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  気候と気象は大違い   02.08.2009
     



 2月2日付の日本経済新聞に、”地球の気候当面『寒冷化』”という記事が出た。科学面である。

 これが果たして科学面に相応しい科学的記事か、これを検討するのが今回のこのHPの目的である。

 結論を先に述べれば、気候と気象を混同するという初歩的な誤りを犯している。しかも、コメンテータの選択が全く誤っている。

 しかし、記者にとってコメンテータにも優先度があることが多い。多くの場合、紙面上で上方に位置しているコメンテータが優先で、下方は反主流。ときに、あいうえお順ということもあるので、注意を要するが。

 今回、記者は、学者内部の内紛を喜んで記事を書いたものの、気候変動そのものを否定するというつもりは無かったようにも読める。



C先生:さっと読んだ時には、久し振りに「なんという記事だ」と怒りを感じた。

A君:その内容を説明しますと、こうなります。まず、「平均気温は1970年代半ば以降、ほぼ一貫して上昇。しかし、98年をピークにこの10年間は横ばいないし低下し、2008年の気温は、21世紀に入ってから最も低かった」。

B君:図を使った方が良さそうだ。



図 日本経済新聞の図


B君:IPCCによるシナリオと称する予測カーブ4種と、1990年からの平均温度(英気象庁調べ)との比較をしているが、そのIPCCの予測カーブのうち、2000年水準に温室効果ガスを保った場合は別にすれば、残り3種は何だろう。

A君:どうもこれではないですか。出典はIPCCの第四次報告書のWG1。政策決定者のためのサマリー=SPMと呼ばれるもの。



図 IPCCのWG1第四次報告書より


B君:例によって、専門用語が連発されるのがIPCCの報告書の悪い習慣。SRES、すなわち、Special Report on Emission Scenariosに、A1、A2、B1、B2の説明がある。これは、今回の末尾に付録として掲載しておきたい。

C先生:基本的に、この記事を書いた記者は、気象と気候の区別が分かっていないのではないか、と思われる。あるいは意図的に間違えた可能性もある。
 この記事の最初に、「地球の平均気温の上昇が頭打ちになり、専門家の間で気候は当分寒冷化に向かうとの見方が強まってきた」、とある。

A君:気候と気象を辞書で調べてみましょうか。

goo辞書=三省堂提供「大辞林 第二版」より。

気候「一年を周期として毎年繰り返される大気の総合状態、つまり長い期間の大気現象を総合したもの」。

気象「(1)気温・気圧の変化、大気の状態や雨・風など大気中の諸現象」。

B君:気候のところにある「つまり長い期間」の長さがどのぐらいか。

C先生:気候がどのように使われているか、それを例示して正しい使い方を考えると、答えがあるかもしれない。

A君:xx気候というものを調べました。紙の辞書だとなかなかこんなものが調べられない。37件ありまして、

1 【亜寒帯夏雨気候】
2 【亜寒帯湿潤気候】
3 【亜熱帯気候】
4 【温帯気候】
5 【温暖夏雨気候】
6 【温暖湿潤気候】
7 【海岸気候】
8 【海洋性気候】
9 【乾燥気候】
10 【寒帯気候】
11 【気候】
12 【季節風気候】
13 【局地気候】
14 【高山気候】
15 【古気候】
16 【砂漠気候】
17 【サバナ気候】
18 【小気候】
19 【森林気候】
20 【ステップ気候】
21 【西岸海洋性気候】
22 【西岸気候】
23 【瀬戸内式気候】
24 【太平洋側気候】
25 【大陸性気候】
26 【大気候】
27 【地中海気候】
28 【ツンドラ気候】
29 【東岸気候】
30 【都市気候】
31 【内陸気候】
32 【日本海側気候】
33 【熱帯雨林気候】
34 【熱帯気候】
35 【熱帯モンスーン気候】
36 【氷雪気候】
37 【微気候】


B君:気候という言葉は、どうも、地域を表現する言葉が先に付くようだ。

A君:気候という言葉の歴史は何年ぐらいあるのでしょうか。まあ、明治からでしょうかね。

B君:専門外で、よく知らない。しかし、調べてみると、上の例のような気候の使い方は、ロシア生まれでその後ドイツで活躍した気候学者ケッペン(1846〜1941)によって作られている。1884年ぐらいに、最初の気候地図を発表した。その後、1900年ぐらいからその改良に取り組んで、1918年にフルバージョンが、そして、最終バージョンが1936年に発表されている。

A君:気候という概念が日本に入ってきたのは、まあ1900年ごろということですね。明治の終わりごろということですか。まあ、想像ですが。

C先生:日本の気候はCfa(温暖湿潤気候)とDfa(冷帯湿潤気候)に分類されているようだが、それ以後、今に至るまでほとんど変化は無いものと思われる。
 最新バージョンが、ウィーン大学
http://koeppen-geiger.vu-wien.ac.at/pdf/kottek_et_al_2006_A4.pdf
にある。

A君:気温と降水量だけで分類をしているようですね。まあ、単純に。

B君:その最新バージョンだけど、1951−2000年のデータを元に作成されているようだ。やはり、50年オーダーで気候というものは議論すべきものなのではないか。

C先生:そろそろある合意が見えてきたような気がするが、この日経の記事の最大の問題点は、2008年の1年のデータを元に、議論を組み立てていることなのだ。

A君:その図をもう少々検討してみますか。赤い線で、まだ温度が上昇中というトレンドを、青い線で、このところ温度が低下中というトレンドを入れてみました。




図 赤い線は上昇トレンド、青い線は下降トレンド。


B君:いや。どちらが正しいか、と言われれば、全域を見れば赤い線がトレンドを示している。これは確かだ。一方、青い線は引き方に無理があるようにも見える。

A君:1998年にひとつのピークがあるのですが、その前の1997年と98年で0.4度ぐらい上昇している。そして、99年へは、0.25度ぐらい低下している。今回の2008年の低下は、0.1度ぐらいなものなので、本来、問題にするような温度変化ではない。

B君:それが新聞記者のメンタリティーというもので、いろいろともめ事があると面白がるのが本性。

A君:本来、気候変動を問題にしているのであって、1年間の平均気温がどうだったなどという気象におけるたった一つの異常点で議論をしてはいけない。

B君:最低でも20年ぐらいトレンドで議論をしないと。

C先生:そして、今回のこの記事のコメントを述べているのが、江守正多氏(国立環境研)と赤祖父俊一氏(元アラスカ大学)。

A君:江守氏と言えば、エネルギー・資源学会のHPで、地球温暖化懐疑派とWEB上での議論を展開した。
http://www.jser.gr.jp/
http://www.jser.gr.jp/activity/e-mail/honbun.pdf

 相手は、赤祖父俊一氏、伊藤公紀氏、草野完也氏だった。
 もう一人の丸山茂徳氏は、質問が江守氏から出ていたにも関わらず、回答ができず(理由は不明)、今回は、予備調査のみの回答で、不戦敗状態。



表 各論者の主張。同じく、エネルギー・資源学会誌より。


B君:この表だけが、某新聞で引用された。メディアは、どうも、こういうことが学界内部で行われると、それを面白がって何かやってくる。

A君:メディアのメンタリティーとして、自分が面白いものは、読者・視聴者も面白いというのが基本中の基本ですから。

B君:ところで、今回の日経で江守氏に対して反論を行った赤祖父氏の主張は、江守氏によって一蹴されてしまった。

A君:そして、それ以後の反論は今のところ無いようだ。

C先生:江守氏と伊藤氏の議論に加わるには、相当な知識量が必要で、それこそ、関連する論文をほとんど読破していないとダメという感じだ。とても付いていけない。

A君:本当に細かいところまで、熟知している。

B君:江守氏と草野氏の議論は、モデルとは何かという本質的な議論だ。

A君:これもかなり高級で、自分は、なかなかこれだけの議論ができるとは思えない。

B君:それに比べると、赤祖父氏の主張が余りにも荒くて、やはり勝負にならない。

A君:日経新聞の記事に出た赤祖父氏のコメントも受け入れがたい。
 内容だが、それこそ、気象と気候の区別がされていない。地球が小氷期の状態にあったのは事実だし、それから回復してきたのも事実。100年で0.5度という回復もそんなもの。過去100年の温度上昇が0.6度で、0.5度が回復分だから、温室効果ガスによる上昇分が0.1度というのが主張の主要な部分。
 しかし、もしも1950年に回復は終了して、それからはほぼ同じ状況にあるとしたら、どういう結論になるのか。

B君:最大の問題は、現在の気候モデルのパラメータは適当にいじられていて、温暖化が出るように「しつけられている」、と述べること。

A君:「しつけられている」と言えば、あまりそのようには聞こえないが、実は、気候モデルにかかわっている科学者の全員を嘘つき呼ばわりをしていることに等しい。その割には、根拠が弱い。
 もしも1950年に回復が終了しているとしたら、それから現時点までの上昇分0.6度分は、すべて人為的な温室効果ガスの排出が原因だということになる。

B君:もちろん、それだって100%科学的に確実なことだとは言えないが、IPCCがクリティカルに検討し、科学論文として正しいかどうか、どこかに科学的な過ちがあるかないか、といったレビューをおこなったシミュレーションに関する論文は、まずまず妥当なのだろう。

A君:それらの平均値のデータを読むと、1950年ごろから地球は再度寒冷化に向かったようにも見えるのですよ。この図ですが。



図 IPCCがまとめた複数のシミュレーション結果。1950年から、地球のゆらぎの方向性が変わったことを示しているようにも読める。


B君:赤祖父氏の意見は、江守氏に一蹴されてしまった。その後の反論が無いのだが、もし、反論がエネルギー・資源学会誌に投稿されれば、再考する余地もない訳ではない。

C先生:この科学欄の記事を書いた記者は、やはり面白がりすぎだ。

B君:今回、コメンテータとして2名が選択されていて、江守氏、赤祖父氏なのだが、やはりこの記者もどちらを上に並べるか、多分考えたと思うのだ。

A君:この手の記事は、実は、面白がるという記者の特性で書かれているのは、事実だとは思うものの、だからといって、この記者が温暖化を全面的に否定したい訳でもない。

B君:その通りだろう。誰をコメンテータに選ぶかは、記者の自由なのだから、温暖化を全面的に否定したいのなら、丸山茂徳氏、赤祖父氏という強力布陣で臨めば言いだけ。

A君:しかも、その記事にどのように配置をするか、これも重要な要素。今回、江守氏が上、赤祖父氏が下に配置されているということは、やはり上が重要で、下はそれに対する反対勢力という意味でしょう。

B君:ということは、この記者は、やはり面白がって見たものの、実は、江守氏の意見を否定できるところまで確信がある訳ではなかった。

C先生:それなら、こんな記事を書かなければ良い。実は、2月4日に日本経済新聞主催の「CSRを超えた環境経営」なるシンポジウムが経団連ホールであった。2月2日にこの記事が掲載されて、同じ日本経済新聞が2日後温暖化時代の企業の在り方というシンポジウムをやるのだからね。この基調講演「地球温暖化時代における企業の役割」なるものを引受ていたものだから、日本経済新聞という会社は何を考えているのだ、と文句を言ってしまった。

A君:新聞社の部に分かれていて、部と部の間の連携は無い。

B君:官庁も縦割り。新聞社も縦割り。やはり、ニューディール、すなわち、手持ちのカードを全部捨てて、新しいカードを配り直すことが必要なのではないか。

C先生:現在の日本にないモノは無い。フランスよりおいしいフランス料理。世界最高の果物やケーキ。それこそ何でもあるし、なんでも買える。しかし、今、無いことがいくつかある。まず、「前進」が無い。これは大問題。そして、さらに無いのが「戦略」。戦略性に必要なのは、国際性と長期ビジョンなんだ。この2つをなんとかしたいものだ。しかし、それ以上に、「前進」「戦略」を邪魔をするのが、「縦割り構造」なのだ。これが日本の現実なのだ。



付録:排出シナリオに関する特別報告(SRES)の排出シナリオに関する部分の日本語訳から引用。
http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc/ar4/ipcc_ar4_wg1_spm_Jpn_rev2.pdf

A1. A1 の筋書きとシナリオファミリーは、高度経済成長が続き、世界人口が21 世紀半ばにピークに達した後に減少し、新技術や高効率化技術が急速に導入される未来社会を描いている。主要な基本テーマは、地域間格差の縮小、能力強化(キャパシティービルディング)及び文化・社会交流の進展で、1 人当たり所得の地域間格差は大幅に減少するというものである。A1 シナリオファミリーは、エネルギーシステムにおける技術革新の選択肢の異なる三つのグループに分かれる。この三つのA1 グループは技術的な重点の置き方によって以下のものに区別される。すなわち、化石エネルギー源重視(A1FI)、非化石エネルギー源重視(A1T)、そして全てのエネルギー源のバランス重視(A1B)である。(ここで、バランス重視は、いずれのエネルギー源にも過度に依存しないことと定義され、すべてのエネルギー供給・利用技術の改善度が同じと仮定している)

A2. A2 の筋書きとシナリオファミリーは、非常に多元的な世界を描いている。基本テーマは独立独行と地域の独自性の保持である。出生率の低下が非常に穏やかなため、世界の人口は増加を続ける。地域的経済発展が中心で、1 人当たりの経済成長や技術変化は他の筋書きに比べバラバラで緩やかである。

B1. B1 の筋書きとシナリオファミリーは、地域間格差が縮小した世界を描いている。A1 筋書きと同様に21 世紀半ばに世界人口がピークに達した後に減少するが、経済構造はサービス及び情報経済に向かって急速に変化し、物質志向は減少し、クリーンで省資源の技術が導入されるというものである。経済、社会及び環境の持続可能性のための世界的な対策に重点が置かれる。この対策には公平性の促進が含まれるが、新たな気候変動対策は実施されない。

B2. B2 の筋書きとシナリオファミリーは、経済、社会及び環境の持続可能性を確保するための地域的対策に重点が置かれる世界を描いている。世界の人口はA2 よりも緩やかな速度で増加を続け、経済発展は中間的なレベルに止まり、B1 とA1 の筋書きよりも緩慢だが、より広範囲な技術変化が起こるというものである。このシナリオも環境保護や社会的公正に向かうものであるが、地域的対策が中心となる。

6つのシナリオグループの各々について、1 つずつ例示シナリオA1B、A1FI、A1T、A2、B1、B2 を選んだ。どれも同等の根拠を持っていると考えるべきである。

SRES シナリオは追加的な気候変動対策を含んでいない。すなわち、いずれのシナリオも気候変動枠組条約や京都議定書の削減目標が履行されることを明示的に仮定していない。