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 未知のリスクになぜ対応しないのか
      予防原則とは何か? 08.26.2007
     



 多摩市の廃プラ圧縮施設に対する反対運動が行われていることは、すでに2回に渡って取り上げた。

 しかし、2回目に記述したように、反対運動の根拠となっていることは、どうやら、「廃プラ圧縮施設には『未知のリスク』があるから、建設は止めるべきだ。廃プラは、むしろリスクの分かっている焼却処理にすべきだ」、という主張だということが分かった。

 分かったと書いたが、より根源的な問題があることが分かったと言うべきではないだろうか。すなわち、「未知のリスク」に対してどう対応すべきか、という問題である。さらに言えば、焼却処理なら「未知のリスク」は無いのか、という問題も残る。

 個人的な答えは、「これまで人類は、『未知のリスク』に対応したことはない」。その理由は、「対応をすることが無意味だから」。

 ところが、「予防原則というものがあって、それによれば、『未知のリスク』にも対応すべきだということだ」、と影本東大教授は述べた。

 果たして、予防原則というものは、そんなものなのだろうか。

 結論的には、多摩市の廃プラ圧縮施設の運転を延期する理由は、予防原則を考えても、またどこの国の基準をもってしても、見つからない。しかし、モニタリングはしっかりと行うべきだ。どこをどのようにモニタリングするか、という議論に移行すべきだろう。

C先生:多摩市のシンポジウムの当日、「未知のリスク」があるから、「予防原則に則って対応すべきだ」、ということが多摩市の廃プラ中間処理施設反対の根拠となっていることを知って、愕然とした。なぜならば、前回も述べたように、このようなロジックに対して対応するような資料を準備しなかったからだ。予防原則をきちんと説明し、理解してもらうのは、かなり難しいのだ。

A君:ということで、本日は、「予防原則と未知のリスク」というものについて、いささか検討をしてみよう、ということ。

B君:「予防原則」という言葉は、国際社会で共通語として使われているものではない。

C先生:その通りで、「実情は」と言えば、二派ある。「予防原則」という言葉を使いたがる派、使いたがらない派だ。国連は、使いたがらない派であって、米国、日本なども使いたがらない。EUは使いたい派であって、多くのNPO/NGOは、使いたい派だ。

A君:その理由は、日本人には分かりにくいけれど、原則=principleという語にあるように思いますね。

B君:principleというと、先験的に正しくて、すべての人間がこれに従うべき、というニュアンスがあるようで、アルキメデスの原理="principle of Archimedes"とか言われると、まあ、真理という印象がある。

C先生:しかし、使いたがらない派は、「予防原則」は、一つの方法論に過ぎず、それが真理という訳ではない、という主張をしている。国連の文書で「予防原則」が現れた比較的古い例として、1992年のリオ宣言がある。そこでは、「環境を保護するため予防的措置は、各国おいて、その能力に応じて広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれのある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由として使われてはならない。」と定義されている(UNCED、1992)。
 英語では、Rio Declaration on Environment and Development
 http://www.unep.org/Documents.Multilingual/Default.asp?DocumentID=78&ArticleID=1163
 第15原則として、Principle 15
 In order to protect the environment, the precautionary approach shall be widely applied by States according to their capabilities. Where there are threats of serious or irreversible damage, lack of full scientific certainty shall not be used as a reason for postponing cost-effective measures to prevent environmental degradation.

A君:要するに、国連の文書では、予防的措置(precautionary approach)という言葉になっているけど、これが国連的「予防原則」の定義になっている。

B君:まあ、基本的な主張の違いが未だにいささかあるということ。ただ、言っていること、やっていることがそれほど違っているという訳ではない。

C先生:とりあえず、本HPでは、鍵括弧付きの「予防原則」という言葉で表現する。
 さて、「予防原則」の定義にどのようなものがあるか、記述してみよう。

A君:「予防原則」の定義。NGOの代表格であるGreenPeaceなど、国の違いがあるかどうか、個人はどうなのか、など、探してみますか。

B君:予防原則+定義で、Googleを引いてみると、67万7千件ヒット。しかし、定義に直接関連するのは、余り多くない感じだ。

A君:最初に出てくるのが、予防原則(予防的措置)とはというページで、大竹千代子さんと、東 賢一氏の二名で作成したもの。予防原則を真正面から取り上げているHPとしては、ほぼ唯一のもの。ここに、いくつかの定義が出てきます。

B君:やはり、国際的な合意がなされている予防原則から記述すべきか。

いくつかの定義
(1):環境と開発に関するリオ宣言の第15原則(1992) 既出。
「環境を保護するため、予防的方策は、各国より、その能力に応じて広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれのある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由として使われてはならない。」

(2):気候変動枠組み条約(1992)
「当事者は気候変動を予期し、予防し、あるいは最小にするために、また、その有害影響を軽減するために予防的方策を講じるべきである。気候変動に関する政策や方策が、最低可能な費用で全体の利益を確実なものにするような費用対効果であるということに注意をはらう必要がある。かつ、これを達成するためには、このような政策の方法には、異なった経済的脈絡に注意を払いながら、深刻なあるいは不可逆的な損傷の脅威がある場合、完全な科学的確実性の欠如をしてこの方策を延期する理由に用いてはならない。」

(3):EUコミュニケーションペーパー
「予防原則は、科学的な根拠が不十分であったり、確定的でなかったり、不確実であったりする場合、あるいは科学的な情報が欠如しているため詳細な科学的評価が行えない場合に適用され、また、環境、人、動物、植物の健康に与える潜在的な危害がEUの高い保護水準に合致しないかもしれないという心配が、予備的な科学的評価によって筋が通っている、と評価された場合にも適用される。」

(4):日本の環境基本計画
 「完全な科学的証拠が欠如していることを対策を延期する理由とはせず、科学的知見の充実に努めながら、必要に応じ、予防的な方策を講じる」。

(5):生物多様性に関する条約の「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」(the Cartagena Protocol on Biodiversity)
 「予防原則とは、一般的に、現時点での行動に要する費用は小さくかつ現在行動を起こさない場合の将来における損害弁済の費用が高いか、あるいはその危険性が高い場合、たとえ当該の問題に関する科学的確実性が不十分でも予防的行動を取るべきである、という行動原則である」。

(6):大竹千代子さんの定義
「潜在的なリスクが存在しているというしかるべき理由があり、しかしまだ充分に科学的にその証拠や因果関係が提示されない段階であっても、そのリスクを評価して予防的に対策を探ること」

(7):バール・ロンダー氏の定義
(グリーンピースの招きで、日本で講演を行った化学物質コンサルタント)
 「予防原則を簡単に言うと、リスクがあると予想されるとき、未然に対策を取ること。ただ、環境問題は予想できないリスクもたくさんあるので、より予防原則が必要になるのです」。

(8):ウィングスプレッド声明(1998)
「@有害物質の使用と放出、資源の活用、および環境の物理的な変化は、人の健康と環境に非意図的に重大は影響を及ぼした。Aリスクアセスメントによる規制は十分に人の健康と環境を保護しなかった。B人間活動の基本となる新しい原則が必要である。C有害物質の取り扱いをさらに注意深くする必要があり、社会は人間活動のすべての活動に予防的施策を取り入れなくてはならない。Eしたがって、予防原則が必要である。Fこの件に関し、立証責任は公衆ではなく、活動提案者が追うべきである。G予防原則は対策を行わない場合も含めたすべての代替案について審査をすべきである」。と述べている。
 大竹千代子氏「この声明も言い換えれば、予防原則の定義であるといってよいであろう。特徴はリスクアセスメントを否定している点にある」。

A君:国際的な枠組みで定義されている「予防原則」(1)〜(3)は、いずれも似たような枠組みになっている。
その内容は、と言えば、
1:不可逆的な被害の恐れがあることに科学的な理由がある。
2:しかし、その原因と結果の因果関係には、科学的な不確実性がある。
3:その不確実性を理由に、原因に対して予防的な措置を延期してはならない。

B君:しかし、記述は多少違う。EUのものだと、予備的な科学的評価が行われて、その結果が確実ではない場合でも、予防原則を適用すべき、という表現になっていて、どうも、予備的な科学的評価が行われることが条件のようにも読める。

A君:もしそれが本当ならば、適用に対してもっとも慎重なサイドの定義だということになる。

B君:しかし、実際には、RoHS規制に見られるように、EUの規制は、国際的に見ると、予防原則的な面を強調するメンタリティーが強い。

C先生:EUの場合、組織が単一という訳でもない。環境総局の意向が全体的な意向にならない場合が多く、定義が統一的に理解されているとも言いがたい。
 しかし、定義(1)〜(3)が国際的に認められた予防原則だけど、これらの定義を認めると、「未知のリスク」には予防原則は適用不可能だということが分かるだろうか。

A君:ただ、定量的な問題はあって、科学的な不確実性がどのぐらいあるときに、予防原則を適用するのか。例えば、99%不確実ということになれば、誰も予防原則を発動しようとは思わないだろうけど、90%不確実性があったらどうするのか。50%ならどうするか。

B君:(4)に挙げた日本の環境基本計画の定義だと、かなり不確実性が少なくなって初めて適用するというようにも読める。頭の「完全な」という言葉がその象徴だが。

A君:日本だと、もしも経済への悪影響が大きい案件に関しては、不確実性が20%ぐらいまで減らないと、予防原則を発動しないという感じでしょうか。

C先生:温暖化防止対策を行うべきかどうか、これが予防原則をどのように考えているかの指標になるような感じだ。2001年の第三次のIPCC報告では、「気候変動が人為的な温室効果ガスの排出による」ことの科学的確実性が60%以上ある、というぐらいの論調だった。これに対して、日本の経済団体は、まだ40%も不確実性がある、と読んだように思う。IPCCの本音としては、80%ぐらいは確実だと言いたかったのだと思うが。2007年のIPCCの第四次報告書では、科学的な確実性が90%になったと言った。しかし、まだ信じていない人も居るようだ。

A君:個人的な考え方次第ということですかね。嫌なことは信じたくない。したがって、10%でも不確実性があれば、それを論拠にしたい、というマインドセットがまだまだ残っている。

B君:科学的に、10%ぐらいの不確実性はある、ということは、当たり前で、例えば、実験をやる場合だって、同じ条件で3回ぐらいしかやらないことも多い。だから、多くの科学論文の不確実性は、10%は確実にあると言えるのではないか。それが、数値の不確実性であったりする場合を含めてだが。

C先生:そんなものなので、科学者は、本音としては100%確実だと言いたいのだが、実験によって得られた事実でも、100%確実だという検証をやっていない弱みをいつでも感じているので、90%確実といった表現になってしまう。だから、科学者が90%確実、といったら、それは「本音は100%確実」と思った方が良い。

A君:結論的には、国際社会で認められている予防原則というものは、EUのものを含めて、被害の発生に関して、科学的根拠があることが発動の条件になっている。しかし、どのぐらいの確実性・不確実性を考えるか、様々な取り組み方がありうる。

C先生:以上のような(1)〜(4)のような定義のうち、代表例として、日本の環境基本計画のものを取り上げ、これを「予防原則タイプ1」と定義しよう。

「予防原則タイプ1」の代表例
 「完全な科学的証拠が欠如していることを対策を延期する理由とはせず、科学的知見の充実に努めながら、必要に応じ、予防的な方策を講じる」。

A君:次のレベルを検討するとき、(5)の定義が面白いですね。対策費用と、その効果を金額的に比較検討している。
 再掲すると、
(5):生物多様性に関する条約の「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」(the Cartagena Protocol on Biodiversity)
 「予防原則とは、一般的に、現時点での行動に要する費用は小さくかつ現在行動を起こさない場合の将来における損害弁済の費用が高いか、あるいはその危険性が高い場合、たとえ当該の問題に関する科学的確実性が不十分でも予防的行動を取るべきである、という行動原則である」。

B君:この定義をどう読むか。「現時点で行動に要する費用」が小さく、「現在行動を起こさない場合の損害弁済の費用」が高い場合には、行動を起こすべし。しかし、これなら、予防原則ではなくて、経済原則で動けとも読める。

A君:しかし、将来というものが曲者で、未来は割り引かれるから、将来の費用が高くても、高いと思わない。

B君:言いたいことは、逆で、「現時点で行動に要する費用」が高くても、「現在行動を起こさない場合の損害弁済の費用」が高い可能性があれば、行動を起こすべきなのではないか。

C先生:EUの予防原則には、どうも、この経済的な判断基準が入っているような気がして仕方が無いのだ。それは、RoHS規制に見られるというのが個人的意見。
 RoHS規制は、ご存知のように、鉛などの4元素と2種類の難燃剤を電子電気機器に対して使用禁止にした。
 その後、WEEEという廃電子機器のリサイクルを実施しているのだが、EUの最大の関心事は、リサイクルコスト。いかにしてリサイクルコストを下げるかに腐心している。
 となると、RoHS規制で、有害元素の使用を禁止したのは、手分解などによって有害性の高そうなパーツを取り除くといった、コストのかかるリサイクル手法を採用しないでも、シュレッダーにいきなり掛けて、その後、金属を多少回収するという手法が安上がり。
 また、オランダは、最近、市民レベルでのゴミの分別をしなくても良いという仕組みに戻した。その理由は、コスト的にその方が安いから。

A君:「RoHSによる鉛などの有害元素の削減は予防原則的措置」だ、とEU関係者は主張していましたよね。ということは、こうですか。
 「有害物質のリスクを削減するとき、リサイクルシステムの充実よりも、使用禁止の方がコスト的に安いのなら、使用禁止という方法論を予防原則だとしてを採用すべきだ」。

B君:カルタヘナ議定書の予防原則も、もしも、RoHSが予防原則の実施例だとすると、こんなタイプの予防原則がありそうだ。

予防原則タイプ2
「有害物質を使うことが、将来経済的に不利になるのなら、使用を禁止といった予防的行動をとるべきである」。

C先生:確かに、こんな観点が最近のヨーロッパでの法律には見られるような感じだ。また、日本における水俣病患者の認定のごたごたや、アスベストによる中皮種などの患者の救済を考えてみると、このような見方が重要かもしれない。しかし、実は難しい。将来経済的に不利になる、ということは、その国あるいは地域の経済成長率に依存する。すなわち、中国のように、高い経済成長率が維持できると思っている国では、このタイプの予防原則は全く顧みられることは無いだろう。

A君:そして、そろそろ最後の『未知のリスク』に対して、どのような対処をすべきか、という話に行きますか。

C先生:グリーンピースのアドバイザー、バール・ロンダー氏の定義は、未知のリスクに対応するのも予防原則という拡張が可能なものだ。そこで、これをタイプ3とするか。

予防原則タイプ3
「『未知のリスク』に対応することも予防原則である」。


A君:もう一つの、ウィングスプレッド声明というものは、リスクアセスメントを否定していて、すべて、予防原則でやれというもの。これをタイプ4としますか。

予防原則タイプ4
「リスクはゼロにすべきであり、あらゆる予防的対応をしてこれを実現すべきである」。


B君:「未知」とは言っても、実は、かなりレベルの違う「未知」があるのかもしれない。
 例えば、有害物質の特定はできているが、排出量は分からない。いやいや、これは無い。計るものが分かっていれば、測定すれば良いだけだから。となると、有害物質の特定ができていない、というものしかないのかもしれない。となると、どんなタイプの被害が出る可能性があるかも分からない。

A君:「未知」に種類があるか、ですか。これは難しい。廃棄物系だと、どのような廃棄物がどのような混合状態で集まってくるか、それは市民任せなので、完全には分からない。しかし、未知というわけではなく、ある中央値の周りにばらつくということに過ぎない。

B君:処理量にしても、運転条件にしてもそんなもの。ある想定される中央値の周りで、若干ブレる。

A君:極めて危険なものが混入するという可能性は、現在の廃プラスチックの場合だと、作業員が見張っていて取り除くので、可能性はゼロにはならないが、かなり低い。

B君:このようにして検討すると、未知には、それほど大きな揺らぎは無いのでは。やはり、「もっともリスクの高い物質そのものが未知」ということなのでは。

C先生:多摩市の廃プラ圧縮施設の場合、杉並病と同じことが起きるという固定観念によって誘発される「未知」のようなのだ。ただ、杉並病が、硫化水素などの下水管経由の物質の放出だけで起きたかどうか、これは今となっては知りえないが、中継所からの直接の放出、中継所のある公園への農薬の散布などを含めて、なんらかの別の要素があったものと思う。
 ただ、硫化水素を特定したことから言って、排水系からの寄与がかなりあったという推測は正しいのではなだろうか。排気系からの要素が何か、これがプラスチックの圧縮によるものだったと断定することも不可能だが、そうでないと断定することも不可能。

A君:今回の未知のリスクは、原因は分からなかった杉並病だから、今回の多摩市の施設から杉並病が発生する、という恐れによって誘導された「未知リスク」ということ。

B君:これは、杉並病の原因追求をグレーのままに、住民対策を優先してしまった行政の対応が尾を引いている。もっと徹底的に解明をすべきだ。

C先生:東京都としては、杉並中継地と同じような他の施設では、問題は発生しなかったのだから、杉並は「なんらかの意味で特殊だ」、という判断だったのだと思う。それなら、他の中継地と杉並との徹底比較のデータを出すべきだったのだが、それがなんらかの理由によって、不可能だったのかもしれない。そのデータを見てから、症状が出たと名乗り出る住民が現れる確率もゼロではないからだっだかもしれない。しかし、情報があるのに完全に開示しなかったとしたら、非常に惜しまれる。

A君:フリーライダーなるものの存在を行政はどうしても気にするので。

C先生:そろそろ結論に行こう。「未知のリスク」というものに対してなぜ禁止的な対応を取らないか、ということだが、その理由はいくつかある

(1)「リスクが未知であるということは、もともとリスクが小さいからだ」、という理由がもっとも大きい。
(2)したがって、『未知のリスク』が実被害につながる可能性は低い。
(3)残念ながら、低いリスクが実被害につながるかどうか、それを予測する方法論はなくて、実際に、なんらかの被害がでるまで分からない。これは、確率論で明らか。
(4)そのためには、モニタリングを注意深く行うといった対策がもっとも適切。
(5)禁止的な対策を取るには、想定される被害の推定が無いと、現在の社会システムとは、それを許さないことになっている。


A君:(3)の最後、「確率論から明らか」、というところですが、例えば、化学物質のリスクは、10万分の1程度で制御されていて、100万分の1の制御は不可能だと言われています。その理由ですが、10万分の1程度のリスクだと、人口1億人の国で、1000人がなんらかの重大な反応を示すという意味。これなら分かるかもしれない。しかし、100万分の1だと、1億人で100人。まず、1億人が平均的にある物質に曝露されるということは考えにくい。どんな食品にも含まれているような一般的なものでないと無理で、逆に言えば、日本人が全員食べるような食品のリスクは、100万分の1リスクでも何かが分かる可能性がある。
 しかし、ある地域のみの特殊状況でリスクがある場合、例えば、曝露人口が1万人だと、そもそも10万分の1といったリスクは検出すら不可能。なぜならば、被害者の数が0.1人となってしまうから。

B君:日本人全員が共通に食べる食品のリスクというものが、その成分から判断したとき、結構リスクが大きいものがある。例えば、アフラトキシンというカビ毒。この物質の規制値は、10ppbで、ときどきこの値を超して廃棄処分になる食品がでる。ところが、この10ppbという値はかなり緩いと言われていて、子供のがんのかなりの部分は、アフラトキシンが原因ではないか、と言われている。この物質のリスクは、結構高いが、アフラトキシンを含む食品は輸入食品の大部分だから、とてもとても全数検査などが行われている訳ではない。

A君:食品でリスクの高いものの例と言えば、マグロ、キンメダイ、カジキなどに含まれるメチル水銀。水俣病の原因物質。ただし、マグロをいくら食べても水俣病になるという訳ではない。聴覚神経の反応がわずかに遅れる。

B君:ダイオキシンでも、未だにリスクが皆無という訳ではない。損失余命が1日程度はあるだろう。問題にすべきかどうか、個人的な問題だが。

A君:水道水中のヒ素のリスクも比較的高く、10万分の1で制御されていることになっている。

B君:それなら水道水を飲まないでミネラルウォータにすると、規制値が水道水の5倍も緩いから、リスクは却って高い。

A君:野菜というものの持っている農薬様物質のリスクも無いとは言えない。ジャガイモの芽などのように、植物のリスクは意外と大きいものだ。

B君:コーヒーのリスクなどは、相当に未知の要素が高い。コーヒーの成分だって、生産時期や地域によって違う。それをローストする訳だが、もともと未知の物質ができやすいプロセスがローストというやり方。すなわち、今日買ったばかりのコーヒーが、昨日まで飲んでいたコーヒーと同じだという理由はない。そもそも、コーヒーのリスクのマージンというものは比較的低くて、100倍に濃縮したものを飲ませると、場合によっては命に関わる可能性がある。

A君:サプリメントというと健康に良いと思うかもしれないが、実際に、サプリメントの過剰摂取で命が失われる

B君:食物の話ばかりしてきたが、ヒトの体が内在しているリスクも非常に大きい。例えば、女性ホルモンは乳がんの発がん物質。これをどう考えるか。また、妙な食品などを食べなくても、呼吸をすれば大量の活性酸素が発生する。しかも、活性酸素は、人体が細菌などと戦うためにも必要だし、また、発生時にヒトの体の形が決まるときにも必須の物質。要するに、ヒトの体は、リスクにさらされつつも、遺伝子損傷を修復する酵素などによって、多重に守られていて、それゆえに、長持ちするのだ。

C先生:環境を専門としている研究者の常識では、環境のリスクは、今や、食物のリスクや飲料のリスクに比較してもかなり低い。特に、タバコやアルコールのような非常にリスクの高いものを持ち出さなくてもそうなのだ。大気関係のリスクとなると、多くの場合、室内空気によるリスクの方が、室外空気のリスクよりも大きい。室内では、多種多様の物質が使われるからだ。例えば、スプレー類、カビ取り剤、化粧品、接着剤、ガスの燃焼、石油の燃焼などなど。

A君:「未知のリスク」は低いリスクだから未知なのであって、それこそ、食品、飲料、人体内部などに無限に存在しているリスクが比較的大きいこともあって、「小さな未知のリスク」に、いちいち対応していたらキリが無いという要素も強い。

B君:別の言い方もある。費用対効果が分からないと、限られた財源を投資するかどうか、といったことが議論しにくい。未知のリスクの場合、被害も分からないので、費用対効果の関係が分からない。

C先生:今週の結論は、
(1)国際的に認められた予防原則とは、『未知のリスク』に対処することではない。
(2)科学的にかなり確実に存在するリスクに対して、対応することが予防原則である。
(3)『未知のリスク』は、小さなリスクであるゆえに未知。したがって、モニタリング体制を作ることによって、注意深く対応することが有効である。

 そして、多摩市の廃プラ中間処理施設だが、現在知りうる最善の知識を根拠として判断することが妥当で、その結果から判断すると、建設・運転を延期する理由は無い。周辺の状況をよく見極めて、モニタリングをどのように実施するか、その議論だけで十分。