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   国連の「環境正義の歴史」 その1
     
何が正義の根拠なのか リオ・サミットまで 2017.09.23
               



 国連という組織は、国連軍が無い訳ではないが、ほぼ丸腰の組織である。国連軍とは、国際連合憲章第47条3項に基づき、安全保障理事会と特別協定を結んでいる国連加盟国が、国連の要請によって兵力を提供し、安全保障理事会が兵力を指揮する軍隊を意味する。ところが、これまで特別協定を結んでいる国がないために、安保理が指揮する国連軍が組織されたことはない

 現在、国連軍に近いものは、平和維持活動(United Nations Peacekeeping Operations)に分類されるものである。この枠組に基いて派遣される各国の軍隊を、国際連合平和維持軍(United Nations Peacekeeping Force、日本ではPKF)と呼ぶ。

 要するに、丸腰の組織である国連が影響力を維持するには、やはり、合意が「正義」に基づいていることが重要で、そのためもあって、多くの国連の会議では、全会一致が求められる。パリ協定の合意も全会一致であった。

 さて、今回検討したいことは、環境分野全会一致を実現するために、国連は様々な「正義≒広義の環境保全」を語ってきたと思うので、その実像を明らかにしてみたいと言うことである。

 という訳で、今回は、ちょっと論文調で前文を書いてみましたが、ここからは、いつもの対話形式です。

     
C先生:このサイトでの議論なので、当然、「正義」といっても、環境分野での話が中心になる。歴史的に、どのようなことがあったのか、それをまとめるのが目的だと考えて欲しい。

A君:歴史的にみて、環境関係の国連が主催した国際会議、委員会などのリストを作ることが効果的ですね。以下、大きなものだけですが、こんなものでどうでしょう。

1972年6月 「国際連合人間環境会議」(United Nations Conference on the Human Environment)  ストックホルム 「かけがえのない地球=Only One Earth」、以下「1972人間環境会議」と略す。

1984〜1987年 国際連合「環境と開発に関する世界委員会」(World Commission on Environment and Development [WCED])、通称、ブルントラント委員会。報告書が「地球の未来を守るために(Our Common Future)」、以下、「1987 Our Common Future」と略す

1992年6月「環境と開発に関する国際連合会議」(United Nations Conference on Environment and Development、UNCED)、リオデジャネイロ 通称「地球サミット」あるいは「リオ・サミット」など多数あるが、以下、「1992リオ・サミット」と略す。

2000年9月 「国際連合ミレニアムサミット」
 ニューヨーク 国連ミレニアム宣言とMDGs(Millennium Deveopment Goals)が開始。以下、「2000MDGs」と略

2002年9月 「持続可能な開発に関する世界首脳会議」、ヨハネスブルグ・サミット、持続可能な開発に関する世界サミット。「2002ヨハネスブルグ・サミット」と略す。

2012年6月 「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」 リオデジャネイロ。以下、「2012リオ+20」と略す。

2015年9月  ニューヨーク本部で、SDGsが採択。 以下「2015SDGs」と略す。
 

2015年12月 COP21パリでパリ協定が合意された。 以下、「2015パリ協定」と略す。


B君:これらの会議で何がどのように議論されたか。今回であれば、どのような正義が議論されたのか、それを次に纏めるか。

A君:まあそんな手順でしょう。正義の内容を順次。
 まず、「1972人間環境会議」ですが、113ヶ国が参加。そして、「人間環境宣言」が出来上がった。
 人間環境宣言は、ここで見て下さい。
http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_03.pdf
 英語版は、以前別のサイトにあったのですが、今では、ここからダウンロード可能です。
http://www.un-documents.net/aconf48-14r1.pdf
   その前提となった最大の問題は、恐らく2つ。一つは、日本の公害問題もう一つは、ベトナム戦争。なぜ、そう判断するか、と言えば、宣言の(3)に次のような表現があるから。
 「我々は地球上の多くの地域において、人工の害が増大しつつあること」。
 さらに、次のような原則が掲げられている。「人は、尊厳と福祉を保つに足る環境で、自由、平等及び十分な生活水準を享受する基本的権利を有するとともに、現在及び将来の世代のため環境を保護し改善する厳粛な責任を負う。」
 さらに言えば、この会議には、水俣病患者が参加した。宇沢弘文先生は、この会議と2012リオ・サミットについて、次のような文書を残している。
http://www.ppsa.jp/pdf/journal/pdf1998/Uzawa.pdf
 人間環境会議については、「1950年代半ば頃から1960年代を通じて、極端な形で推し進められた工業化と都市化によって引き起こされた公害、環境破壊であった」、これが主要なAgendaであったと述べています。
 ベトナム戦争に関しては、主要国間で、この問題には触れないという暗黙の了解があったとのことなので、大きな問題だと認識されていたのは、事実だと信じています。

B君:簡単にまとめる。今の言葉だと、「人には人権の一つとして環境権がある」「将来世代のために環境を保護することは厳粛な責任である」。この二点だな。この二つが国連の正義だということだろう。

A君:それでは、次はブルントラント委員会の「1987 Our Common Future」ですが、300ページもある文書が、ここにあります。
http://www.un-documents.net/our-common-future.pdf
日本語の概要が良いと思うので、これでしょうか。
https://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_04.pdf

B君:この文書で良いだろう。要するに、未来を考えない、「生態系などの環境の酷使、資源とエネルギーの過剰消費が大問題」。これらは変更が必須で、「持続可能な開発」に道筋を改める必要がある。第12章までの章立ては、
第1章 未来への脅威
第2章 持続可能な開発に向けて
第3章 国際経済の役割
第4章 人口と人的資源
第5章 食糧安全保障:洗剤生産能力の維持
第6章 種と生態系:開発のための資源
第7章 エネルギー:環境と開発のための選択
第8章 工業:小を持って多を生産する。
第9章 都市の挑戦
第10章 共有財産の管理
第11章 平和、安全保障、開発及び環境
第12章 共有の未来のための認識と行動
 これらの前に、座長であったブルントランド女史の言葉があって、不思議なことに、futureという言葉が使われていない。述べていることは、政策目標としては、人間の基本的ニーズの充足人口の抑制資源基盤の保全技術の方向転換とリスク管理環境と経済の統合、以上の項目が必須。などなど、多様。しかし、有名な将来世代(future generations)という言葉がは出て来ない。Common Futureという形が4回ぐらいでてくるが。

A君:future generation という言葉が、最初に出て来るのは、本文の第25文で、We borrow environmental capital from future generations with no intention or prospect of repaying.

B君:この文章は良いね。「非意図的だし、返却する気もないが、我々世代は未来世代から、環境資源を借りている」。その通りだと思う。

A君:そして、1章のGlobal Challengeの3項にSustainable Devlopmentがあって、第27文に、例の有名な言葉があります。
Humanity has the ability to make development sustainable to ensure that it meets the needs of the present without compromising the ability of future generations to meet their own needs.

B君:この文章は、いつも思うのだけれど、日本語に直しにくい。「将来世代が彼らのニーズを満足させるために持っている能力を損なうことなく、現在のニーズを満たすという持続可能な条件を確実に満たす能力を、人類は持っている」どうも日本語にならない

A君:むしろ、第25文の方が良いと思いますね。気候変動にしても、一旦、温度が上昇してしまったら、それを人為的に下げようとしたら、ジオエンジニアリングと呼ばれる技術、例えば、成層圏にエアロゾルをばらまくといった対応を取ることになりますが、これが麻薬みたいなもので、しばらくすると効かなくなるのです。エアロゾルでも、そのうち落ちてくるからです。

B君:ブルントラント委員会の正義とは、「現世代は、未来世代の邪魔をするな」、だと言って良いのだろうね。

A君:気候変動防止の正義はやはりそんなことなのでしょう。しかし、注意しなければならないことは、ブルントラント委員会のときに、気候変動防止は、まだ、それほど強く意識されていなかったということでは。

B君:うーん、なんとも言えない。第32文に"such threats as climate change, ozone depletion and species loss"と言う記述があるので。しかし、現時点ほど、科学的事実として、認識されている状態ではなかった。しかし、トランプ大統領のように、科学的事実だと認めない人もまだいるので、比較は難しい。ただ、確実だと思えることが、ブルントラント委員会の未来世代への意識としては、枯渇性資源である化石燃料が有ったと思う。energyという言葉が、438回も出て来る原子力の安全性も問題だとしている。

A君:スリーマイル島の事故が1979年。チェルノブイリ事故が1986年。だから、原発事故に対する意識が強かったのでしょう。「化石燃料が無くなっても、原子力でなんとか行ける」、とは思いにくい状況だった。

B君:今、同様のレポートと書くとしたら、原子力については、福島第一の事故をどう書くだろう。やはり、原子力で行けるとは思いにくい状況ではあるけれど。

C先生:次の話題に行って、それで今回はそこまでとしよう。

A君:了解。次は、大物ですが、「1992年のリオ・サミット」です。報告書は、まず、リオ宣言があります。環境と開発に関するリオ宣言が正式名称ですが。
 日本語版は、
http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_05_1.pdf
 英語版は、
http://www.un.org/documents/ga/conf151/aconf15126-1annex1.htm
 第27原則までが合意されました。はじめての地球サミットと呼ばれることもあるのですが、地球という言葉がでてくる原則は、
 第7原則:地球の生態系の保全、保護、修復
だけです。そして、この第7原則には、地球環境の悪化への先進国と途上国の異なった寄与があるという観点、すなわち、「各国は共通のしかし差異のある責任を有する」ということが含まれています。
 ということで、地球環境問題についての認識は充分にあったものの、リオ宣言では、余り積極的なメッセージが出たとは言えません。
 それはなぜか。実際には、行動計画として「アジェンダ21」などが、それに極めて重要な2つの国際条約、すなわち、「気候変動枠組み条約」と「生物多様性条約」がここで合意されたのです。

C先生:という訳で、今回はここまで。地球環境に関する正義の意識は、先進国がより強く持つべきで、途上国とは責任に差異があるということがリオのサミットの最大の結論と言えるかもしれない。
 まだ、3つが終わったところだけれど、環境を考える上での「正義」というものが、国連の会議で次々と作られてきた歴史がお分かりいただけたと思う。国連という場は、基本的に全会一致なので、世界のスタンダードとしての環境正義が作られたと言えるだろう。
 以上の3つで、大体の枠組みは記述できたので、次回は、残りの5つを料理できると思う。