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  水危機 ほんとうの話
   08.12.2012



 先週から、久々にグローバル規模の環境問題の整理を始めている。今回は、水を取り上げたい。その理由は、いわゆる地球温暖化問題というものが引き起こす危機の大部分は、温暖化、すなわち、温度の上昇が本当の問題ではなくて、実は、水の問題が多いからである。

 温暖化という表現は、誤解を招きやすいので、正しくは、気候変動という言葉で表現すべき問題なのであるが、日本では依然として地球温暖化と呼ばれている。これだと、温度上昇だけが問題のように思われるが、そもそも気候とは、温度だけでなく、降水量を合わせた2つの因子で決められるものであり、気候が、その地域の人間活動を決める大きな要因なのである。実際の人間活動は、気温が決めるというよりも、むしろ、降水量に依存する部分が大きい。したがって、水の勉強は極めて重要である。


本日のポイント:水に関しては、誤解も多い。

●多様な知識を身につける以外に方法はない。本を読むのが確実。
●気候変動(いわゆる温暖化)の影響は、水が関わった形で現れることが予測される。
●その最終型は、農民の生活の場が水不足、水過剰によって破壊され、移住を強いられることか。


 そして、このような文脈の中で、ご紹介するのが、この本である。

「水危機 ほんとうの話」
 沖大幹著 新潮選書 2012年6月20日発行  本体1500円

目次 
第一章 水惑星の文明
第二章 水、食料、エネルギー
第三章 日本の水と文化
第四章 水循環の理
第五章 水危機の虚実
第六章 水問題の解決に向けて


 中味が本格的なので、いささか本の題名が柔らかすぎるような気もするが、一読をすることをお薦めしたい。これだけの中味ならば、お買い得である。

 様々な指摘がなされている。水について、正しい理解をしていると思っている人であっても、この本を読むことによって、これまで誤解していたことに気づくだろう。

 以下のような指摘がなされているが、そのひとつでも疑問だと思ったら、是非、お読みいただきたい。


真実の指摘
●地球上の水は無くならない
 しかし、使いやすい水は、0.01%しかない。

●流れている量だけが持続可能な水資源
 水は、自分自身で自分を運んでいる。流れていない水を使おうとすると、それには大変な作業が必要となる。

●水資源は時空間的に偏在している
 大雨、洪水、渇水という言葉があるから当然である。

●水はローカルな資源
 持ち運ぶには、余りにも価格が安い。

●水を使うということは汚すということである
 風呂に入る、食器を洗う、水洗トイレ、などなど、水を汚すために使っている

●足りないのは水質が適切で安価で大量に使える水
 運べる水の代表であるペットボトル入りの水の価格は、通常の水の1000倍

●水資源は重さあたりは安価

●水資源は安価すぎて運べない

●水が得られない理由は分配の問題
 水を適正に分配するには、インフラが必要不可欠。水道管によって配ることがもっとも合理的。

●分配は、誰かが過剰利用をしているからと言うよりも、経済的問題が大きい
 インフラ整備ができるようになるには、社会的な成熟度が必須

●水が足りなくなるとお腹が減る
 水の最大の消費(蒸発量を消費と呼ぶ)の目的は、食料生産なのだから当たり前。

●飲み水が足らなくなるのは最後
 確かに。地震などでも、飲み水に困るというよりは、他の用途の水に困る。

 いかがだろうか。このような記述を真実だと信じることができれば、特に、この本を買う必要はないかもしれない。

 しかし、沖先生は、以下のような指摘もしている。個人的な見解も含めて、若干の解説をしたい。


水の環境問題の誤解の七不思議
◆節水は善行であると思っている人が多い
  真:節水は、生活費の節約という意味で善行かもしれないが、節水をしすぎることによって、水道事業が苦しくなる

◆仮想水の輸入が多いことに罪悪感をもつ人が多い
  真:水はローカルな産物なので、そのやり取りを食料で行うのは合理性がある

◆ワインやビールだと外国産の輸入ならOKなのに、ペット入りの水は嫌いという人がいる
 これだけは意見が違う。安全な水なら、水道水で良いと思っているからだ。そう思うことによって、無駄なエネルギーや材料の消費を避けることができる。これは、p263に書かれていることと矛盾する。「気候変動に貢献するためにと、レジ袋を貰わないという行動は、若干なりとも有効であるが、水はローカルな資源なので、水を節約したところで、世界の水問題に貢献することはできない」。
 しかし、もしも水の味が分かるという人がいるのであれば、それはご自由に。

◆使ったら無くなる化石燃料は仕方ないと思うのに、化石水は使ってはいけない気がする
 これも意見が若干違う。化石燃料は輸送が可能であるので、農業という産業が、ある場所で、化石燃料の過度の使用によって無くなることはない。地球全体は確かに困るが、エネルギーは、物質ではないので、他の方法によっても作り出すことができる。化石水が枯渇して困るということは、ナウルのグアナが枯渇してしまうことと同じであり、やはり悲劇かもしれない。

◆木を植えると洪水も渇水も解決されると思っている
 基本的には、水があるところに木が生える。そのため、木とヒトは、水を奪い合う関係でもある。黄河断流の原因は植林だという説が有力。
 洪水は、多少緩和されるかもしれないが、それには、林地の手入れが必須である。もっとも問題は放置林である。
 保水力も圧倒的に高まる訳ではない。

◆古い地下水ほど良質と思って有難いと思う
 地下水は岩や土に接触しているので、鉱物分を溶かす。硬度が高すぎる水は、下剤としての作用を持つ。

◆食料供給、エネルギー、交通、通信の民営化が平気なのに、水供給だけは官が良いと思う
 今回の福島の原発事故で、エネルギーは、安全最優先が実現できる官が良かったのではないか、と考えるようになった。しかし、官は何をやるにしても下手なので、民と官の合弁が良いのかもしれない。

 皆さんのご意見は、どうでしょうか。


 以上のような記述があることに加えて、この本では答が明示的に示されている訳ではないが、以下のような疑問点が提示されている。答は、本文を読んだ結果に、個人的な見解を加えて書いてみた。


様々な疑問に答える
▲21世紀は水紛争の世紀か
  答:ならない。

▲文明はなぜ大河のほとりなのか
  答:降水が多い上流地域をもつ大河のほとりに文明が開花した。それは、「乾燥地帯だが水は十分にある状況」が農業生産にとって、最高の条件だから。これはあたり前で、農作物には、日照と水の二つの要素が重要だから。

▲なぜ日本の森林は山にあるのか
  答:平地は農地だから。

▲水は誰のものか
  答:川の水は公水、地下水は私水。それなら、水利権とは何なのか。

▲ダムは無駄か
  答:ダム建設によって利用可能になる水の量は、貯水量自体よりも遥かに多くなる。すなわち、貯水できることによって、無駄に河川水を増やしたり、不足しているときにも、少々放流することによって、雨量を平均的に使うことができるから

▲水(WFP:ウォーターフットプリント)に課金される時代になるか
  答:まずあり得ない。理由は水のローカルな性質。これは、どこで出しても地球レベルの影響があるCO2とは違う。

▲水道水がまずいからミネラルウォータが売れたのか
  答:むしろコーラやジュースの代替として飲まれるようになった。

▲海洋深層水はなぜ高価なのか
  答:濃い塩水を飲料水にする無駄をしているから

▲外国資本による水源林の買い占めは危機か
  答:過疎地域に産業が生まれる可能性だと考えればどうだろう

▲水害はなぜ繰り返されるのか
  答:治水は絶対安全を求めて行われている訳ではない。投入するコストと得られる安全のバランスを考えて行われているので、若干の水害はどうしても起きてしまう

▲なぜ地球温暖化に伴う温度変動だけが注目されるのか
  答:気候変動は、水に与える影響が決定的なのに。同感。個人的にも、気候変動は水が変化するから重要だと思っていて、やはり、気候の変動幅が大きくなると、水不足=干魃、水過剰=洪水が増えることは必然なのではないか、と思っている。
 しかし、温度変動が水の供給に影響を与えるという状況も起き始めている。
 それは、高山に雪氷として蓄えられた水を灌漑用に使っている地域。温暖化して冬に雪ではなくて、雨が降るようになると、白いダムである積雪が少なくなる。しかも、気温が上昇すれば、それまで春になってから川に水が流れるのが普通だったのが、早春の日照がまだ不十分な時期に水が流れ、春には、水が不足する事態が起きかねない。
 溜池を作ることによって対応をすれば良いのだが、それができない地域もないとは言えない。

▲海水淡水化で水問題のすべてが解決か
  答:エネルギー多消費の技術なので、水の獲得をエネルギーに押し付ける技術

▲なぜもっと人工降雨、気象改変が普及しない
  答:雲がないところに雨を降らせる技術ではない

▲世界の水問題の解決に寄与する市民の行動とは
  答:遠いところの水(仮想水)だけでなく、近いところの水もよくよく考えて欲しい。


C先生:ここから先は、沖先生の本を離れて、我々の見解を述べてみたい。
 話題は唯一つ。気候変動が降水の分布を変えてしまうとすれば、最悪の事態はどのようなものだろうか。

A君:気候変動によって水の状態が変わること、これは事実で、現象としては、水不足、水過剰という状態が起きる。水過剰は、それこそ災害なので、比較的短期に終わるでしょうが、水不足が定常化してしまうと、それこそ乾燥地になってしまう。

B君:気候変動によって乾燥地になる場所は、IPCCの第四次報告書の図が分かりやすい。


図 IPCC第四次報告書 淡水量の増減予測

B君:乾燥化が進む地域と、むしろ、降雨量が増大する地域があることが分かる。

A君:温度が上昇すれば、海水からの蒸発量が増えることになって、世界全体の降雨量は増える。しかし、どこに雨が降るかは均一ではないので、世界全体がある傾向を持つといことではないですね。

B君:地球の気候は赤道が決めていて、その影響がその北の部分に及ぶ、と考えれば良い。アフリカでは、赤道があるのは、ヴィクトリア湖のあたりで、ガーナなどは北半球。このあたりの気温が上昇すれば、上昇気流が強くなる。上昇した空気は、冷やされて、北側と南側に降りてくるが、もともと、陸地で暖められた空気だけに、水分の含有量は少ない。その場所は高気圧に覆われていることになって、しかも、雨は降らない。現在のサハラ砂漠がそんな場所。

A君:もしも赤道付近の温度が上昇すれば、冷やされて下降するのにも若干時間が掛かることになって、現在のサハラ砂漠よりも北側である地中海付近に降りてくる。となると、地中海の乾燥地帯が北に広がって、フランス、旧ユーゴ、ギリシャ、トルコあたりが乾燥地帯になることが予測される。

B君:簡単に言えば、サハラ砂漠の南には雨が増え、北では雨が減る。

A君:オーストラリアについては、西南部の乾燥地帯がますます乾燥地帯になる。

B君:アメリカ大陸で言えば、メキシコから米国中西部が乾燥地帯になる。

A君:米国のこのあたりは、すでに半乾燥地帯。カンザス州の東部と西部のGoogleMapの違いを示します。


図 米国カンザス州東部の農地


図 米国カンザス州西部の農地 オガララ帯水層の化石水を使って灌漑をしている地域

B君:このカンザス州西部のようなところの乾燥化が進めば、この地域は、オガララ帯水層と呼ばれる化石水の取水をますます強めることになる。そうして、恐らく、2100年までには、枯渇させてしまうように思える。

A君:水が枯渇したら、この地域は、恐らく、農業の経営効率が激減して、農家は移住を強いられるのではないですか。

B君:ここで移住を強いられたら、どこに行くのか。カナダではないか。カナダの北部に気候変動によって新たな農地が広がることになるだろうから。

A君:米国からカナダへの移住なら、余り問題は無さそうですね。

B君:しかし、メキシコからアメリカへの移住となると、そう簡単にはできない。

A君:他に乾燥化が進むとしたら、トルコが大きいかもしれないですね。トルコの農民はどこに行くのか。

B君:移動しないで、すでに行われているが、乾燥地での果樹農業(アプリコット、ヘーゼルナッツ、チェリー、イチジクの生産量は世界第1位(2010年))を強化することになるのではないだろうか。水が減れば、イスラエルのような点滴灌漑を行うような型式だろうか。

A君:2010年のGDPの8.4%が農業。農業従事者の割合が東部だと50%以上あるらしいですね。そのぐらいでも水があれば、なんとかなりそうですが、大丈夫でしょうかね。

B君:それはなんとも分からない。もしも、決定的に駄目になったら、農業を止めて、商売替えだということになる。

A君:日本が輸入しているクロマグロの養殖に転職でしょうか。

B君:トルコの農業は、東部の内陸部に多いようだから、地中海沿岸は水産業にということがあっても、それは無理。

A君:農業の継続が困難になる国の一つがトルコかもしれませんね。

B君:トルコの東部と言えば、クルド人の居住地。一時期、ゲリラ活動をしていたが、気候変動によって乾燥化が進むと、またまた、内乱状態が勃発する危険性もある。

C先生:気候変動による最悪シナリオは、どうも、ある地域で農業が不可能になるということではないか、というのは、こんな意味。アフリカの経済発展を見ても、政治の影響は極めて大きい。最善は、良い政治が行われていることだが、アフリカだと、悪い独裁者が支配していることも多い。しかし、悪い独裁者であっても、平和が保たれていれば、その国の経済は成長するもののようだ。勿論、分配がどうなっているのかは大問題だが。平和が保たれなくて、内乱状態になっている国は、決して経済が発展しない。そうなれば、貧困は続く。子どもが労働力だとみなされる状況が無くならない限り、人口は増え続ける。

A君:バングラデシュのように、洪水が大問題だった国の方が、農業もなんとかなって、産業化が進んでいるというのが現実ではないでしょうか。洪水は、やはり一時的なものなのでしょう。

B君:それはそうだ。乾燥化が進めば、水が無いということなのだから、これは致命的。

C先生:地球の気候変動によって、降水分布が変わるということが起きれば、その最悪のケースがやはり政治的不安定さを生じるということだろう。これが続く限り、地球上の人口の減少が不可能になる。

最後の文章が分かりにくいというご指摘があったので、ちょっと追加します。8月17日夜。

 干魃によって、ある地域が内戦状態になったとすると、その国の政治的情勢が不安定になる。難民が出るといった事態になると、経済はその期間、大幅に後退する。これが途上国で起きれば、極度の貧困状態に戻ることを意味し、子どもを増やして、それを労働力にする行為が復活してしまう。折角、現時点までで進行してきた途上国の出生率の低下が、降水分布の変化によって終わってしまうことを意味し、地球上の人口は再度増加に転じる可能性がある。実は、経済の過度な減速が、地球上での人類の持続可能性を損なうほぼ唯一のシナリオである。

 追加:ちなみに、これが、今、書いている本の結論の一つです。