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      VWの排気ガススキャンダル   10.03.2015
              −排気ガス中のNOx対策−        




 大変な騒ぎである。VWは、2015年上半期の車販売数のトップになった企業で、これは初めてのことです。その数504万台。二位になったトヨタが502万台でした。僅差ではありますが、2015年通年でもトップになると予測されていました。

 それがソフトウェアになにやら妙な細工をして、シャーシダイナモに載せられて排気ガスの測定をされていることを、ハンドル操作が全くないことで検知して、NOx規制を逃れていたことがバレて、米国EPAからかなりの金額の制裁金を食らいそうです。

 その他、米国のことですから、買った客からの訴訟も覚悟をしなければなりません。総額で、一体いくらかかるのでしょうか。当然、株価が急激に落ちています。

 このような不正をするとき、バレるということをどのぐらいの確率で見込んでいるのでしょうか。東芝のときにも不思議に思ったのですが。こんな決断を、企業のトップが認めない状態で、下部組織が行う(VWはそう主張している)ということがあること自体、トップによるガバナンスが不十分な企業である証拠だと思います。

 ところで、ときどき述べておりますがガバナンスという言葉を統治と訳すのは、正しくありません。せめて「協治」と翻訳すべき言葉で、トップと組織全体との間で、コミュニケーションがうまくいっている状態を作ることがガバナンスのある組織を作る最大の条件です。すなわち、こんなことが起きるVWという組織は、社長がどう思っていたかは分からないのですが、少なくとも「不正は最大のリスクだ。だから絶対するな」という社長のメッセージが伝わっていなかったのです。東芝のように、「社長が不正をしても儲けろ」というメッセージを出したら、それは完全に終わりですが。



C先生:さて、どこから説明したら良いのやら。誰の常識レベルで説明をすべきなのだろう。

A君:エンジンの中で、どのような化学反応が起きているか、の説明から行くべき。

B君:そもそもエンジンとは何かから行くべき。そうでないと、ディーゼルとガソリンエンジンの区別も知らない人がいるかもしれない。

C先生:取り敢えず、というか、念のためというか、B君の提案を採択。

B君:了解。そもそも自動車のエンジンとはどのようなものなのか。ガソリンエンジンだと、最初からガソリンが混じった空気を圧縮してから点火プラグで点火する。燃焼で温度が高くなると爆発的に膨張。さらに、燃料が燃えてできるCO2と水蒸気のために体積が膨張も加わって、さらに膨張をする。それによって、ピストンを押し下げることで、動力を得ている。

A君:この際の反応は、ガソリンの組成をC8H18だと仮定すればですが、

 C8H18 + 12.5O2 → 8CO2 + 9H2O

温度が1500℃ぐらいまで上昇するので、温度上昇で起きる膨張で体積が5倍ぐらいになります。左辺の体積が13.5から右辺の体積は17まで増えますが、この反応による体積膨張は大したことではないです。
 勿論、圧縮比というものがあって、燃える前に燃料+空気は10倍ぐらいまで圧縮されているので、合計の膨張率は、50倍から70倍ぐらいではないですか。

B君:さて、ディーゼルエンジンのもっとも簡単な定義だけれど、ガソリンエンジンには必須の点火プラグが無いエンジンということでどうだろう。先に燃料を混ぜてから普通のガソリンエンジン以上に圧縮すると、断熱圧縮によって空気の温度が上昇して、途中で爆発してしまうので、空気を完全に圧縮して温度が高くなった直後に、ディーゼル燃料を噴射すると、自然に着火して燃焼する。圧力の高いところに燃料を吹き込むために、高圧のポンプが必要で、かつては、気筒ごとにポンプが付いていたけれど、コモンレールと呼ばれる技術が開発されて、ポンプは1台で燃料噴射ができるようになった。これでコストダウンができた。

A君:ディーゼルエンジンの方が燃費が良いということは、そもそも、ディーゼルエンジンに使う燃料の方が、発熱量が多いので、当然です。1リットルあたりの重さは、ガソリンだと740gぐらい、軽油だと820gぐらいですから、同じ1リットルでも、多くの炭素・水素を含んでいるから。

B君:ディーゼル油の方が、CO2発生量が低いということは、原油からディーゼル燃料を作る場合と、ガソリンを作る場合で、必要なエネルギー量が違うからだとされている。だから、エンジンの効率が高いという部分が無いとは言えないものの、まさに、総合的な観点から比較をしなければならない。

C先生:結論的には、圧縮率が高いからディーゼルが効率が良いし低速トルクが強い、また、燃料が重いから燃費が良い。これは、昔からそうだった。最近になって、ディーゼルが注目を集めたのは、やはり、ドイツメーカーが一斉に、、クリーンディーゼルという名前でディーゼルを推し進めたから。しかもディーゼルにターボなどの加給機を付けて、圧縮した空気を使って運転することで、さらに、高性能になるという新型を出したことが大きいのではないだろうか。

A君:最近、ヨーロッパで、レンタカーを随分運転しているようですが、やはりディーゼルは良いのですか。

C先生:このところ、レンタカーを4回ほど借りた。1回目のプラハからでは、プジョーの301という途上国向けのガソリン車だったが、これはひどかった。低速でギクシャクする感じなんだ。その後の3台が、ルーマニア・ブルガリアのオペルのInsignia、オーストリアはシュコダのYeti、クロアチア・スロベニアでは、VWのPassatだったが、いずれディーゼルだった。
 Insigniaの場合、同じ2Lという排気量のガソリンとディーゼルを比べるみると、こんな感じだ。kmあたりのCO排出量だが、ガソリンで250PSという出力のエンジンにATの組み合わせだと169gCO2/km、ディーゼルだと、出力は140PSぐらいしかないのだけれど、99gCO2/kmと圧勝。

B君:なんでガソリン車にそんなモンスターみたいなものを作るのか、理解できない。むしろ、ガソリン車なら1.6Lのダウンサイジングエンジンの170PSという出力ものと比較すべきだ。それでも、139gCO2/kmとディーゼルが圧勝だが。

A君:恐らくですが、その両者を乗り比べると、中速までの追い越し加速がディーゼルの圧勝なのでは。

C先生:Insigniaだが、ルーマニアは高速道路がほとんどない国なので、大体の道は1車線で、その制限速度は普通は90km、上り坂などになると40kmになるという道で、トラックにブロックされると、僅かなチャンスを狙って抜くしかなかった。そんなとき、ディーゼルの中速トルクが大きいことで、追い抜きはかなり楽だった。ヨーロッパの道には、適しているように思えた。
 次のシュコダだが、もともとチェコの企業だが、VWグループの一つ。モデルは、Yeti2.0TDI(ターボディーゼル)だった。110PSと出力は低い。オーストリアの高速道路と、山道を運転してみたが、やはりパワーはちょっと足りないという感じだった。カタログ燃費は、118gCO2/km。

A君:そして、最後がVWのPassat。

C先生:このエンジンは多種多様のようで、実は、そのスペックが良く分からない。分かっていることは、ターボであること。いずれにしても、低速はそうでもないのだけれど、高速になるとエンジンのトルクは相当なもので、制限速度が130kmの高速道路で走っていても、それから普通に加速する。普通の道路だと、Insigniaの方がパワフルだったが、高速だと圧倒的にPassatだった。

A君:ということで、Passatの高速トルク、Insigniaの中速トルクですか。

B君:この高速トルクを米国の道路で発揮するには、かなりスピードオーバーを覚悟しないと無理。米国のInterstateの高速道路の制限速度は、場所によってばらばら。1995年までは、どこでも55マイル(88km)だったのだが、今は、65マイル、70マイル、75マイルなど州が決めることができるようになった。

A君:いずれにしても、高速道路の制限スピードは、日本が非常に遅く、次に遅いのが米国で、ヨーロッパは速い。これがPassatは未だに速度無制限の高速区間が残っているドイツだから作る車ということになりますか。

C先生:そろそろ、本題である排気ガスの規制、削減方法などに行くか。

A君:ガソリンエンジンですと、これ以上エンジンからの排気をキレイにしなくても、というレベルになっています。そうなった最初の動きが、昭和50年、51年、そして、53年規制(1978年施行)でした。その後、平成12年(2000年施行)排ガス規制まあ、完成。

B君:しかし、遅れていたディーゼル車に対する規制は、なかなか進まなかった。初めて、粒子状物質に対する規制ができたのが、平成15年(2003年施行)。

A君:粒子状物質、というと分かりにくいのですが、当時のディーゼルが出していたのは黒煙だったといえば、かなり分かりやすいですね。

B君:そう。その黒煙の規制が始まった。それには、石原東京都知事の貢献が大きい。首都圏の黒煙規制を条例レベルで開始したので、それが周辺に広がって行った。

A君:不思議な事に、日本はディーゼルからのNOxに対して厳しい規制値を使っていて、黒煙(PM)に対して緩く、一方、ヨーロッパの規制は、粒子状物質に対して厳しく、NOxに対しては緩かった

B君:それは、歴史的にどのような公害被害者がいたかということが決定的なのだと思う。日本の場合、大気汚染というと、その結末は気管支炎や喘息だった時代が長く続いた。これは、硫黄酸化物SOxが原因だったのではないか、と考えられる。SOxの発生は、工場・発電所での石炭の燃焼などが主たる原因だった。そして、その対策が完了し、都市部における自動車からの排気が問題になると、同じく、酸化物である窒素酸化物NOxが注目を集めた。やはりSOxと同様に、気管や肺などの呼吸器に悪影響を与えると考えられたからだ。

A君:それに対して、黒煙のような目で見える粒子状物質は、呼吸器疾患の原因や発がん性などがあると考えられるのだけれど、当初は、「気体は肺の奥まで入る。だから、気体であるNOxに比較すると、固体である粒子状物質は無害に思えた」のかもしれません。そのため、車公害病患者が発生したのはNOxが原因という思い込み、実は、患者側の思い込みかもしれませんが、長く続いたのではないでしょうか。

B君:そのためもあって、日本のディーゼル排ガスの規制は、欧州の動向と全く違っていて、NOx対策が先行したのだ。

A君:そして、重要なことを一つ指摘しますが、ディーゼル排ガス中のNOxと粒子状物質は、一方を減らそうと思えば、他方が増えてしまうという、相反する特性があります。それも当り前で、NOxは、安定な窒素という元素を酸化しなければできない訳で、排ガスが酸化雰囲気になると、出るようになります。一方、黒煙は炭素成分ですから、還元雰囲気で出ることになります。

B君:車の場合、燃料と空気の比が重要で、これを空燃比と呼ばれるのだけれど、空気を増やせば、排ガスは酸化雰囲気に、燃料を増やせば排ガスは還元雰囲気になる。空気量を増やせばNOxが出て。燃料を増やせば黒煙が出る

A君:自動車会社では、燃費を改善したいという思いが強い。しばらく前までは、燃料の量を少なくした希薄燃焼が主流になっていました。要するに、酸化雰囲気での燃焼ということを意味します。となるとNOxが出るのが普通の状態ということになります。

B君:現状の排ガス処理だけれど、ガソリンエンジンだと、三元触媒と呼ばれる触媒を用いて、NOx、CO、燃え残りの燃料である炭化水素(HC)、を同時に処理する方法が使われている。それは、空気と燃料が本当に1:1、すなわち、酸素が酸化することができる燃料の量を常時適切に供給していれば、酸化されすぎて出来たNOxと、酸化できなくてできたCO+HCは、当然同じ量なので(酸化剤と還元剤が当量)、処理すればすべてゼロにできる。

A君:やや難しい言葉ですが、理論空燃比を実現すれば、排ガスは三元触媒で完全に処理できる、と言えます。しかし、これは、ガソリンエンジンだけの話。

B君:そうなのだ、ディーゼルエンジンは、かつての日本では、空気が少ない状況で運転されているケースが多かったのだけれど、ヨーロッパでは、目に見える黒煙と臭い排気を出さないで、NOxがでるような条件、すなわち、空気が多目の混合比でディーゼルを運転していた。これだと、排気中には酸素が余っている状態なので、三元触媒は使えない。

C先生:ガソリンの希薄燃焼時代の話になるが、ある発明があった。希薄燃焼では、ディーゼル程ではないものの、ガソリンエンジンからもNOxがでてしまうのだ。そこで、考えられたのが、NOx吸蔵還元型三元触媒というものだった。希薄燃焼をしているときに出たNOxを触媒が吸蔵する。具体的には、バリウムなどの金属を触媒に入れておくと、バリウムがNOxを吸蔵してくれる。その後、一時的に空燃比を燃料リッチにして、還元状態をつくると、その瞬間に、バリウムはNOxを手放す。すかさずそれを分解するという仕組みだ。

A君:トヨタ自動車の原田淳氏などが発明。

B君:大分長い長いイントロになったけれど、これに似た仕組みをVWのディーゼル車は装備していたらしい。

A君:ところが問題があって、VWは、ディーゼルエンジン用に用意した触媒の寿命には、自信が無かった。なんといっても、米国の排ガス規制は、20万キロ走行後にも、排ガス浄化の性能はキープされていなければならないのです。

B君:大体、20万キロ走行後も、といえば相当な距離。日本だと、そこまで乗る車はタクシーぐらい。米国だとそんな車が普通に乗用車としても存在しているということなんだろうな。

A君:そこで、高速道路走行時には、吸蔵されたNOxを還元するために一時的に燃料リッチにするということをスキップするようなプログラムを書いたのですね。高速時には、かなり大量にNOxが出ているはずなので、一時的といっても、かなりの頻度で燃料リッチ状態を作らなかればならないので。燃料リッチにすれば、燃費は低下するので、ユーザの評判が落ちることにもなります。

B君:メルセデス・ベンツのブルーテックと呼ばれるディーゼルエンジンでは、触媒だけでなく、尿素水を搭載していて、NOxの量が増えると、尿素水を噴射。尿素が分解されてできるアンモニアでNOxを中和をするという方法も採用されている。(亜)硝酸アンモニウムという物質が、排気管から放出されることになりそうだが、まあ、無害に近い物質だと言える。しかし、これでは困るので、触媒によって、窒素と酸素と水に分解されて放出される。

A君:ところが、この尿素水は、燃料と同様にある量を補給しなければならないこと、さらに、このような液体を排ガスに吹き込む装置を搭載しなければならないので、エンジンのコストが高くなると同時に、小型車だとそれをどこに搭載するか、ということが大きな問題になります。

B君:VWのゴルフのような小型車だと、搭載する場所がそもそも無い。しかも、この装置もかなり車の値段を上げてしまう。ベンツなら、価格の中に入れるこができるが、ゴルフでは無理だという判断をしたのが、VWだったのだろう。

A君:ゴルフが値段が上がってしまったら、勝負にならないとVWは判断したということですね。となると、世界を欺く制御をする以外に方法が無かった。

B君:こんな状況を招いたのも、自動車評論家が、クリーンディーゼルとか言って、VWのディーゼルを褒めるからいけない。クリーンディーゼルという名称だって、ディーゼルとしてはクリーン、という意味だと考えるべきで、たとえマツダのディーゼルでも、ガソリン車の排気同等。よりキレイということではない。

A君:そもそも、マツダのディーゼルは、米国のディーゼル車の規制をクリアできないとの判断なのでしょう、米国では販売されていませんからね。賢い判断だと思いますが。
 ちなみに、米国で販売されているディーゼル車は、VWと同じグループのAudi、Porsche以外には、BMW、Mercedes-Benz、Chevrolet(GM)、Jeep、RAM(トラック)のみです。

C先生:これでVWのやったことが、その動機を含めて分かったと思う。ということで、そろそろ終わりにしよう。

A君:まだ関連して、記事が必要です。それは、NOxなどの有害性。NOx、PMなどの大気汚染で、毎年300万人が死亡している、という記事が、NHKや日本経済新聞で、9月17日に報道されました。

C先生:そうだった。というのも、自動車評論家の中では極めてまともと思われる国沢光宏氏が、自分のブログで、「NOxを毒ガス扱い」、「VWディーゼル不正の概要判明」などの記事を書いているが、その中に、次のような問題発言がある。「幸いなことは、死者が出ていないし、今後も出ることはないということである」。
 この発言は、上述の「大気汚染で毎年300万人が死亡している」、という記事と完全に矛盾しているようにも思えるでしょう。評論家としては、不用意な発言だと思う。どのように発言することが、何を意味するか、これを考えてみることを次回のテーマにしたい。
 これが分からないと、VWのディーゼル疑惑の本当の意味が良く分からないと思うのだ。
 今、結論だけを述べれば、国沢氏の認識は間違っていて、NOxでも死者は出るのだ。ただし、大気汚染による死者の数をどうやって数えるのか、など、かなり細かいことまで知らないと、環境疫学と呼ばれる分野の数字が何を意味するかを理解することができないということも現実なのだ。