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  復興計画の決定権を持っているのは誰だ!   06.12.2011

      東北大学での講義と復興



 6月4日、5日の両日、土日にも関わらず仙台に出かけて、東北大学で環境科学研究科の外部評価委員会とSEMSaTと呼ばれる環境政策技術マネジメントの社会人コースの講師を務めてきた。

 これまで東北大学自体の研究教育環境を復旧することにエネルギーがとられていて、東北地域全体の復興に貢献するという余裕がなかったが、これからは、大学の存立を掛けて、東北地方の復興に対して貢献が行われることだろうと期待できる雰囲気であった。もっとも、総長の態度次第とも言えるが。

 6月11日付けの日本経済新聞では、「東北復興計画 策定急ぐ 相次ぐ提言 英知結集を」という見開き両面の特集ページが組まれた。

 「被災地の再生ー特区で民の創意工夫を」、「エネルギー政策 コストの比較前提」、「財源−活力そがぬ議論必要」と3つの論説が、3名の編集委員、大林尚、滝順一、小竹洋之の各氏によって語られているが、どうも具体性に欠ける。

 東北大学で講義していきたポイントをまとめてみたい。その最大のポイントは、「復興計画については、2050年にその地域に中核として存在している人々に決定権がある」、ということを再確認すべきだ、というものだった。

 その理由は地域の復興でもっとも重視しなければならないことは、まず、その地域がどのぐらい魅力のある地域になりうるか、ということである。



 北海道南西沖地震(1993年7月12日)による津波で、死者202名、行方不明28名、建築物は壊滅的といった被害を受けた奥尻島は復興したのだろうか。

 新たに作られた施設は、Wikipediaによれば、高さ11mの防潮堤350億円、漁港に設けられた津波発生時に一時退避を目的とした橋状の構造物26億余などがあるが、総額927億円にのぼる投資が行われた。当時の人口4700名で割ると、一人当たり1970万円。

 2006年の統計で、人口は3675人に減少。その後も漸減中で底が見えないとのこと。
http://blog.livedoor.jp/shyougaiitisekkeisi2581/archives/52285047.html
 人口が減っている原因をこのブログでは、日本人の都会志向という特性で解明しているが、実は、住居を単純に高台に移したため、コミュニティーが崩壊したためではないのか。

 そう思って、1983年のこの地域の空中写真を探してみた。国土変遷アーカイブなる国土地理院のページである。写真は購入できるので、画面コピーであってもここで公開することは著作権に触れると思う。

 そこで、グーグルマップの画像にちょっと色を入れたものを作ってみた。



図 GoogleMapに青苗地区の旧街路の主な範囲を示すピンク色を入れてみた。漁港に近いところに街はあった。

 1983年の空中写真を眺めてみると、旧街路は、漁港に寄り添うような形でできていたことが分かる。これをそのまま復興するのは、多分難しかっただろうとは思う。

 そして、宮城県の基本方針がそうなっているようだが、やはり高台に逃げ出せば良いという発想で、街の復興が図られたように見える。これが正しかったのか。

 この復興の基本方針を誰が決めたのだろうか。当時の町長だろうか。この復興のやり方を、他の津波国、例えば、インドネシアに自慢して見せることができるだろうか。

 復興に当たって、様々なアイディアが出ることが第一段階である。その中に高台に移りたいという希望があれば、それも一案である。しかし、元の街を元の街の場所で復活したいという考え方も一案である。それには安全を同時に担保しなければならない。それならどうするのか。

 まずは、様々なアイディアを募集するのが良いだろう。そして、どのアイディアを採用するのか。それぞれのアイディアを実行するとしたら、金銭的な負担だけでなく、土地所有のシステムを変えなければならない、といった様々な要素が出てくることだろう。個々の問題に対して、できるだけ多くの情報を付加する。

 そして、最終的に決定するのは誰なのか。それは、その地域に長期間に渡って住む人というのが条件になるのではないか。

 長期間とはいつまでか。2050年が目安になるのではないだろうか。

 2050年には日本の人口は、9000万人程度になっていることだろう。もしも年金を現役が支えるとしたら、労働人口と高齢者人口のバランスを考える必要があって、もしも現在程度のバランスを確保するとしたら、定年は78歳になる。



図 2050年の人口ピラミッドと2005年の比較 再出

 ということは、現在39歳の人は、2050年には78歳になっていて、丁度定年を迎えていることになる。

 すなわち、現在、40歳未満の人のみに、どの復興プランが良いと投票する権利を与えることを大原則とする必要があるのではないだろうか。

 復興会議もどうやって税金を増やすかといった議論ばかりするのではなく、自らは復興計画の細部についての決定権はないから、地域で決定メカニズムを作れ、といった、ポジティブな提案をすることも役割なのではないか。

 実は、東北大学で合計4時間半ほどの講義+ミニワークショップを行ったが、その講義の部での最後は、誰が復興のプランの選択権があるのかであった。

 様々な地域で、高齢者が、元の場所に元の通りに住みたいと言っているようだ。しかし、それを許してしまえば、若者がどんどんと逃げ出して行く街になってしまうことだろう。

 やはり若者が責任をもって決め、その街を自らの努力で自慢のできる街にしていく。このような原理原則が必要なのではないだろうか。