−「越えて、横切って、貫いて、通って」などの意味を持つ接頭語。その反対語は、シス。cis−「こちら側、ローマに近い側の」といった意味の接頭語。 B君:トランス型かシス型か、という話は、不飽和の脂肪酸分子についての話。もっとも普通の油脂は、3本の脂肪酸の鎖を、グリセリンがつないで一つの分子にしている。だから、トランス型の油脂という表現をするのは、難しい。3本の脂肪酸がすべてトランス型か、と言われると、それはなんとも言い難いので。 A君:言葉の問題なんですが、結構分かりにくいですね。そこを分かることが、まず、こんな話を本当に理解するためには必要なリテラシーなんでしょうか。 B君:そこで、トランス型、シス型のリテラシー。化学の場合には、c=cの二重結合を境目にして、同じ側にあるか、反対側にあるか、を意味する。何が同じ側か、といえば、それは水素だと考えれば良い。ということは、こんな絵で理解してもらうのが良い。
B君:ということで、ポテトチップスには、トランス型の脂肪酸が多いとされている。低温でゆっくり揚げて、そして、最後のカラっと揚げる調理温度は、180〜190℃程度ではないか、と思われる。 A君:だとすると、あらゆる揚げ物料理には、トランス型の脂肪酸が入っていることになる。 B君:揚げ物は、カロリーが高いだけでなくて、トランス型の脂肪酸が多いために、寿命を短くするのかな。欧米で、てんぷらの人気が落ちるのではないか。 C先生:そのあたりの議論、すなわち、トランス型の脂肪酸や油脂を摂取することによって、どのぐらい悪いのか。単に油脂を高温にするだけでも悪いのか、そうではなくて、水素化した油脂を使うのが悪いのか。こんなことは、実は良く分かっていないようだ。 A君:「水素化した油脂」の説明には、基礎知識が必要。油脂には色々と種類がある。昔から飽和脂肪酸という分子内に二重結合を含まない脂肪酸からなる油脂は、固形であることが多い。代表的な脂肪酸が、ステアリン酸であり、代表的な油脂が獣脂。 B君:不飽和脂肪酸というものは、脂肪酸のチェーンのなかに炭素の二重結合を含む。1分子に1個だけ二重結合を含む一価不飽和脂肪酸と、複数個の二重結合を含む多価不飽和脂肪酸がある。 A君:ここまでで3種類。ところが、多価不飽和脂肪酸には、n−3系とn−6系があって、それぞれ、機能が多少違う。 B君:これも本HPの前回の脂肪酸の記述の中に若干説明をしてある。 A君:やっと水素化とは何か、の説明ができる。植物系の油脂は、多くの場合液体。これは、脂の融点が低いということを意味し、分子的には、不飽和脂肪酸が多いことを意味する。しかし、バターのような固形物を植物性の油脂から作ることも可能。それは、不飽和脂肪酸を飽和脂肪酸に変えてやればよい。そうすると融点が上がって、固形物になる。 B君:不飽和とは、水素が不足して二重結合ができているのだから、水素を足してやればよい。水添という方法を使う。通常の反応条件は、ニッケルを触媒として使用し、130〜200℃、0.5〜4気圧というもの。この際、トランス型の脂肪酸に変わってしまう。最大45%だそうだ。 A君:ところが、白金を触媒とする方法が発明されて、これによれば、トランス型は5〜10%に抑えられるが、まだ一般的にはなっていない。 B君:これが水素添加油脂の話と新しい触媒の話。情報は、 A君:水素添加すると、固形物である獣脂と同じような飽和脂肪酸になってしまうことは事実。飽和脂肪酸は、健康に悪いと考えられている。あるいは、これまではそう考えられていた。 B君:「固形物である獣脂を取りすぎると、コレステロールが増えて、それが心臓血管などに沈着して、そして動脈硬化になり狭心症や心筋梗塞になりやすくなる」。「ところが、植物油を取れば、油脂が液体なので、固まり難い。しかも、血管に溜まったコレステロールを溶かしてくれる。だから植物油は健康に良い」、これが旧来の単純な考え方だった。 A君:だから、「植物油を原料としているマーガリンの方が、動物性の油脂が原料であるバターよりも健康に良い」、と長い間信じられてきた。水素添加してしまえば、もとは植物油だとはいっても、動物性の油脂と分子構造が同じになってしまうので、余り根拠のある話ではなかった。最近のHPをみていたら、「トランス脂肪酸を含むマーガリンは、食べるプラスチックだ」、という表現があって、一般人がメディア的表現をするようになったものだ、と感心してしまった。実体は、全く違うのに。やはり人工物は危険、天然物は安全という間違った発想の根は深い。 B君:ところが、どうやら、食事に含まれている成分と血管中のコレステロールの関係は、そんなに単純ではないことが分かってきた。もともと、食品というものは、腸管で吸収されなければならない。だから、食物中の細かい分子構造によって、体が再合成する物質が決まってしまう訳でもない。勿論、脂肪を余計に食べれば、体がコレステロールを作るとき、原料は豊富ということにはなるが、そもそもコレステロールは油脂とイコールではない。 A君:コレステロールとは何か、これももっと説明しないとならないのでしょうかね。 B君:NHKなどの「ためしてガッテン」でもやっているから良いのでは。 A君:悪玉コレステロールという名前ですが、肝臓から細胞に必要な成分であるコレステロールを血管を通して運ぶときにこのたんぱく質などを含む複合体の一種類の名称に過ぎない。だから、生体にとって必須の成分。これがゼロだったら、死んでます。善玉だけがあれば良いというものではない。善玉コレステロールとは、細胞で余ったコレステロールをこの形にして肝臓に戻す役割。こちらだけあっても駄目。 B君:最近の考え方では、食事からコレステロールを余り取らなくても、悪玉コレステロールは肝臓で作られるので、かならずしも悪玉コレステロールの量が下がる訳ではない。それには、細胞内へのコレステロールや脂質を取り入れるメカニズムが関係している。すなわち、油脂分を多く食べ過ぎると、そのコントロールメカニズムがくるって、悪玉コレステロールが増える。 A君:脂肪の摂取の絶対量が多すぎることが、細胞が自律的に制御している機構を邪魔してしまう。だから、もともとどのぐらい食べるかという絶対量が重要。目やすとしては、全摂取カロリーの1/4以下程度を脂肪分から取ること。ただ、脂肪の種類にも多少よるようで、魚の脂は、制御機構を正常に戻す作用があるようです。 B君:ということは、飽和脂肪酸だと、細胞の制御機能が狂いやすいということなのだろうか。脂肪酸だけでなく、糖のコントロールも同様に重要だろう。 C先生:いままでの話をまとめると、食事でコレステロールを制限するよりも、全脂肪摂取量とカロリー制限を行うことが重要だということ。悪玉コレステロールが多いからといって、いきなり血管に沈着するというものでもない。 A君:血管に沈着するかどうか、という話は、どうやら別のようです。血管に炎症や老化などで血管の内壁に傷ができてしまうと、コレステロールがそこに張り付いて修復をする。一旦、コレステロールが張り付くと、次々と張り付くことになる。したがって、血管が狭くなる。だから、血管の内壁に傷ができるかどうかが問題。 B君:やっとのことで、トランス型脂肪酸がなぜ悪いかという説明ができるところになった。 A君:一つは、トランス型の脂肪酸が、細胞の自律的制御機能を狂わせるから、という理由だろうと思うのですが、かなり探したのですが、そんな説は見つからず。 B君:「トランス型の不飽和脂肪酸は、飽和脂肪酸と同様」に悪いという記述があるのが、それではないか、という推測はできるが。 A君:まあそういうことで、われわれのような医者でも生理学者でもない人間にとっては、どうもこの手の話には限界がある。 B君:いや、まだ十分には分かっていないのかもしれないし、単なる伝承かもしれない。まあ、こう書いておけば、専門家が教えてくれるかもしれない。 A君:ということで、トランス型の脂肪酸が悪いというはっきりとしたメカニズムを発表しているのは、
A君:長かった。それにしても、表現が難しい。しかし、これで大体の話は終わり。まあ、トランス型の脂肪酸の大量摂取は良くないようだ。しかし、余りリスクが高いとは思えないですが。 B君:しかし、それなら、どうすべきなのだ。これが読めない。 A君:日本人の場合、心臓系の疾患が米国に比べて低いのは、やはり脂肪分の摂取量の絶対値が少ないからではないですか。 B君:脂肪分は、人体にとって必須成分。まず、皮下脂肪がゼロでは、健康体とは言えない。細胞膜を作るにも脂質は必須。しかし、それほど大量に必要という訳ではない。それが証拠には、カロリーを炭水化物の形だけで摂取しても、最終的には、ヒトは皮下脂肪の形でエネルギーを溜め込む。 A君:やはり、肥満が最大の問題。運動不足による肥満が最悪なのですが、実際のところ、運動をいくらしても、肥満の解消にはならない。やはりカロリー制限しかない。 B君:それに、もう一つは、血管の内壁に傷が付くかどうかか。これは、老化も原因だからどうしようもない部分はあるが、となるとやはり最大の問題は、喫煙か。 C先生:トランス型脂肪酸は、マーガリンだけではなくて、パン食をすればショートニングが使われているし、それに、てんぷらやとんかつを食べれば、トランス型脂肪酸を摂取していることになるだろう。なにもポテトチップスだけではないのだ。 A君:その辺が、情報伝達が妙なところで、この手の研究がすべて欧米で行われていて、欧米の食生活を元に、なんらかの予防法も語られているようです。しかも、避けるべき食品名が示される。 B君:しかも、牛肉とパンを主食としている米国の食生活が基本になった議論なんだ。これは無意味だ。米国から、銃と牛肉を取り上げれば、彼らの生活はもっと幸せになる。 A君:食べ物は、毎回毎回述べているように、バランス。というよりも、「何にも拘らない。食べ過ぎない」のが秘訣。 C先生:いずれにしても、トランス脂肪酸が引き起こすリスクの大きさは、それほどという訳でも無さそうだから、マーガリンをやめてバターにすれば、解決するというものでもなくて、やはり、脂肪によるカロリー摂取量を、全体の20〜25%にするといった対処法がベストのようだ。バターは、食べ過ぎれば、恐らく細胞の自律的な制御機構に悪影響を与えるのだろう。さらに言えば、脂肪酸についても、動物性、植物性、があり、動物性についても、獣脂と魚脂がある。植物性についても、なたね油、オリーブオイル、サフラワー油など、分子構造の異なる様々な種類がある。これらを満遍なく摂るののがコツなのだろう。 A君:リノールサラダ油だけを摂る、あるいは、最近話題のエコナだけを摂るのではなくて、多種類の摂取を心がけることが重要。 C先生:それにしても、色々と食の情報が出てくるが、伝統的な日本食、コメ・大豆主体、それに多少の魚・野菜という組み合わせがやはり優れた健康食であることは永遠の真実のようだ。これを基本に、卵、肉、牛乳、植物油などを多少加えるという方向が「日本の歴史が証明し、欧米の知恵も加味した健康食」になるのだろう。それ以上に、もっとも重要なことは、禁煙と肥満対策だが。そして、さらに重要なことは、「完璧に安全な食事などは無い」、「何をどう食べても、いずれは死ぬ」、ということを忘れては駄目だ。 追加:食品などの国立研究所に在籍されているU丘さんからのご注意、「天然物からの摂取量が、人工物(マーガリン・ショートニング)からの摂取量よりも多いことを述べるべきだ」、との助言にしたがって、再検討。 *日本の食品に含まれる総脂肪酸中のトランス型脂肪酸の平均割合 これに、食品成分表から脂肪の量を調べて表にすると、次のようになる。 食品安全委員会が出している説明によれば、http://www.fsc.go.jp/sonota/54kai-factsheets-trans.pdf 日本人は、平均的に毎日1.56g摂取しているとのこと。これは、摂取カロリーの0.7%に相当する。 |
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