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  1mSvの被曝基準
  07.22.2012 
          その根拠は受容性だった




 先日(7月5〜6日)、日本学術会議で、安全工学シンポジウムというものが開催された。このシンポジウムは、主催が日本学術会議ではあるが、実体としては、様々な学会が持ち回りで開催しているもので、今回は、日本化学会が幹事学会であった。化学会が構成した実行委員会の委員長を仰せつかったもので、基調講演は、化学物質のリスク管理の第一人者である中西準子先生にお願いした。

 中西先生の講演は、いつものように極めて理論的であったが、一般の市民が要求していることは、リスク評価ではなく、もっと確定的なYes, Noであることを、Burtrand Russellの"Certainty"を引用されて主張された。話題は、勿論、低線量被曝のリスクについてであった。

 調べてみると、Burtrand Russellは、確かにcertaintyについて、色々なことを言っている。

 The demand for certainty is one which is natural to man, but is nevertheless an intellectual vice.

 それにしても、これを何と訳すのが良いのだろう。

 筆者の試訳:確実さを得たいという欲望は、人類にとって極めて自然なことであるが、とはいっても、それが知的な要求かと言えば、むしろ知的悪徳に属することではないか。

 確定的な表現についてどうすることができるのか、もう一度考えなおしてみたい。

 それはそれとして、中西先生の講演で、全く新しいことを聞いた。それは、4月1日から施行されている食品衛生法の放射線基準の元となっている1mSv/年という数値の根拠は何か、という話である。実に、全く知らなかった。驚くべき話だった。



C先生:本日は、これまでどんな情報を提供できたのかを反省すると同時に、中西先生の講演に触発された部分があるので、それを新たに検討しなおしてみよう。それは、4月1日からの厚労省による食品の放射線基準の根拠となったCODEXの基準についてだ。

A君:食品安全委員会がリスク評価を行ったことになっているのですが、その結論は、例の「一生で100mSv以内なら安全」という妙なもので、厚労省は、これを「リスク評価になっていない」として却下。

B君:そして、CODEXの基準である年間1mSvを採用した。
 情報は、Codex CXS_193e.pdfで検索して下さい。

A君:世間一般に、1mSv/年以下なら安全、それ以上だと危険と理解されている。

B君:1mSv/年なら安全、それを超すと危険だとCODEXが言っているのか。

A君:いや。勿論、そんなことを言う訳もないですよ。1mSv/年の基準については、ICRPの1990年勧告が元になっています。

C先生:ICRPの英語の文書は、有料で、買わなければならない。日本語のものもあるかもしれないがこれも有料。
 放射線審議会が1998年に6月に意見具申としてまとめている文書がある。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/81009.htm#05

A君:しかし、全部が書かれている訳でもないですね。

B君:ATOMICAはどうだ。これになるかな。よく分からないが。
https://www.google.com/url?q=http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php%3
FTitle_Key%3D09-04-01-08&sa=U&ei=x2kCUJ3PFIedmQXv_vTrCQ&ved=0CAcQFjAB
&client=internal-uds-cse&usg=AFQjCNFDGzcO7yA--W0Qk0i8pPzMg2DCAg

C先生:実は、中西先生に、ICRP1990年勧告の該当するページを、2パラグラフ分だけがが必要だったのだが、送ってもらった。キチンと読むと、これまで聞いたことのないような内容が書かれており、それで、1mSvという公衆の基準が決まったことが分かる。パラグラフ190と191がそれ。

(190) At least two approaches are possible in choosing a dose limit for pubulic exposure. The first is the same as that used for choosing occupational limits. Assessing the consequences is no more difficult than in the occupational case, but judging the point at which these consequences can reasonablly the descibed as unacceptable is much more difficult.
 The second approach is to base the judgement on the variation in the existing level of dose from natural sources. This natural bakcground may not be harmless, but it makes only a small contribution to the health detriment which society experiences. It may not be welcome, but the variations from place to place (excluding the large variation in the dose from radon in dwellings) can hardly be called unacceptable.

(190)公衆の被曝限界を決めるのには、二種類の方法がありうる。一つは、職業的な被曝限界を決めたときに用いた方法である。被曝の帰結を評価することに何も難しいことは無いのだが、これ以上の値は受容できない、という限界を決めるのは難しい
 もう一つの方法は、自然放射線の場所による違いを判断基準にするという方法。自然放射線は無害だと断言できる訳ではないが(ICRPはLNTを採用しているので、ゼロ以外の放射線量について、それは無害だとは言わない)、公衆は自分の経験から、健康に悪影響があると思うことはないものがある。自然放射線量も場所場所で違うが、その地域差の範囲内であれば、加えて、ラドンによる大きな違いを除けば(ヨーロッパではラドン被曝は地域によって大きく異なる)、「受容できない」とは言えないはずである。

A君:これだけだと、1mSvが基準であるという記述がないですね。

C先生:そう。それが(191)に書かれている。ただし、最初の文ではなくて、4番目と5番目の文章だ。

(191) Excluding the very variable exposures to radon, the annual effective dose from natural sources is about 1mSv, with values at high altitudes abouve sea level and in some geological araeas of at least twice this. On the baseis of all these considerations, the Commission recommends an annual limit on effective dose of 1mSv.

(191)ラドンによる非常に差が大きな被曝を除けば、自然放射線による年間の実効線量は大体1mSv程度である。ただし、標高の高いところ(宇宙線の影響、岩盤の影響)や、やや特殊な鉱物がある地質上の影響で、2倍ぐらいのところもある。この相違を考えて、ICRPは、1mSvを年間実効被曝の基準にすることを提案する。


A君:要するに、何をどう考えても、公衆が受容できる(Acceptable)と言うことができるレベルを選択した。それは、自然放射線の場所による違いの範囲とほぼ同じ1mSvである。ただし、ラドンへの被曝はかなり場所によって違うので、それは除く、ということ。

B君:日本の自然放射線はかなり低くて、東京は0.91mSv。神奈川県が最低で0.81mSv。最大が香川県で1.18mSv。その違いは地質。花崗岩の多い地質だと高い。
 世界的には、極端に高いところ、イランのラムサールとかインドのケララ州とかを除くと、ヨーロッパの高いところでも、2〜3mSv程度ではないだろうか。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09010505/01.gif

A君:フランスのルイヴィトンの本店の前の石畳での計測値がWebに有った。3.4mSvぐらいになる。もっとも測定した高さが違うので、なんとも言いがたいのですが。

B君:スウェーデンなどにはウランを含む花崗岩の地質のところもあって、自然放射線が高いというだ。

A君:要するに、地域によって、差が1mSvぐらいはあるということ。この地域の差ぐらいは、そこに住む人々も、「まあしょうがないよね」と言うだろう。だから、この1mSvを基準値にしようということを、ICRPは提案したということになります。

B君:驚くべき発想で1mSvが決められていることが分かる。

C先生:この話を聞いたのは、中西先生の講演が最初だった。送ってもらった文書をチェックして、確かに、1990年勧告にそのように書かれている。だから、他のICRPの関係者から聞いても良い話なのに、聞いたことがない。なぜだろう。

A君:ICRPに近い人からの話の感触では、1mSvは安全と危険との境目ではなくて、管理基準だということですね。

B君:管理基準だという意味は、これをしっかり守ることによって、決して過大な被曝を受ける人はでないという意味。

A君:一般公衆が、「しょうがない」という量であるということとはかなり違う。

C先生:実は、7月11日に、東大農学部のアネックスで、シンポジウムのようなものをやった。そこで、中西先生の講演を紹介したところ、ICRPとの関係が深い参加者からの言い方だと、公衆は1mSvになったのだが、それ以前から、職業的な被曝限界として50mSv/年というものがあって、これで十二分に放射線防護を実施できていきた。安全が証明できている職業としての被曝限界の1/50なら、十分なマージンと言えるのでこの1mSvが採用されたのではないか、と主張された。

A君:同じ主張は、毎日新聞の小島さんの本、「誤解だらけの放射能ニュース」エネルギーフォーラム新書のp70に、同じことが紹介されています。

C先生:これもこれで分かり易い説明ではあるが事実とは違うことが判明した。中西先生に書いた講演の御礼のメールで、公衆のリスクを1/10000になるようにして1mSvが決まったと思っていました、ということを書いたところ、そんなことは無いと指摘されて、1990年勧告の英文が届いた訳だ。

A君:やはり、原文を読まないと駄目ですね。

B君:ICRPの原文が有料だというのは、なんとかして欲しい。$291.95もするのだ。日本政府が版権を買い取ってでも、日本語版の完全訳を無料公開すべきではないか。いやいや、調べてみたら、日本アイソトープ協会が日本語訳を販売している。1990年勧告の訳本は2853円。

C先生:ところで、関東地方でも、柏市など、千葉県では放射線の高いところがある。どのぐらいだっけ。

A君:柏市などの千葉のホットスポットと呼ばれるところでの測定値は、放射線医学総合研究所によるものが公開されていて、
http://www.pref.chiba.lg.jp/taiki/press/2011/documents/230905map.jpg
我孫子市などで、0.36μSv/hになっています。2011年9月5日に更新されていますが、測定日時は不明。

B君:24時間室外にいたとして年間被曝量に変換すると3.15mSvといったところか。パリの街中とは言えないが、ヨーロッパの自然放射線の高いところと同じレベルのように思える。

A君:24時間その場所に居る訳でもないですし、夜は屋内に居ることを考えれば、この数値であれば、問題はないですね。

B君:もう一つ、ICRPが言っていることがある。それは、「1mSv/年とは言っても、毎年毎年この値を厳密に守るべきだとは思っていない。一応の目安として、5年間の平均値が1mSvになるように、といった運用で十分である」

A君:セシウム134の半減期が2.06年。最初は、セシウム137とほぼ同量存在していたものが、134は早めに弱くなる。4年間経つと、放射線の強さは1/4になっている。

B君:セシウム137からの放射線は4年間ではほとんど強度は落ちないが、全体としては2/3には減ると考えて良い。

A君:セシウム134の徐々に落ちていく線量の5年間の平均値を計算すると、丁度半分ぐらいということになりますね。半年後の数値として我孫子の3.15mSvだったとして、134と137との和で、2.45mSvぐらい。

B君:これなら、室内に居る時間を計算すれば、5年間平均で1mSvの基準値もクリアーできる程度ということになる。

A君:しかし、安心してくれるかどうかは、問題あり。

B君:そうだな。しばしば自然放射線、例えば、カリウム40は無害だが、千葉の被曝はセシウム134,137という人工放射線だから危険だ、という主張をする人がいるけど、これは、ある特殊な主張をもつ人が言いふらした大ウソが伝言ゲームで広まったもの。

A君:放射線そのものに、天然も自然も人工もない。自然放射線が無害ということもない。先ほどの1990年勧告の文章にもあるように、ラドンの被曝は、α線β線がバンバンと出るタイプの被曝だし、もともと気体だから肺に吸い込むと、そこでポロニウムや鉛になって固体になるから、その場所に留まる。余り嬉しくないタイプの自然被曝。

B君:詳細は、
http://www.yasuienv.net/IntRadon.htm
ここを参照していただきたい。

C先生:今回、中西先生の安全工学シンポジウムでの講演をキッカケとして、オリジナルのICRPの1990年勧告を読んでみて、1mSvというものの本当の意味が、これまで考えていた一定のリスク以下の値というものではなくて、一般公衆の受容という、極めて心理的なもので決まっていることが分かった。
 これは、ひょっとすると、日本におけるICRPと関係が深い人でも、全員が知っていることでは無いのかもしれない。当然、メディアも知らないのではないか。
 1mSvが心理的な考察から決まった受容値だとしたら、それこそ、これ以下の被曝は安全で、これを超したら危険だといったこととは、事実とは全く違うことになる。
 まして、この1mSvは法律で決まっている安全上の数値なのだから、この値を絶対遵守しなければならないという値では全く無いことになる。
 この1mSvを基準値として、除染をやりますと言っている環境省の見解も妙なことなのかもしれない。その地域の住民が受容すれば、実は、1mSvではなくて、ヨーロッパの自然放射線並の数値でも良いのかもしれない。
 さらに、ICRP自身が、毎年のばらつきはあるだろうから、5年間での平均値として考えれば良いと言っている。受容値であることを考えると、5年間の平均をするというのも変なのではあるが。
 となると、放射線を管理している人が毎年毎年厳密に遵守しなければならない数値という訳でもなさそうだ。例えば、発電所の周辺の住民に対して、今年は、1mSvの基準値をちょっと超えてしまったけど、来年はしっかり下げますから、という言い訳が通用してしまいそうな気がするが、これはどうなのだろう。
 いずれにしても、日本的な厳格に法律を守る国が考える基準の根拠とは、相当に違った心理的要素という根拠をもった基準値のようではある。もう一度、すべてを考えなおすべきなのかもしれない。