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   SDGsをもう一度根本から考える 07.01.2018
        この枠組の本当の狙いは何か?

               




 このところ、顕著になっている一つの傾向として、先端的な企業がSDGsに真剣に取り組もうとしていることがある。それには、色々な理由があるものと思われるが、その一つとして、2030年がゴールであるこの枠組が、極めて具体的・現実的であることが挙げられる。パリ協定のように、2050年がどうのこうのとか、今世紀の後半のどこかでNet Zero Emissionなど、訳の分からないことが多すぎる枠組みと違って、SDGsの場合には、対応することが容易である(ように見える)ことが挙げられる。

 しかし、実は、日本のSDGsでは、根本的なことが置き去りにされている。それは何か、と言えば、日本という国ではしばしば起きることであるが、その枠組ができた歴史的経緯とか、その枠組に組み込まれている「精神(こころ)は何か」といったことへの考察が不足していることである。

 表面的な対応は非常に容易であることは事実なので、これまで容認してきた、あるいは、その容易さを活用する積りではあったのだが、この枠組の底に存在しているし、ちょっと勉強すれば、必ず疑問になるはずのことが、無視されてしまう危険性が顕著になって来たので、今回の記事を書いて見ることにした。

 日本の場合に無視されているものとは何か。これが本日の主題。それは、このような国際的な枠組みに対応するときに、必ずやらなければならない作業とそれによって深まる理解なのだけれど、残念ながら、日本国内の常識にはなっていないことである。


C先生:パリ協定は、2050年といったかなり長期的な未来について述べているので、そもそも、未来が見えないのが普通の人間社会であることを考えると、その本質的な理解が進まないことは、容易に想像することができる。それに対して、このところSDGsに取り組む企業が増えてきていて望ましい状況ではあるのだが、どうみても、この枠組のもっとも基本的なことが、無視されているような気がしてきたのだ。

A君:パリ協定の場合、「気候正義」という言葉が、この枠組の根幹に存在していて、なぜ、このような言葉が使われたのか、その理由を根本に戻って理解しないと、その協定の怖さが分からない、と主張してきました。

B君:他の人々の説明には、なぜか含まれない場合が多いので、余り一般的にはならなかったかもしれないけれど、実は、気候正義ということがパリ協定の文書のどこに書かれているのか、といったことをチェックして、国際的な合意文書というものの一般的な形式まで分かれば、実は、簡単に理解できる。

A君:ところが、やはり、国連をはじめとする合意文書の書き方は、非常に特殊にも見えてしまうと、抵抗感があるでしょうね。実は、少なくとも国連の文書は、世界のすべての国が理解できるレベルの表現にしなければならないので、例えば、英国国内だけの文書であれば、いくら難しくてもほとんど人々が分かるので問題は無いのですが、世界にすべての国となると、そもそも言語が違う。現時点で国連の公式言語は、英語、フランス語、スペイン語、中国語、ロシア語、アラビア語で、恐らく、その言葉を話す人口の多さで決められているものと思われるのです。

B君:実は、そうではないのだ。母国語として使われている言語だけれど、こんなもののようだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ネイティブスピーカ
のデータを若干修正した概算値。★は国連公用語
1)中国語 13.7億人   ★
2)英語 5.3億人 ★
3)ヒンディー語 4.9億人
4)スペイン語 4.2億人 ★
5)アラビア語 2.3億人 ★
6)ベンガル語 2.2億人
7)ポルトガル語 2.1億人
8)ロシア語 1.8億人  ★
9)日本語 1.3億人
9)ドイツ語 1.3億人
11)フランス語 1.2億人 ★

A君:なるほど。国連だから第二次世界大戦の影響が大きいのも当然。連合国の言語に南米などで多くの人々が話すスペイン語とポルトガル語、それにアラビア語を加えた、という発想法ですか。

C先生:国連英語の話から脱線した。国際合意の文章は、慣れるまでは違和感満載だけれど、使われている単語は簡単なものが多いので、高校生の英語の範囲で、ほとんど読めるのでは。勿論、特殊な専門用語は除くのだけれど。

A君:大学受験に必要な単語数が5000〜6000語ぐらいですからね。センター試験レベルが5000語だと言われてきたのですが、これは、ほぼ教科書に出てくる単語のようですね。私立難関大学の入試だと、6000〜7000語らしいですが。

B君:国連文書は、特殊用語500語を加えて、まあ、7500語かな。

C先生:という訳で、大学生レベルであれば、国連文書は読み下せる。それなら、全部読まなければならないのか。

A君:いやいや。絶対に読まなければならないことは限られていて、SDGsの場合であれば、17のGoalsと169のTargetsについては、日本語で読めば、それで十分ですね。疑問に思う点があれば、英語に戻って検討することは必要かもしれませんが。

B君:国連などの国際交渉文書で本当に読まなければならないのは、実は、Preamble。日本語で言えば、序文。あるいは、まえがき。日本語の文書の場合だと、序文など読まないで本文を読めば良いように書かれている場合が大部分なのだけれど、国際的文書の場合には、Preambleに、その文書の根本的な原理原則のようなものが書かれていて、これを理解しないで本文を読んでも、その「真のココロ」は、理解できないという構造になっている。

A君:SDGsについて言えば、そのPreambleは極めて短くて、224語しかないのです。

B君:そして、224語のどの単語がもっとも難しいのかな、と検討してみたら、なんと、Preambleという言葉が、植田一三氏著の旧版のスーパーボキャビルに出てこない。やはり、特殊単語のようだ。

A君:成る程。Preambleという言葉が分からないから、難しいと思う。これですか。

B君:いよいよ本題に行くぞ。久しぶりに、SDGsのPreambleを見たら、そのタイトルが、"Trasforming our world:the 2030 Agenda for Sustainable Development" であることを、今更ながら発見し、成る程と感心した。

A君:本当だ。日本政府のSDGsの序文の訳はどうなっているのでしょう。探します。どうやら、最近、これまでとは別の仮訳が公式文書になったみたいですね。いつからなのでしょうか。

B君:いやいやSDGsについては、首相官邸にある持続可能な開発目標(SDGs)推進本部がリーダーシップを取っているようなのだけれど、そのWebサイトでは、
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sdgs/
相変わらず『持続可能な開発目標(SDGs)』なる記述ばかりで、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」なる表現はない。

C先生:この混乱を招いたのは、多分、こんな状況があったからだ。2015年9月25日〜27日にニューヨーク国連本部において、「国連持続可能な開発サミット」が行われた。そこで、採択されたのが、「Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development」という文書であった。
http://www.un.org/ga/search/view_doc.asp?symbol=A/70/L.1
 ところが、日本語になったのは、IGESが仮訳としてい公表した文書が最初であった。この文書の14ページ目から、四角の枠で囲まれて、Sustainable Development Goals(Goal 1〜17)が出てくる。これに続いて、続き番号にはなっていないのだけれど、それぞれのゴール(goal)に付属するターゲット(target)が合計169続く。この文書を日本語に訳したIGESは、これらのGoalとTargetの中身の違いには気付いたはずなのに、「日本語ならGoalもTargetも目標だよね!!」というノリで、「持続可能な開発目標」としてしまったのかな。

A君:ちょっと、チェックしてみました。実は、この開発サミットの合意文書は、仮訳が外務省のサイトにあるのだけれど、そもそもいつからあるのか分からない。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf
 となると、こう理解することにすべきでは。
(1)「持続可能な開発のための2030アジェンダ」とは、2015年の国連での合意文書全体を示す言葉である。
(2)「持続可能な開発目標」は、上記文書のうち、p14から四角で囲まれた目標1〜17を示す言葉である。この訳は、外務省のこのサイトにも書かれているのだけれど、「IGESの作成による仮訳をベースに編集」とされている。
(3)訳語の欠陥については、SDGsを「持続可能な開発目標」と誤訳されてしまったが、もはや政府内部でも定着してしまったので、そのまま行くことにした。
(4)国連の原文では、”169 Targets”と書かれているものが本当の目標であるのだが、それはターゲットと表現することにした。


B君:まあ、そんなところだ。これもIGESのサイトで見つけたのだけれど、
https://www.iges.or.jp/jp/sdgs/publication.html
いつ書かれたのか不明ながら、こんな記述がある。『本文書では、「SDGs」が「持続可能な開発目標」と一般に訳されていることを踏まえ、「Goal」を「目標」、「Target」を「ターゲット」と訳しています』。当然、ゴールを目標と訳すことは誤訳なのだけれど。

A君:これは、最初にIGESの仮訳が出たときには、気づきませんでしたね。追加されたのだろうか。

C先生:それ以外の重要な話がある。表面的なPreambleの他にも、一つ重要なことがあって、実は、それは、SDGsの本質を理解するためには、その前の仕組みであった、MDGs(Millenium Development Goals)から理解すべきだということだ。

A君:MDGsは、その名前のように、2000年の9月6日から8日に、国連本部で行われたMillennium Summitで合意されました。2015年をゴールとするもので、様々な記述があるものの、そのもっとも重要なテーマが「貧困の絶滅」

B君:当初、全般的に改善が遅れたために、この目標の達成は無理だと言われていた。しかし、中国とインドを中心とした経済発展が起きて、最終的にはなんとか、形がついた。

A君:しかし、アフリカの多くの国は取り残された。そこで、SDGsでは、次の文章がもっとも重要だとされます。"We pledge that no one will be left behind."=「誰一人取り残さない」

B君:問題はここからで、この文章を英単語にするとき、inclusiveという単語になってしまう。それを日本語に訳すとき、「包括的」あるいは「包摂的」と訳してしまう。そのまま「誰一人取り残さない」を繰り返せば良いのだけれど、原文に忠実に思う訳者の心が、訳の分からない文書を頻発してしまう。そもそも、日本語にはそのような欠陥があることを認識して、無理に形式とか格式を守ろうとするから、そんなことになる。もともと、そんなに難しい文書ではないのだから、格式に意味はない。

C先生:大体の事情の記述はできたと思う。繰り返しになるけれど、SDGsについては、最初の取り組み方は、確かに17のGoalsと169のTargetsについて、自社の業務と関係が深いことをリストアップし、そして、それに取り組み、2030年までにある程度の進化を示せば良い。この進化という意味は、SすなわちSustainabilityの面での変化に貢献できるという意味だ。しかし、Preambleから読んだ人には、それでは何か足らないという思いが湧いてくるはずなのだ。それは何か、といえば、SDGsはその根底には貧困の克服という、人類にとって「ほぼ永遠の課題」を抱えていることが、序文には書かれているからだ。そして、SDGsに本気で取り組んだ企業は、その永遠の課題を意識して、その解に少しでも貢献しようという気持ちが湧いてくるはずだ。
 最近、日本の企業経営者の給料が非常に高くなった。6月30日付の日経によれば、そのトップは、ソニーの平井一夫氏で、年収が27億円。まあ日本もアメリカ的な国になりつつある。そのアメリカは、トランプが支配している限り、SDGsに対して、それほど重要視をする訳はない。なんといっても「アメリカFirst」が公約の大統領なのだから。
 日本でも、このところ、貧困家庭が増えている。この問題に対して、平井氏などの日本人高額所得者は、どのように思うのか。それも、国連文書の題名が「Tranforming our World」で、これを実現することが、実は、SDGsの最終ゴールであること十分に考えて、ソニーという会社がどのぐらい本気でSDGsに取り組んだのか、というようなことを問われたときに、どのように答えるのだろうか。
 すなわち、SDGsに取り組んでいます、という企業があったら、最初の問は、何に取り組んでいますか?であるべきだし、それで良い。しかし、それに何年か取り組んだら、特に、2025年を過ぎたころには、「Transforming our World」を実現するために、「これまで貴社の社長がどのような問題意識を持っていたのか、これを述べて欲しい」、などという株主がでるかもしれない。いやいや、世界の金融界がそのようなことを言い出す可能性が非常に高いのだ。日本の経営者は、今から、その覚悟で準備を進めておいてもらいたい。
 もっともアメリカは、いつも述べているように、東アメリカ国、西アメリカ国、中部(シカゴ)アメリカ国の企業は、国際的な対応を迫られることを認識しているが、それ以外の現在のトランプ王国の企業は、恐らく、全くダメだろう。そして、日本では、となると、現政権であれば、答えが出せるとは思えないけれど、次の政権は、このような形で問われたとき、なんと答えるのだろうか。「日本は、このように世界・社会を変えようと思ってきたのだ」、と誰が堂々と述べるのだろうか。これが、大としては国=総理大臣に、中としては大企業社長と県知事クラスに、そして、小は中企業社長と市町村の長に、このような問に答える義務がでてくるのだ。それがSDGsの本質であって、具体的な対応を迫られるのは2025年頃だろう。