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  何が変わったのか 10.30.2004



 このところ中野区の区民講座で連続5回の講義を行っている。各回2時間である。

 前回(10月27日)、「安心と安全の環境問題」の話題を取り上げたが、やはり一般市民としては、化学物質がなんらかの影響を与えて、子供などがアレルギーになっていると思っているようだ。

 そんな折、このような本を読めば大丈夫、と推薦できそうな題名の本を買って読んでみた。それは、「人体常在菌のはなし」青木皐、集英社新書02571。¥714 ISBN4-08-720257-7である。

 ところが、この本にもいささか問題があるようだ。


C先生:この青木さんという人は、生物医学研究所なるところの所長。大阪女子学園短期大学非常勤講師なる人。医学博士だが、学歴不詳。話の筋道は、例によって、「常在菌というものを無視して人間の健康は語れない」というアンチ超清潔話。それ自身はそんなにおかしなことではない。

A君:それでおかしいとしたら、さて何か。

B君:どうせアレルギーの話だろうから、やはり化学物質が原因だという話が出てくる。

C先生:半分正解だ。化学物質がおかしいということを匂わせる表現が出てくる。p37にあるこんな表現だ。「現代日本には、「滋養の食物」があふれているにもかかわらず、アレルギーやアトピーに悩まされたり、病気がちの子どもが増えている。化学物質など複雑な要因がからむようだが、一つには、この「野辺に出で」の部分が不足していることも原因であると私は思う」。

A君:遺伝的にアレルギー体質が増えているということと、野辺に出ないこと、この2つだけで説明可能で、後の要因はほとんど考える必要も無いというのが、正解に近いように思いますが。

B君:この「野辺に出る」ことで、大量の細菌を摂取して、そして免疫システムのバランスが良くなって、ということがもっとも重要だと主張すれば、もっと説得力が出るのに。

C先生:他にも出てくるのだ。p51では、スギ花粉の話になって、「スギ花粉はすっかり悪者扱いだが、本来は人間にとって無害である。ところが、恐らく化学物質などによるいろいろな条件が重なり、身体のなかに過剰反応を起こす仕組みができてしまう」、という表現になっている。

A君:やはり環境を専門的にやっていないと、どうしてもそんな解釈になってしまうのではないでしょうか。

B君:しかし、アレルギー&アトピーは化学物質による、という思い込みは非常に強い。これを完全に否定することは、もちろん不可能。だからといって、客観的にみてそんな解釈は出にくいと思う。

C先生:ということで、今回の話題は、最近の身の回りの生活や環境が、昔と比較して、そうだな、30〜40年前に比較してどのように変わったかを考えて、それが化学物質が増えた、あるいは、人体への影響が増えたと言えるかどうか、検証してみよう。

A君:となると、まず、この30〜40年でなにが変わったか、その羅列から始めることになりますか。

B君:本当のところ、色々と変わったからな。あらゆるものが変わったようにも思える。

C先生:まあ、雑多な情報を片っ端から上げてみよう。とは言っても、それでは分からなくなってしまうから、それを整理したものをここでは示そう。

A君:住宅関係、食品関係、生活習慣、製品の変化、市民意識、大気・水環境、などなどに分類しますか。

B君:まずは住宅関係
○天然の素材が人工的な素材になった。
○しかし、ここ数年、評判の悪い化学物質を使った建材が減った。
○暖房機器の変化。直火のガス・石油が減り、エアコンが増えた。
○家の断熱性能が高くなり、冬も寒くなくなった。
○最近は24時間換気装置があるが、少なくとも、窓を全開する換気はやらなくなった。
○風呂場などに防カビ剤を使う。
○除菌スプレーなどを使う。

C先生:先日の中野区民からの問では、「最近プラスチックを多用していることによる影響というものがあるのでは」、という心配が含まれているようだった。となると、化学物質への暴露が増えたかどうか、これが第一の問題。その他、様々なことを考える必要があるだろう。

B君:これらの項目を用いて議論することは、
(1)このような生活の変化で、どのような化学物質への暴露が増えたのか。逆に、減ったのか。
(2)細菌への暴露はどのように変わったか。
(3)物理的な環境場の変化があったか。
(4)何か人体影響がありそうか。
(5)精神的な効果が変わったか。

A君:それでは行きますか。なかなか大変な作業になりそうですが。まずは、
(1)の化学物質などへの暴露は増えたのか。(2)細菌への暴露はどのように変わったか。

B君:住宅関係では、

◎減った: 評判の悪い化学物質。フタル酸エステルや、ホルムアルデヒド類など。白あり防御剤であるクロロピリフォスも減った。それに、ガスや石油の直火からでる、ホルムアルデヒド、酸化窒素などの毒性の高い物質の量も減少。ただし、副作用として、ガス・石油の燃焼に伴って出る水分が減った。冬季の室内の湿度が減った。

●増えた: カビ。防カビ剤、除菌剤など。ダニの死骸など。冬季の室内乾燥度が高くなって、アレルゲンやインフルエンザウイルスの活性度は高くなった。

A君:ここで注目すべきは、有害物質の大部分は減少したこと。これは良いのですが、同時に、エアコンの利用、ガス・石油の直火暖房の衰退によって、冬季の湿度が減ったこと。

B君:湿度は極めて重要。アレルゲンは主として埃。埃は湿度が低いと静電気のせいでなかなか落ちないで、空気中を漂う。インフルエンザウイルスは、湿度に弱い。

A君:加湿器は、現代生活の必需品。特に、太平洋側の冬期には。

B君:ところが、加湿器に良い製品が無い。これが最大の問題点。電力消費が大きい機種、加湿量が十分でない機種、騒音が多い機種などなどが多いのだ。また、超音波式の機種(通販でよく売られているイオリー霧など)だと、レジオネラ菌への感染の可能性があって、その防止のために抗菌剤がばらまかれる方式のものもある。いずれにしても、メーカーも余り真剣に作っていないように思える。

C先生:ヒトなる生物は、水分がからだの60%とか言われることからも想像できるように、環境要因としての湿度は最重要項目の一つなのだが、比較的軽んじられている。日本は湿度が高い国だが、

A君:住宅関係で、カビ、ダニの死骸などが増えたと思われるのは、窓を大きく開いての換気が行われなくなったから。特に、高層マンションでは、こんなことは不可能に近い。風が強くて。

C先生:(2)細菌は増えたのかどうか、良くわからないところだ。高層マンションなどだと、(3)、(4)、(5)に関することだが、外出の頻度が下がるという統計がある。それが子供の成長に悪い影響を与えることは、ほぼ確実。

A君:やはり高層居住は、余り人間にとって慣れたこととはいえないのでしょうね。精神的に不安定になっても不思議ではないですし。

B君:それでは次。食品関係。

食品・調理関係の変化
○手作りの食事が減った。
○自宅での糠漬けなどが消えかかっている。
○食品添加物は有害なものが減った。
○農薬も有害性のものは減った。
○サプリメントなどを摂る人が増えた。
○オール電化コンロが普及。
○台所が清潔になった。
○ペットボトルが増えた。
○プラスチック包装の技術が非常に上がった。
○缶詰・びん詰が減った。
○冷蔵庫の性能が上がった。
○水道水も高度浄化になった。
○賞味期限のある食品だけになった。
○長期保存可能な牛乳なども出てきた。
○輸入食品が増えた。
○訳の分からない魚が鯛として売られている。
○韓国からの食材が増えた。
○虫食い野菜などにお目にかかれない。
○泥の付いた野菜も売ってない。

A君:そして、検討課題は、

B君:化学物質を主として、その他、細菌などについて検討すると、

◎減った:食材の種類。ぬか漬けの乳酸菌。有害性の食品添加物。残留農薬。直火ガスからのホルムアルデヒド、酸化窒素。雑菌の類。有害性の高い細菌。水道水中の塩素。保存剤。生きた虫。泥。

●増えた:サプリメント。ある種の食品添加物。外来食品の種類。廃棄される食品。

A君:化学物質としては微減ぐらいで余り変化がないような。プラスチックを多用しているから心配ということに対する回答がこれでしょうか。多分、もっとも変わったのが菌への暴露は減っていることといってよいのでしょうね。

C先生:菌への暴露が減ると、免疫システムが大幅に狂う。現代人の体質の変化と相まって、菌・寄生虫への暴露が減ったことが、非常に大きく利いていると思う。

A君:食品に含まれている成分やタンパクなどへの慣れというものが重要だとしたら、外来食品も重要ですよね。

B君:主成分も当然だが、これまで余り慣れていないカビの毒素なんというものは無いのだろうか。

A君:そのあたりは未知の世界ですね。先日、腎臓が悪い5名が急性脳症で死亡。そのうち4名がスギヒラタケを食べていたというニュースがありましたが。

B君:血液を凝固させる成分を含むという話もあるが。

C先生:まあ絶対に安全な食べ物や、健康に確実になれる食品などは無い。こんな当然のことを認識すべきということではないか。食品だって、日本人なら慣れている豆乳のようなものは、欧米人にとっては健康を害する可能性があるといった指摘もあるし。いずれにしても、食い物の影響は大きい。人工的な添加物よりもずっと。

A君:サプリメントを摂ることは気になりますね。できるだけサプリメントなどを摂るべきではない、と思います。人体に有用な成分は、摂取量が難しい。大量に取ると、多くの物質が有害だから。

B君:次に行く。

家事関係
○雑巾がけをやらなくなった。
○室内に土ほこりが溜まることは無くなった。
○布団干しが少なくなった。
○大掃除で畳を干すことも無くなった。
○台所で除菌が行われるようになった。

A君:さて、さて。
(1)このような生活の変化で、どのような化学物質への暴露が増えたのか。逆に、減ったのか。
(2)細菌への暴露はどのように変わったか。

どう見ても、

◎減少した: 菌への暴露。特に、土壌に含まれている菌への暴露か。

●増加した: ダニの死骸やホコリなどのアレルゲン。

B君:超高層マンションでは、布団はどうやって干すのかな。多分禁止されているのだろう。畳を干すのは、もはや通常の家庭でもやっていないと思うが。

A君:次です。

子供の生活習慣
○絶対的な運動量が減った。
○子どもの泥遊びが消滅。
○焚き火で焼き芋も消滅。
○室内ゲームに使う時間が増えた。
○室内でペットを飼うようになった。

B君:ここの影響は大きいように思う。

◎減った: 泥の中の菌への暴露。焚き火によるホルムアルデヒドなどの毒性物質。体力が落ちた。

●増えた: ペットの動物の毛などのアレルゲン。

C先生:この問題で最悪なのが、子供が社会性を失ったということではないか。いつでも自分の家の中で遊んでいてばかりとなると。

A君:子供は泥んこ遊びがやはり理想ということですか。

B君:次は、これ。

製品の変化
○電力使用量が格段に上がった。
○電波を使う機器が増えた。
○抗菌グッズが増えた。
○スチレン類を使う電気器具が増えた。
○蛍光灯が多くなった。
○化学物質を放出する製品は減った。
○しかし、積極的に化学物質を出すものは増えた。例えば、芳香剤、消臭剤、防虫剤、除菌剤など。

C先生:電気器具を使うようになったから、マイナスイオンが減ったという人も居るだろうな。高度な電気器具によって、反科学思想が増えたというのが正解かもしれないが。

A君:いきなり関係の無い話が割り込みましたね。

◎減った: 化学物質全般。

●増えた:芳香剤、消臭剤、防虫剤、除菌剤などを意図的に出す量。物理的な環境としての電磁波への暴露は圧倒的に増えた。

B君:ここだと、やはり電磁波問題か。

(1)このような生活の変化で、どのような化学物質への暴露が増えたのか。逆に、減ったのか。
(2)細菌への暴露はどのように変わったか。
(3)物理的な環境場の変化があったか。
(4)何か人体影響がありそうか。
(5)精神的な効果が変わったか。
といった検討項目のうち、(3)と(5)ぐらいが大きいかもしれない。

A君:電磁波の問題は、多分ほとんど影響は無いのですが、影響が無いということを証明することは現代科学では何事につけて不可能。いつまでたっても解決しない問題を抱えていると、精神的にも不愉快。

B君:電磁波問題も、50〜60Hzの電力線の問題であって、携帯電話などは問題なしということになっているが、本当かどうか、これだって同じ程度に不明なのではないか。

A君:それは、影響の無いことは証明できないことの一つではありますからね。

B君:それはそうだ。少なくとも脳腫瘍のような問題は無いかもしれないし、あんなにも周波数の高い電波に対して、人体が反応するとも思えない。水が電波を吸収して温度が上がるぐらいはあるだろうが。だから、いつまでたっても、電磁波を悪者にする人が増える。

A君:次に行きます。

大気・水環境・土壌汚染や疾病など
○排気ガスの汚さはかなり改善された。
○河川の水質もかなり良くなった。
○土壌汚染はどこにでもあるが、その人体影響は良くわからない。
○多くの化学物質の環境放出が減った。
○スギ・ヒノキの花粉が増えた。
○都市の気温はかなり高くなった。
○昆虫が減った。
○カ・ハエが減少した。

◎減った: かなり多くの化学物質類。昆虫・蚊・蝿。これによって、細菌も減ったかも。

●増えた:花粉は増えた。

B君:ここでも余り結論は変わらないな。減ったのが、有害物質類、増えたのがアレルゲンか。

C先生:これまでの話を合わせて整理すると、結局のところ、

◎減った:雑菌への暴露。泥との接触。化学物質への暴露。寄生虫など皆無。

●増えた:アレルゲンへの暴露。意図的に放出する化学物質。慣れない物質への暴露。慣れない人工的環境による心理的ストレス。

C先生:雑菌への接触が減って、寄生虫も皆無ということが免疫システムを狂わせている。

A君:それにしても、これを眺めてみて、どうしても、精神的に不安定でアレルギーになりそうな感じですね。

B君:化学物質がアレルギーになる原因だと思っている人が多いだろうが、それも無いとは言えないが、雑菌への暴露、特に、土との接触をしないことによるバランスのよい雑菌との付き合いがないことのアレルギーへの悪影響は大きいだろう。

A君:慣れない食品、慣れない環境などへの適応が旨くいかないために、妙になっているのかもしれません。

C先生:それに、これは仮説だが、ホルムアルデヒドなどの毒物が体に悪いのは事実だが、適当な摂取量だと、かえって体のバランスを保つための健康食品として有用ということは無いのだろうか、ということだ。例えば、燻製なるものは、煙で燻しているから、当然、煙に含まれる毒物を含んでいるはず。勿論、高温にし乾燥状態になって腐らなくなるという要素はあるが、それ以外にもホルムアルデヒドのような毒物によって、崩れた体のバランスが回復に向かうということは無いのだろうか。

A君:微量放射線を出している三朝温泉のような話ですね。

B君:健康食品というものは大部分が毒物だから、当然ありそうな気がする。

C先生:最後に、市民の意識の変質について検討してみよう。

A君:こんなところかと。

市民意識
○健康こそ最大の目的という人が増えた。
○寿命が圧倒的に長くなった。
○子供の乳児死亡率が非常に小さな値になった。
○子供の数が減った。
○学校の先生より父兄の教育程度が高い場合が増えた。
○「しつけ」という言葉が消えつつある。
○子供は自由に育てたいという親が増えた。
○若い女性の喫煙が増えた。

B君:子供の数が減って、そのため親が子供を大切にしすぎて、泥にも接触させず、そのためもあって感染症には掛からなくなった。しかし、免疫システムが以上になって、アトピーなどを発症する子供が増えた。

A君:体質の変化は、遺伝子レベルですでに起きていることが確実でしょう。それは、乳児死亡率が大幅に減少しはじめてから、当然のこととして始まった訳ですから。

B君:近年、子供だけでなくて、ペットまで甘やかす人々が増えてしまった。というか、子供もペットも同じということかもしれないが。

C先生:ヒトという生物が生まれながらにして備えている素質というものは、どうやら余り優れたものではなく、大脳というものによって制御できる体質に変えなければならない。そのためには、「しつけ」というものが非常に重要だし、「我慢」というものが基本的な訓練の一つ。ところが、これがこのところ行われていない。

A君:多動症候群なども、鉛とか他の化学物質のせいだと思っている人も多いのですが、これは証明されていませんし、多分、違うでしょう。なぜならば、鉛の血中濃度は、ガソリンが四エチル鉛を含んでいた時代の15μg/dLあたりから、今では、8割減ぐらいになっているからです。

B君:ADHDのことか。あれは遺伝的素質と脳のわずかな機能障害、それに育った教育・家庭環境がその出方に影響を与えているような気がする。

C先生:最後の教育・家庭環境が多動症候群へなんらかの影響を与えているということを言い過ぎると、親が責任を感じてしまって、かえって子供への悪影響があって良くない。ということで、余り家庭環境を問題にしないのが臨床的な立場のようだ。少なくとも、化学物質汚染の直接影響があるとは考えられてないようだ。本当のところは、なかなか分かるものではないが。

A君:いずれにしても、我々の生活は非常に変わった。そこで様々な影響があると思われるものは、繰り返しになりますが、

◎減った:雑菌への暴露。泥との接触。化学物質への暴露。寄生虫など皆無になった。

●増えた:アレルゲンへの暴露。意図的に放出する化学物質。慣れない物質への暴露。慣れない人工的環境による心理的ストレス。

B君:その他に、アレルギー性の高い人が増えた。これは、乳児死亡率が減少したため仕方が無いこと。

C先生:その他、心理的な影響も様々ありそう。このように複雑な問題であることを理解しないで、化学物質や環境汚染だけに押し付けると、本当の解を見失うだけだろう。