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  環境問題のウソと正解の距離 10.14.2007
     



 最近、「環境問題のウソ」に関わる本が売れているようで、とうとう「その2」まで出版されたらしい。

 いくつかの主張をしている本であるが、「プラスチックのリサイクルは環境破壊だからリサイクルをするな」が主張のひとつである。すなわち、プラスチックのリサイクルが良いという主張は、ウソだという。

 本日は、リサイクル問題、特に、プラスチックのリサイクル問題を取り上げて、「環境問題におけるウソ」とは何かを議論してみたい。ウソと正解とはどのぐらい違うのか。

C先生:実は、この本を買っていない。読んでもいないのだ。むしろ買うこと、読むことを拒否してきた。なぜならば、「読む価値の無い本は読むだけ無駄だから」。大体の内容は、過去の本の主張から分かっているし、ホームページなどから、最近の主張も大体分かっていて、この著者が、読者の知力・判断力を馬鹿にした確信犯であることは確認済みである。

A君:今回は、自分もその本を読んでいないので、一般論ということで。

B君:特に、環境問題について、どのようなアプローチをすべきか、という一般的な議論で十分な反論になるのでは。

C先生:アマゾンなどの読者の反応を見ていると、この著者の術中に見事にはまっていることが分かる。この著者の論理は、ある一つの評価軸のみを強調して、ある現象なり政策をその軸のみから×であることを主張する。それと同時に、公務員や公的機関は利権をばら撒いている、という主張をする。

A君:最近の傾向として、テレビ的本が売れるということがありますね。テレビというものは、もともと複雑な結論を導き出すことは難しい。単純な○×的な結論を導くのがやっと単行本は、本来、複雑なロジックをきちんと説明して、なんとも言いがたいモノゴトの本質を詳細に解析するのが役割。ところが、最近、そのような本の論理を理解できないレベルの読者が増えてしまった。この著者の本は、極めてテレビ的で、読者が分かる範囲内で論理を組み立て、加えて最近流行の感性に訴える。

B君:テレビはますます瞬間芸。タレントの馬鹿さ加減などを見ていても面白くもなんとも無いのだが、それを面白いと思う視聴者が多いので、それを対象とした番組を作る。それが当然と思う読者が、本を選ぶとしたら、単純な二元論に基づくもの以外、受け入れないだろう。

C先生:この作者は、もともと読者の感性をくすぐるのも旨い。テレビ、新聞、週刊誌の最大のターゲットが、国、自治体、公務員。抵抗してこないし、抗議が来ることもない。本来、政治家も叩きたいのだが、下手にいじるとものすごい反撃がくるものだから、メディアは避ける傾向が強くなる。政治家に関しては、一旦、叩いても安全な状況になって、すべてのメディアが叩き出す。この作者は、このようなメディアの活動によって作られた「反国家、反自治体、反公務員」への反感をうまく活用する。

A君:どうも、最近では、地球温暖化のような問題にまで、話題を広げたようですね。

B君:ダイオキシンのような問題も対象にしている。これも専門からは程遠い。

A君:そしてもっとも専門に近いのがリサイクルだとしている。

B君:地球温暖化問題のような物理現象に近い環境問題と、リサイクルのように、何が目的か、という要素が非常に大きな社会的な環境問題とでは、議論のやり方も違う。

C先生:まあ、そういうことだ。比較的純粋な物理的現象の場合ですら、○×で議論をすることはかなり難しいのが環境問題の特徴。なぜならば、未知の部分をどんな問題でも含んでいるからだ。

A君:複雑な地球が相手。生物だって良く分からない。ダイオキシン問題にしても、これを専門とする研究者にとっては、未知だから研究したい。一方、外部から見ている人間にとっては、だからといって、ダイオキシンを猛毒だと宣伝することで社会的関心を維持しようとするのは、いかがなものか。

B君:先日の新聞発表によれば、環境省は、子どもに対するダイオキシンを含む化学物質の影響評価をやるとのこと。しかし、いまさらやって何が分かる、と言いたい。どうせダイオキシンをやるのなら、カネミ油症のときになんでもっとしっかりやらなかったのか。1970年ごろの母乳の方が、今の母乳よりも2倍以上ダイオキシンを含んでいることが分かった瞬間に、そのころ生まれた子ども達への影響を調べなかったのか。能勢町の焼却炉解体で、かなり高濃度のダイオキシンに曝露された作業員のフォローをもっと科学的な立場から公表すべきだ。

C先生:ダイオキシンも、まだまだ知識としては不十分なところはあるが、とにかく、史上最強・最凶の毒物としてのダイオキシンが、未だにそうなのかどうか。これを一旦総括した上で、未知の部分は何かを議論するのであれば良いのだが。

A君:大体、環境問題というものは、そんなに単純ではないですね。評価軸がどうしても複数になる。

B君:単に複数になるだけではなくて、極端な2つの方法は正解ではなくて、その中間に最適解が存在することが多い。

C先生:比較的物理現象に近く、人的な要素を余り含まない環境問題であっても、地球の機構とか、人体のメカニズムとか、あるいは、未来に関わる問題とか、分からない要素が多いものだから、ある問いに対して、簡単にyesとnoで答えることは難しい。
 (1)科学的な真実と言える、(2)かなり真実に近い推定と思われる、(3)かなり疑わしい推定である、(4)絶対的な間違い、といった4段階ぐらいで評価することが必要だ。

A君:さて、本日は、リサイクル問題を取り扱うということですが、そうなると、かなり社会的な問題であり、かつ何を目的としてやっているのか、という人的な要素が非常に大きい。

B君:リサイクルについて言えば、環境負荷を直接的に低減するためにやっていると思われがち。しかし、実は、間接的な効果や、付随的な効果をねらって、最終的に環境負荷を下げると主張いる場合が多い。

C先生:リサイクルといった政策に関わる話になると、ますます評価軸が増えるということを意味する。だから、全面的に賛成、全面的に反対はまず無くて、(1)ほぼ賛成、(2)まあ許容できる、(3)賛同するのは難しい、(4)改善が必要、といった程度の対応になることが普通だろう。これを○と×で二元論的に評価しようというのが、この本の著者のやり方。

A君:リサイクル問題では、もっともホットな問題である、その他プラをどうリサイクルするのか、という問題を取り扱うことになるでしょうね。

B君:その他プラは、東京都の23区にとってかなり大きな問題。将来を見据えて、対応を取る必要がある。

C先生:その際、いくつかの軸があるだろう。まず、さきほどすでに指摘された直接的な環境負荷の低減という軸がある。(軸1)LCA的な観点ということか。それ以外にも、いくつもある。(軸2)容器包装リサイクル法という枠組みの中でのリサイクルなので、このリサイクル法の目的を考えた場合に、どうすべきか。さらに、(軸3)市民レベルのメンタリティーをどのようなところに誘導すべきか。最低でも、この3軸は必要だ。

A君:その著者が使う唯一の軸である費用というものはどうするのでしょう。

B君:費用というものは、その効果との対応でもって初めて議論が可能になる。費用をかけても、様々な効果があれば、それはそれなりに、正当化される。

C先生:その著者の論点は、昔からそんなものだったのだが、「新たに作れば10円、リサイクルすれば30円。だから、リサイクルする方が環境負荷が高い」と軸は費用だけ。費用と環境負荷とは、比例する場合もあるが、比例しない場合もある。リサイクルのように、労働集約性が高い事例では、比例しないのが普通。

A君:人件費は環境負荷と比例しない、という議論ですよね。昔からやっている。

B君:しかし、著者は、最近は人件費は取り除くと言い出したようだ。

C先生:そのあたりの話になると、データの妥当性そのものが問題になる。この著者は、自分でデータを作るのだが、PETボトルリサイクル推進協議会から、「協議会の名前をかたる捏造データだ」との非難を受けている。この事実から考えて、この著者の場合、データの妥当性に関して、相当の注意を要する。
http://www.petbottle-rec.gr.jp/whats/index.htmlから、2007年6月28日の記事を参照のこと。

A君:リサイクル問題は、特に、LCA関係については、データが勝負のところがある。そのデータが怪しいということは、なかなか読者には分からない。捏造と言われて潰れたテレビ番組もあるが。

B君:何人かの目を経ていないデータは、やはり納得できない。特に、捏造だとの指摘を受けているとすると、それは相当なものだ。それでも支持をする読者がいるのか

C先生:さて、そろそろ本題に行こう。まずは、その他プラへの対応だが、すでに、本HPでも記述したように、東京都の23区のその他プラは、バラバラの対応になりそうで困ったものだ。
http://www.yasuienv.net/PlaCrisisTokyo.htm

A君:その他プラをどのようにリサイクルをすべきか、あるいは、リサイクルなどをしないで、燃やすべきか。これに関しては、すでに議論に出ているように、
(軸1)LCA的軸
(軸2)法制度=容器包装リサイクル法
(軸3)市民のメンタリティー

といった軸が必要。費用の絶対値を基本にした議論は、余り効果が無い。むしろ、やるとしたら、費用対効果軸でしょうか。

B君:その他プラのリサイクルあるいは処理法としては、次のようなものだろうか。
(1)マテリアルリサイクル
(2)ガス化+原料化
(3)コークス原料
(4)高炉還元剤
(5)油化+燃料化
(6)固形燃料化(プラのみ、プラ+紙)+発電
(7)生ごみなどと混ぜて焼却+発電


C先生:そんなところだろう。それらについて、(軸1)、(軸2)、(軸3)の概略図をまず作ろう。まずは、LCA的に見た環境負荷。といっても具体的なデータがある訳ではない。

A君:図1のようにしてみました。これが絶対という訳ではないですが。



図1:各種リサイクル法・処理法のLCA的考え方による環境負荷

B君:いくつかポイントがありそうだ。まずは、マテリアルリサイクルがなぜ評価が低いか。これは、現状の程度の分別でマテリアルリサイクルを行おうとすると、追加の手選別を再度行う必要があり、集まった廃プラスチックの半分ぐらいは、結果的に燃やされていることになる。要するに、歩留まりが悪すぎる

A君:ガス化して原料化することは原理的にも不可能ではない。ただし、反応装置やガス化するための触媒などに相当な環境負荷増加させるような要素が無いとは言えない。しかし、ある割合ではあるが、再び前と同じ品質のプラスチックに戻るという利点はあるので、ちょっと点数が高い。

B君:コークス原料化。これは、まあ、半分は燃やしているのと同じなのだが、40%が分解ガスになって燃料に、20%ぐらいがコークスになって、高炉用に使用され、40%ぐらいが液体になって、もしも精製することをいとわなければ、化学原料として利用も可能。実際に、どのぐらい化学原料になっているか、不明。40%がナフサ相当ということなら、かなり高いのかもしれないけど、ナフサと比較すれば、化合物の種類が多いようにも思える。

A君:いずれにしても、以上2種類が、ある程度、元の原料に戻る可能性がある方法。同じガス化という言葉が付いていても、ガス化溶融炉は焼却炉と見なしても良いのでは。

B君:サーモセレクトといったような特殊な燃焼炉もあるけど、まあ、原料化炉というよりは焼却炉か。

A君:高炉還元剤は、廃プラスチックを高炉下部の羽口から吹き込む。プラスチックはガス化して、鉄鉱石を還元する。高炉の中で燃やしているという感じ。

B君:油化。これは軽油などの代わりに使えればよいのだけど、どうしても塩ビが多少入り込むので、排気ガス浄化装置を付けた燃焼装置でないと使えない。

A君:固形燃料化。品質の良いプラスチックと古紙などを混ぜて良質の固形燃料にする。生ごみなどを混ぜて作るRDFではなくて、しばしばRPFと呼ばれることもある。どうせ燃料にするのなら、焼却炉に入れて燃やせば同じと思われるかもしれないが、発電効率が違う。焼却炉のように、食塩が大量に存在している家庭ごみの焼却では、ボイラーの圧力を高くすることができないために、発電効率が稼げない。10%ぐらいだと思えばよい。しかし、固形燃料を専門に燃やす炉であれば、25%ぐらいはいけるのではないだろうか。

C先生:ということで、7種類の方法について、評価がこんな状況。ガス化、コークス原料化が、若干なんらかの化学原料になる可能性があるということで多少高い。そして、効率の悪い発電である全量焼却+発電が下がる。

A君:次に軸2。容器包装リサイクル法の立場からの評価。この容リ法の本質ですが、かなり誤解されている可能性が高いですね。法律の目的には、「容器包装廃棄物の分別収集及びこれにより得られた分別基準適合物の再商品化を促進するための措置を講ずること等により、一般廃棄物の減量及び再生資源の十分な利用等を通じて、廃棄物の適正な処理及び資源の有効な利用の確保を図り、、、、」となっているように、まずは、一般廃棄物の減量が第一で、その次が再生資源の十分な利用などが第二。同じく、廃棄物の適正な処理が第一。資源の有効な利用が第二。

B君:資源の有効な利用はむしろ副次的な目的。言い換えれば、LCA的な環境負荷の低い方法で処理をするというよりも、なんとかして、一般廃棄物を減量したいというもの。

A君:ゴミが減れば良い。それには、再商品化ということを義務化して、それを減らそう。すなわち減らし方としては、まずは、再商品化という方法、すなわち、リサイクルをして有価物に変化することが一つ。もう一つは、容器包装を使っている事業者の負担を高くすることによって、使う量を減らそうというのが目的。

B君:もっとやさしく表現すれば、容器包装を使っている事業者が、「おっ、高いなあ」というリサイクル費用を払うようにすることで、容器包装の使用量を減らそうという気持ちにさせることが方法論。だから、もともと費用の高くなるようなリサイクル方法が良いという面もある。

A君:図2は、そんな意味で、事業者が払う費用を高くするには、どの方法論を採用するのがよいか、という観点からの図。



図2 事業者の支払う価格面からの優劣

B君:費用は、マテリアルリサイクルが図抜けて高く、その他の方法は多少安い。固形燃料化はまだ行われていない。全量焼却炉に入れてしまうと、その分はリサイクルしたとは認められないので、事業者への負担は発生しないことになる。

C先生:全量がマテリアルリサイクルでリサイクルされると、事業者の負担は大きくなる。大きくなれば、多少包装を簡単にしようか、とか、容器を軽量化しようか、といったインセンティブにはなる。

A君:容リ法の改正の際に、市民団体から、廃棄物の発生抑制が実現していない、と非難されていましたが、容器の軽量化などは、それなりに着実に進展している。

B君:ペットボトルにしても軽量化した。

C先生:そうなのだ。2001年に発表した容器包装のLCAの報告書を作ったときには、ペットボトルは、500mlのもので32gという仮定だった。しかし、いまや18gほどのものまで出てきた。

A君:ペットボトルの話は、今回はしないのでは。ペットボトルのリサイクルがどうか、という話は、別の機会に。今回はあくまでも、ペットボトルでもなく、トレーでもなく、その他プラのみ。

B君:了解了解。容リ法での事業者の支払い費用を増やすというのは、発生抑制に利く。その意味では、高いリサイクル方法というものにも、それだけで意味が無い訳ではない。リサイクル費用は、入札によって決まるのだが、マテリアル優先という考え方で運用されているために、非常に高い。

A君:その価格の推移を、図の3に示します。1トンあたり12万円。これは、新品の樹脂よりも下手をすると高い。そして、さらに手選別されて半分しか使われないとなると、とんでもない価格だということになる。



図3 リサイクル費用の推移。環境省より。

B君:しかし、容リ法の趣旨からみると、費用が高いことで貢献している。

C先生:最近、やはり余りにも高いということで、マテリアルに回す量はなんらかの方法で減らそうという方向にはなったようだ。新品の価格の50%ぐらいを上限にすることが必要なのではないだろうか。

A君:いずれにしても「価格が高いリサイクル方法は環境負荷が高い」という主張は、ここでは全く意味をなさない。価格が高いから意味があるという評価軸なので。

C先生:これが良いとは思えない部分もある。将来のリサイクル法のあり方は、これも別の機会に議論したい。

A君:そして、最後の図4が、実際に分別をやってもらうことによって、市民の環境意識がどのように維持されるか、の図。



図4 市民の環境意識を維持する観点

B君:マテリアルリサイクルが他の方法と比較して多少下がっている。その理由は、かなり複雑。東京都23区の一部富裕区では、区民に対して、プラマークがある容器包装は、そのままで結構ですから、なんでも出して下さい、とアナウンスしているようなのだ。区が責任をもって処理しますから、ということだ。これでは、自分の使った容器は自分で処理し、もしも、洗浄などが大変だったら、考えるという区民の分別意識が良いとするのなら、意識が下がると言わざるを得ない。

A君:全量焼却+発電だと、全く何も考えないで、全部を一緒に出すので、これまた分別意識がなくなってしまう。ゴミを面倒でも処理するという意識があることが、資源を大切に使おうという意識なのだとしたら、これは全く駄目。

C先生:以上の3つの要素をにらむと、全量マテリアルでリサイクル、という一方の極端と、他方の全量焼却でリサイクルゼロという極端のいずれもが駄目という結論になる。中間のどこかに納めるのが妥当だという結論になる。

A君:リサイクルの適否をリサイクルに掛かる費用のみで議論することの無意味さを分かっていただけるのではないかと思います。

B君:両極端は駄目だとすると、中間のどこかにすることになる。それに、前回HPで記述したように、廃プラスチックをお湯で洗ったら、もうLCA的には大きな無駄。となると、高級な方法としてコークス原料化、そして、やや低級な方法として、固形燃料化あたりを適当に混ぜるのが良さそうという感じだろうか。

C先生:そのあたりは、事業者がどう考えるかで決まってしまうので、仕方が無い。
 今回、軸として3本で議論をしたが、実は、もう一本軸がある。名古屋市が完璧なリサイクルを目指したのは、一般廃棄物をゼロにしたかった。要するに、一般廃棄物になると、焼却をしなければならないから、そこから出てくる焼却灰を埋め立てなければならない。もしも容リ法の枠組みにすべて乗せることができれば、市の責任で埋め立てをする必要はなくなる。だから、最終処分地が厳しい自治体にとっては、容リ法は救いの神になっている。そんな地域では、可能な限り、容リ法の枠組みに乗せたいという思いを実現したいのだ。

A君:一方、最終処分地に余裕がある地域だと、それは余り大きな要素にはならない。むしろ、環境問題のウソ本の言うように、できるだけ安い方法で処理したい。

B君:ということで、地域依存がありすぎて、軸になりにくい。

A君:今回使わなかったもう一つの軸がありますね。費用と効用の話。

C先生:それは、容リ法が完全施行されたころは、今ほど景気もよくなかった。中国に製造業がどんどんと出て行ってしまって、日本は産業的な空洞になってしまうのではないか、という思いが強かった。

A君:そこで、リサイクル産業でも作って、雇用を確保しよう、ということも容リ法の一つの目的だと理解されていた。

B君:人件費を大量に食うリサイクル事業だが、それが雇用確保には良いという考え方。だから、その本の言うような判断基準では全く駄目で、雇用確保のために、リサイクルを行うという目的意識もあった。

A君:リサイクル産業を環境産業の核にしようと考えたのでしょうね。しかし、結果的には、余り旨く機能しなかった。最初は多いに儲かったペットボトルのリサイクルが、とうとう商売にならなくなった。

C先生:本日の議論の目的は、大体果たせたようだ。要するに、繰り返しになるが、リサイクル費用の大小や、環境負荷という軸だけでプラスチックのリサイクルを議論することは、もともと大きな間違いを犯している。これが第一の結論。
 第二の結論は、ある方法の極論2つのみで答えが出るという訳ではない。今回の場合がその良い例だが、完全リサイクルも、全量焼却も極端すぎて、解としてはよくない。どうも、中間的な対応をするのが良さそう。
 単純な二元論では片付かないのが環境問題の本質ということで、まとめとする。
 最後の最後にもう一つ。ライフというスーパーが、容リ法は不当だとして国に対して訴訟を起こしているというニュースを覚えて居られるだろうか。その原告側の主張を支援する資料を作って裁判所に提出しているのが、この本の著者である。要するに、容器包装を好きなだけ自由に使いたい、そのために容リ法そのものを潰したいという事業者の味方をしているのが、この著者なのだ。
 容リ法が完全な法律ではないのは事実負の価値をもったモノを対象として適正な経済の仕組みを作るのは、簡単なことではないのだ。一つの実験だとも思える。完成するまでには、まだ3回ほどの改正が必要だと思うが、ゆっくりと、次世代のために、リサイクル法を作っていくべきだと思っている