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   「未踏チャレンジ」がスタートします
     
2050年イノベーションを実現? 06.18.2017
               



 「未踏チャレンジ」という言葉は、お聞きになった方は、ごく少数だと思います。これは、経済産業省の研究開発課が担当する新プロジェクトでして、大学などの40歳未満の若手を対象に、2050年におけるパリ協定対応に合致するような低CO2排出量の社会を作るのに必要な、あらゆるイノベーションを生み出す種のようなものが何かを考えて開発するという枠組みでして、NEDOが受託しているものです。

 今回、この「未踏チャレンジ」のプログラムディレクターを務めることになりました。経産省からの委託プロジェクトのディレクターは、NEDOの部外者が担当するルールになっているようですので、NEDOのTSC(技術戦略センター)のフェローは、非常勤だったのですが、形式上、NEDO内部の身分ですので、降りまして客員フェローになりました。

 さて、この記事の目的ですが、2050年におけるCO排出削減のイノベーションを実現する、といったことを目標としたプロジェクトは、具体的な課題をどのような観点から選択するか、これが最大の問題です。要するに、2050年という未来は、まだ誰にも予測不能で、本当のことは分かりません。そのため、あらゆる技術が2050年にどのような方向性になっているのか、をぼんやりと推測し、そして、その方向性が様々な地球限界という観点から見て可能なのかどうか、あるいは、全く別のリスクを発生させるかどうか、といった検討が不可欠になります。

 このような観点からの判断を可能にするためには、どのような情報を集めれば良いのか、未踏チャレンジに挑戦する若手研究者のために、説明してみたいと思います。

 勿論、なにか有用なものを開発するプロジェクトを考えたとしても、その妥当性をチェックする最大の視点は、ターゲットとなるようなイノベーションが地球上で実現可能かどうか、すなわち、技術に必ず付随するであろう地球環境的な限界、例えば、地球のなんらかの限界への抵触とか、人間社会に何らかの新しいリスクを生み出すかどうか、などなどを推測し、最後には、これらに加えて、コストの推定をして実用レベルに収まるか、などといった検討が必要不可欠ということになります。それを具体的にどのように検討をするのか、となると、誰も良く分かりません。ということで、何か未来学的なアプローチの方法を考え出さなければならないのでしょうね。

 色々な状況を考えてみると、「未来学というものが無い」ことが、この国の大きな欠点であるような気がしているのです。
  

C先生:未踏チャレンジのプログラムディレクターを務めることになってしまった。39歳以下の若い研究者、多分、大学の助教といった身分が多いのではないか、と思うのだけれど、研究を実施している最中にフッと浮かんだ自由かつ無謀な発想をいかに引き出して、いかに活かすか、これが最大の課題だと思っている。要するに、なんらかの成果を狙った研究を、その計画通りに実施したところで、将来使えそうな結果(=種子)が得られるとはとても思えない。何か新規なものが、偶発的に落ちてくることに、最大の希望と期待があるように思うのだ。要するに、セレンディピティの世界のような気がする。

A君:この研究の課題では、超長期に使えるものというと、IT系の”システム”などといったものに、それほどの賞味期限の長い技術はないでしょう。例えば、2050年にコンピュータシステム、特に、AI関係がどのようなものになっているか、誰も分からないし、それを知ったところで、CO削減という今回の大きな目的に必要不可欠だとは思えない。この分野であれば、恐らく、なんらかの根本的な発想に基づく発明に、なんらかのシステムを後付けすることで対応することで済んでしまうように思います。

B君:勿論、この未踏チャレンジの成果の理想形は全く新しいなんらかの現象や原理が見つかることだけれど、これは、最近の科学技術の状況から言って、かなり難しい。となるとやはり新材料や新プロセスなどを狙うことが中心になるのではないか。

C先生:今回は、主たる研究対象として4つの領域が指定された。
(A)次世代パワーエレクトロニクス、
(B)エネルギー・システム対応センシング技術、
(C)超電導応用、
(D)超軽量・超耐熱構造材料だ。

 詳しくは、公募する研究テーマの対象研究分野と技術課題例(次のPDFファイルの別添1)を参照してもらいたい。
http://www.nedo.go.jp/content/100864717.pdf
 もっとも、そこに出てくる技術課題例は、あくまでも例であって、これら以外のアプローチを提案して貰うことが、採択面では有利になるのではないか、と思われるぐらいだ。なんといっても、2050年はまだまだ未来なので、新しい発想が必要不可欠だからだ。

A君:これらの分野ですが、CO削減手法で分類すると、すべて「省エネ型」ですね。2050年までを考えたときに、省エネで何%ぐらい行けるのか。これは人によって意見が違うと思いますが、少なくとも、快適な生活を求めれば、多くの場合、エネルギーへの依存度は高くなります。例外が、日本の状況を見ると、家屋の断熱が省エネと生活の快適性を両立させる技術ですが、例えば、自動車の燃費の向上も、エンジンという内燃機関の効率を高められるとしても、そろそろ限界が近い。ハイブリッド車は明らかに燃費が良いですが、いくらなんでもそろそろ限界。

B君:(A)のパワエレで、SiC素子がハイブリッド車に適用されるようになると、さらに燃費は良くなるのだが、改善は高々5%ぐらいではないか。現在のシリコン製の半導体素子でも効率は90%程度はある。それがSiCになったところで、効率が5%ぐらい上がって95%になるかもしれないといった相場観だ。効率が95%になると、そろそろゴールも近いという感じになる。

A君:同じくパワエレ関連ですが、GaN素子が開発されて、走行中の電気自動車に非接触でパワー供給が可能になったとしますが、このシステムは、たしかに電気自動車の利便性は高めますが、だからといって、給電効率は、これまでのようにケーブルを繋ぐ方式に比べれば、下がるに決っている。それは、空間にエネルギーを放出して、自動車がそれを受けるのは、効率100%とは行かない。初期型だと50%ぐらいしか伝送効率がないことも想定されてしまいます。

B君:それだと、EV用の電力がさらに大量に必要になるので、電力不足に悩む可能性があって、かなり苦しい状況になりそうだ。そうでなくても、原発は再稼働は行くとしても、新設は、英国の例を見ても経済的に成立しない可能性が高いため、台数は徐々に減るので、また、石炭火力は、いくらなんでも2040年以降に稼働しているものは、CCS対応のものに限られるだろうから、かなり少ないのでは。ということで、電力不足がかなり深刻化しているに違いないと思うのだ。自然エネルギーが大量導入される、というシナリオをどのように書くかこれが、もっとも重要なことだろう。となると、この自然エネルギー・シナリオでは、西日本にはそもそも自然エネルギーのポテンシャルが少ない。

A君:電力の消費量は、このところ自然減が続いているのです。東日本大震災の後、計画停電があって、大幅に電力消費量を下げざるを得なかったのですが、その学習効果がまだ若干残っているとも言えます。将来の供給不足を心配しているとは、まだ思えないので。

B君:しかし、北海道などでの石油の直炊きの暖房機は、徐々に使えなくなるので、2050年を考えると、やはり地中熱利用の電化(エアコン化)しか方法は無さそう。だとすると、しばらくは電力消費量は下がるかもしれないけれど、2050年に大幅に減っているとは言いにくい。自動車のEV化も、より、電力供給へ依存する社会になる非常に大きな要素であることは、すでに明らかなんだけど。

A君:そうなると、自然エネルギー導入に加えて、カーボンフリーの電力、2050年だと、CCS化が行われた発電による電力をサハリンから輸入するということも有りえますね。

B君:多分そういうこと。日本国内でのCCSには、余り良い貯留場所が無い。天然ガスの産地であるサハリンなら、生産をしながら、CCSを行うということが可能なので、かなりコストが下がる。

A君:日本国内でのCCSは、ゴミの最終処分と同じで、コストにしかならないけれど、生産しながらのCCSは、場合によると、採掘可能量が増加するので、石油の場合であれば、EOR(Enhanced Oil Recovery)と呼ばれる。天然ガスの場合にどのぐらい効果的なのかは、分かりませんが。

B君:日本国内のCCSとなると、今のところ、高炉による銑鉄製造は、どうしてもコークスが必要。そして、多分、代替技術は非常に難しい。となると、高炉にはCCSということが不可欠になる。

A君:発電は、それこそどんなエネルギーでも良いので、それに石炭を使ってCCSという発想は、2035年ぐらいに実施されていたとしても、その次を考えているでしょうね。やはり、石炭は製鉄用として生き残るのでは。

B君:その通りだろうな。しかし、本来のアプローチは、高炉に変わる銑鉄製造法が、2050年までにできるかどうか。これも重要なチャレンジ課題。あるいは、全量、リサイクルという考え方をする人も居るのだが、世界全体の鉄鋼需要を考えるとまだまだ不足している。

A君:しかし、こんなテーマも、今回の募集の枠組みには入っていませんね。

B君:来年以降のテーマとして、しっかりと考えてくれる研究者が必須かもしれない。

A君:それどころか、省エネ以外に、創エネ。これは新しい自然エネルギーのようなものを含みます。蓄エネ。これは新しい電池や人工炭化水素の合成のような技術で、不安定な自然エネルギーをなんらかの形で貯める方法。この二分野は最低限必要です。これら「創エネ」「蓄エネ」も考えられていません。加えて、大気中の二酸化炭素を積極的に原料にして、エタノールなどの有機物を合成する人工植物のような機能は、不可欠になるのでは。別の見方をすれば、Carbon Neutral CO2のCCUになりますか。

B君:すでに、COの電解還元の研究は米国では結構進行している。

A君:要するに、今回は、物理と材料のテーマだけだけれど、それ以外に、化学とかバイオとか言った分野で、全く新しい発想に基づく展開が必要ということですね。

C先生:その通り。「CO削減」に貢献する技術の全貌とはどのようなものなのか、などということを考えたことのある研究者の方が少ないと思う。このような考え方をするためには、CO2発生という環境負荷が、どのようなプロセスでどのような量になっているか、これを知ることが非常に重要なことだ。そのためには、一般にLCAと呼ばれる、ライフサイクルアセスメントのもっとも基本のところを知る必要がある。LCAを一通りマスターすることが、正しい研究提案をするためにも必要不可欠な常識だと思う。

A君:LCAという方法論は、地球への負荷を定量的に判断するためにも必要不可欠です。COだけが対象という訳ではなくて、資源の消費量を個別に取り扱うこともできます。例えば、ある金属をリサイクルするとき、その資源の枯渇状況の将来の見通しのようなことを知ることが、COを発生させながらリサイクルをするのか、それとも、どこかに蓄積をしながら、新たな資源を採取する方が良いのか。こんな統合的な判断をする基礎資料を作ることもLCAの非常に大きな役割ですから。

B君:加えて、リスクアセスメント的な考え方も、未来を考える場合に必要不可欠。2050年の輸入エネルギーは、石油そのままでは、日本でCCSをやらなければならない。しかし、CCSは、すでに述べられているように、EORが可能な油田のあるところで行うのが効果的。となると、水素が燃料になるのだけれど、水素は余りにも軽くて、液体水素にするのは、天然ガスよりもはるかに面倒なので、どうやってそれを運搬するか、ということが重要になる。これをエネルギーキャリアと呼び、SIPと呼ばれる省庁を跨ぐ研究プロジェクトの一つとして、行われている。
http://www.jst.go.jp/sip/k04.html
その中でも検討されているアンモニアであれば、直接燃焼してもCOの発生はない

A君:石炭発電にアンモニアを吹き込んで混焼するといった実験も行われているので、石炭発電も2030年代になると、それが義務化されることになるかもしません。COの発生原単位を下げることが環境税などで強制的になってくる可能性が大きいので。

B君:ただし、アンモニアを大量に備蓄することは、それなりの毒性のある物質なので、リスクを伴う。

A君:リスクを伴ってもやらなければならない、となると、CO排出のリスクの重さ、特に、COという物質の大気中の寿命が数千年かもしれない、といったことも知らないと、なぜ、真剣に人類が取り組まなければならないのか、「気候正義」などという言葉がなぜ使われるようになったのか、その理由が分からないでしょう。パリ協定の哲学は、しっかり理解して欲しいところです。

B君:さらに言えば、現在のパリ協定というものの枠組みの中で、2023年と2028年には行われる予定となっているグローバル・ストック・テイク(GST)と呼ばれるチェックメカニズムが実際どのようになるか、といった政治的な予測もしないと。可能性は高いと思うが、2028年のGSTでは、実は、2040年削減目標値、正式名称は、多分「2040年の削減への貢献」の値をそれぞれの国が提案し、COPで承認を得ることになるのでは。

A君:このような情報も、しっかり把握して申請書を書くことができれば、その説得性も高くなるでしょう。2050年への道筋がしっかり見えることになるからなのですが。

B君:ということになると、申請者は、大前提として、2050年を見通す力を付けるために、なんらかの努力をしなければならないことになる。やはり、未来学の習得が重要ということになりそうだ。

C先生:ということで、2050年を目指すこの「未踏チャレンジ」という枠組みは、この研究プロジェクトにチャレンジする研究者には、新しいマインドを強制的に持ってもらうということを意味するようにも思える。そうでなくても、実は、パリ協定というものが、人類史上、実に画期的な協定であって、これまでの産業革命以来の技術の流れすら、正反対方向に変えてしまう可能性があるというぐらいの理解は持って貰わないと、研究提案にも迫力がでないだろうと考えられる。日本という国は、残念ながら、多くの企業が、「新しいことにチャレンジする必要性は無い、むしろ現状を維持したい」、と考えている国なので、「未踏チャレンジ」を産学協同の枠組みで取り組むのも、実は、なかなか難しい。
 この未踏チャレンジに取り組むにあたって、どのような視点から、そして、何を評価するのか、などといった細かい話が、決っている訳ではないのだが、せめて、なんらかの強い思いを込めた申請書でないと、採択される可能性は低いように思うのだ。LCAとリスクアセスとかいった方法論を、一夜漬けで良いから勉強して欲しい、という主張をする訳ではないが。