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  過去の内部被曝事件 その2
   05.06.2012
        トロトラストによる肝臓がんの多発




 これまで、次の目次の0.と1.を書き終えた。
最終的には、目次がこんな形になることを想定して書いている。

目次
0.内部被曝を起こす色々な元素
     すでに04.15.201に公開
1.ダイヤル・ペインターの内部被曝
     今回04.22.2012公開
2.トロトラストによる内部被曝
     今回05.06.2012に公開

3.ラドンによる内部被曝
4.カリウム40による内部被曝
5.バイスタンダー効果
6.ECRRの実効係数
7.以上から推測されるセシウムによる内部被曝

 今回は、2.である。今回の目的は、低線量被曝とされるトロトラストが、実際の集積線量で見れば、実に莫大な被曝量であったことを明らかにし、低線量被曝という言葉には、定量的な表現として大きな限界があることを示すことである。

 同じ2万ベクレルの内部被曝であっても、トリウムとセシウムでは、50〜100万倍ぐらい影響度が違う。

 セシウムは、福島県にとって、また、日本にとってラッキーだったことだが、内部被曝の場合、もっとも人体影響が少ない核分裂生成物なのかもしれない。



2.トロトラストによる内部被曝

2−1.トロトラストとは

 トロトラストとはX線による血管造影材の商品名である。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-03-01-11

 X線が発見されたのは1895年で、レントゲンが発見者である。かつて、X線による胸部透視撮影は、「レントゲン」と言われたこともあるほと、一般名詞になった。

 X線で胸部撮影が有効なのは、まずは、結核の診断であった。結核によって肺に影がでることを「レントゲンに影」と言われた。影があるということは、X線の透過度の低い組織があるということで、肺は空気が入っているため透過度が高いため黒く、骨は透過度が低いので白く写る。肺結核などによって炎症があったり、あるいは、石灰が沈着している場合には、やはり多少白く写る。

 X線の透過率は、物質の密度と物質の構成元素によって決まる。密度が低いほど、すなわち軽い物質ほど透過率は高く、元素については、極めて荒く考えれば、原子番号が大きいほど透過率が低いと思っても良い。

 トロトラストは、酸化トリウム(ThO2)の微粒子と水に分散剤を加えたもので、トリウムは、原子番号90で、ウランが天然に存在するもっとも原子番号の大きな元素で、その原子番号が92なので、トリウムはX線透過率が低いと考えてよい。

 これを血管に注入すれば、通常のX線撮影ではよく分からない血管の状況が分かるために、様々な疾病の診断に有効であった。特に、脳血管造影が可能になって、1930年以降、ドイツを中心に、ポルトガル、デンマーク、スウェーデン、日本などで数万人に対して用いられた。

 1942年になって、トロトラストを用いた患者が白血病を発症することを報告した。その後、肝硬変、肝血管肉腫、などが続出した。それは、トリウムが崩壊する際に放出するα線や、崩壊によってトリウムが変化して生成した元素(娘核種)がまた崩壊することに際にγ線などを放出するためで、これによって、がんや白血病が増えたためであった。


2−2.トロトラストの投与量

 どのぐらいのトロトラストが投与されたのだろうか。

 ここにトロトラスト投与患者の調査結果がある。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09030111/02.gif


図 トロトラストの投与量などのデータ ATOMICAより がん・白血病の死亡率が、相当に高い(63/255)ことが分かる。

 国によって投与量が違うが、どうやら、日本では平均で17mL投与されたようだ。ThOの重さが知りたいのだが、どうも25%だという記述があるだけのようだ。これから算出するためには、17mLの投与されたトロトラストの重さが必要になるが、それは不明。

 大雑把に20gと仮定すれば、約5gのThOが投与されたことになる。もっと液体の比重が大きければ、もっと大量だということになる。

 トリウム酸化物の分子量は、トリウムが重いので、酸素分を無視しても余り変わらない。そこで、5gのトリウムが体内に投与されたことにしてみよう。

 トリウムの半減期だが、天然に存在するのはトリウム232のみで、140.5億年だそうである。そこで、5gのトリウムは、何ベクレルか。ちょっと計算をしてみると、どうも20200Bqということになる。約2万Bqである。

 前回、医療検査手法であるPET−CTで服用するFDCなる液体が2〜3億Bqであると述べたが、それに比べると、それほど大量とは言えない量である。

 しかし、長期間に渡って受けてしまう集積線量は、それほど少なくはない。なぜならば、次のような違いがあるからである。

*α線を放出する核種であること
*体内半減期が無限であること(400年という説あり)
*一旦、崩壊をすると、崩壊後に変わる元素の半減期が短いために、次々と放射線を出す。


 原子力資料室の放射線ミニ知識によれば、
http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/18.html
 「1万ベクレルのトリウムを酸化物・水酸化物で吸入したときの実効線量は120mSv、経口摂取では0.92mSv

 経口摂取であれば、それほどのことはなさそうである。体内半減期が短いと思われるからである。しかし、吸入したときの実効線量は相当に強烈である。しかし、例え2万Bqを吸入したとしても、肺がんが多発するといった数値ではない。まあ、単位がmSv/年ではないので、いずれ排出されると考えられているのだろうか。

 さて、血中に注入されたらどうなるのだろうか。肝臓に集まるのである。


2−3.肝臓に集まるのはなぜ

 なぜトロトラストに用いられたThOの微粒子が肝臓に蓄積するのか。トロトラストに用いられたThO微粒子のサイズは、30〜100オングストローム、平均55オングストローム。すなわち平均5.5nmであったとされている。通常、この程度の微粒子であれば、水に溶けることが多いが、厄介なことに、ThOは水にほとんど溶けない。

 このサイズは、病原体である細菌の1〜5μm、ウイルスの20〜100nmと比較すれば、さらに相当小さい。一方、ヒトのもつ病原体と戦うための免疫機能は、いくつもの機能からなるが、その一つである病原体などの敵を食べてその残ったものを肝臓に運ぶ貪食細胞(マクロファージ)にとっては、ThO微粒子は、どうやら敵に見えるらしい。その表面に分散剤としてデキストリンが付着していたかもしれない。

 注:デキストリン:デンプンの加水分解によって得られる。多糖類の一つ。アミラーゼによって分解され、マルトースになる。

 そのため、血液に分散されたThOの微粒子は、体外に排出されることなく、肝臓に蓄積される。

 微粒子の厄介なことの一つが、集合体を作って固まる性質が強いことである。どのような粒子であっても、加熱をすれば、固まる傾向はあるが、それは、表面を小さくしようという性質に基づく。表面の原子が動きやすい温度であれば、固まる。そのようにして、多くの材料は作られている。

 しかし、微小粒子の場合には、非常に微小であるために、表面の曲率で決まるエネルギーをかなり余分にもっているため、原子が動きやすくなっている。そのため、「微小粒子は凝集しやすい」と表現される性質をもっている。

 肝臓に取り込まれた微小粒子が凝集するということは、肝臓のある部分に、α線を出すトリウムが大量に存在することになる。

 そのため、ホットスポットという状況になって、肝臓のある部分にある細胞に集中的にα線が照射されることになって、細胞の発がんを加速したものと考えられる。


2−4.トロトラスト患者の被曝量

 さて、トロトラスト患者の肝臓が受けた集積線量はどのぐらいだったのだろうか。これについては、原爆症認定の在り方に関する検討会において、おもしろい議論が行われている。

 この事実は、このBlogで発見した。
http://minkara.carview.co.jp/userid/863031/blog/24229486/
しかし、発言者が違うのではないか???

 このWebサイトから第4回目の議事録をご覧いただきたい。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000ahdf.html

 この会議は、広島・長崎での被爆者が、原爆症であるかどうかの認定を検討している会議である。

 議事録がこのテキストファイルなのだが、余りにも長いが、”トロトラスト”で検索をしていただきたい。

永山委員の発言の一部と委員との質疑応答

永山委員 「原爆当日に広島で焼け跡での片付け作業に8時間従事した場合の推定被曝というのが、塵からの吸入で0.06μSvということで、外部被曝に比較してほとんど無視できるレベルではないかということが考えられています。
 次のページにいきます。そうすると、このような内部被曝は計算上は非常にわずかだということですけれども、このようなごく微量の内部被曝は危険性はないのかというところがひとつ問題になると思います。
 1つの例を挙げますと、トロトラストという血管の造影剤ですけれども、これを投与された患者さんでの肝がん発生というのが放射線被曝で問題になっているのは御存じだと思います。これはトリウムという放射性物質を含むわけですけれども、これは網内系の細胞に取り込まれ、特に肝臓に集まります。これは代謝されずに長い間、体内にとどまってα線を出します。これは検査に使いますから、投与量としては非常に微量です。大体1から5Bqと言われておりますけれども、この量というのは全身、私たちの体の中にも放射線のカリウム、カリウム40というものがあるんですが、これから出る被曝量が96 Bqと言われておりますので、これに比べてもはるかに低い量のトロトラストによって肝がんが発生するということは、微量の内部被曝というのは無視できないのではないかということが考えられるのではないかと思います。
 実際、この考え方として、第2回の検討会は私は欠席だったんですけれども、澤田先生の資料と議事録を見させていただくと、いわゆるホット・パーティクル理論ということを澤田先生は出されております。外部被曝は左側に示すように体内に均一に当たりますけれども、内部に入った放射性の微粒子というのは1か所から放射線を出しますので、回りの細胞が非常に高線量の放射線によって被曝されるということで、微量でも非常に危険であるという説になります。この理論はもちろん学会で否定されたりもしておりますけれども、ごく微量の内部被曝の危険性ということを言っているのではないかと考えられます。」

 これに対して、以下のような質疑応答が行われている。

丹羽委員
 もう一つ、内部被曝の件なんですけれども、トロトラストについてはたしか肝臓に集積するということで、カリウムのガンマでしたか、βでしたかのエミッションとは随分話が違って、αエミッターであるということがまず第1点です。
 それからもう一つは、それが特に肝臓に集積して、私は今、思い出せないので次回までにちゃんと調べておきますけれども、その線量はこの程度ではなかったです。たしか発がんまでの潜伏期が20年から50年くらいでして、その間の集積線量はたしか5Gyとか、相当すさまじい線量のように私自身は記憶しております。
 ただ、間違いかもわかりません。だから、これは大事なことなので次回までに一回調べてお話申し上げます。

金澤座長
 ありがとうございました。
 それでは神谷委員、それから鎌田委員どうぞ。

神谷委員
 先ほど丹羽先生が御指摘になったトロトラストの線量の話ですけれども、丹羽先生が御指摘のようにトロトラストの場合は東北大学の福本先生が非常に詳細な解析をされているのですが、集積線量はグレイオーダーで、発症までは数十年かかるというのが福本先生の御報告です。ですから、カリウムの場合とはちょっと状態が違うように思います。
 それから、先生の御専門の甲状腺の話をお伺いしたいんですけれども、西山地区で甲
状腺のゴイターの発症が有意に高いというような御報告を聞いたりもするのですが、そ
れに関して最近、何か新しい知見はあるのでしょうか。

金澤座長 
 どうぞ、鎌田委員。

鎌田委員
 先ほどのトロトラストの件ですけれども、丹羽先生、神谷先生の御発言どおり数シーベルトというのが普通だと思うんです。というのは、染色体を見ますとすごくばらばらな急性の染色体異常と同じようなものになっています。
 ということは、同じリンパ球が同じところに何回も当たっているというような細胞がたくさんありますので、決して数ミリとか、そういうレベルではないですし、シーベルトレベルだと考えていいのではないかと思います。以上です。

 永山委員が説明に用いた資料がある。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/11/dl/s1112-7b.pdf
 トロトラストの投与量は明らかに間違い。しかも、カリウム40の96Bqという量も何なのだろう。


2−5.福本教授の論文

 この厚労省の審議会の議事録によって、トロトラストについては、どうやら東北大学の福本教授の論文に詳細な記述があることが判明。

 さがしてみると、次の2件が見つかった。
科学研究費の報告書
 http://ir.library.tohoku.ac.jp/re/bitstream/10097/41554/1/kaken-14390006.pdf

総説(東北大学保健学科紀要)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007025241 ここからCiNii PDFをアクセス

 内容はかなり高度で理解を超えるが、ポイントと思われるところをまとめると、次のようになる。

●トロトラストによる発がんまでの潜伏期間は約40年。集積線量は8Gy。
●これは、トロトラストによって生ずる特異な肝臓がんである内胆管がんでも、血管肉腫でも同じ。
●トロトラストによって生ずるDNAの損傷は、γ線が作るフリーラジカルによって与える損傷transversion型ではなく、化学発がんに見られるtransition型、中でもG→Aが特異的に多い。
●がん抑制遺伝子であるp53が変異を起こしている頻度は、トロトラストによる発がんの場合が多く、約3倍である。
●がん部にも非がん部にもトリウムが沈着している。貪食細胞に食べられて、肝臓内を循環しているものと思われる。
●そのため、肝臓全体が被曝している。これは、α線の飛程は80ミクロン程度であることを考えると、トリウムが肝臓内を循環していることと一致している。
●単に、DNAが変異を受けたというよりも、トリウムが常時移動していることによって、肝臓組織そのものが常時壊変されていることががんの原因として考えられる。


2−6.トロトラスト症と内部被曝のまとめ

 トロトラスト症のように、多数の被害者がでた場合でも、どうやら低線量内部被曝という表現を使うらしい。それは、摂取したトリウムの線量がわずか2万Bqだからだろう。PET検査のときの摂取量である2〜3億Bqに比べれば、確かに1万分の1以下でしかない。

 人体に含まれているカリウム40の自然放射線量である4000Bqの5倍だから、確かにこの点からも、低線量被曝と命名するのが妥当だと思われる。

 原子力資料室の放射線ミニ知識が言うように、これを1回だけ口から食べた場合であれば、被曝線量は0.92mSvにしかならないので、たしかに何も起きない。

 しかし、福本教授が言うように、たった1回投与されたトロトラストによる集積線量は40年間で8Gyにも及ぶという。トロトラストに含まれたトリウムの場合、シーベルトへの換算は定かではないが、どうも生物的半減期が400年だとされているので、最低でも4000mSv/年ぐらいの被曝を継続して受けていたことになるのではないだろうか。

 4000mSvの推測の根拠は、8Gyを40年間で均等に被曝したとすると、200mGy/年。α線の人体への実効係数をγ線の20倍として4000mSv/年=4Sv/年。これではがんになるに決まっている。しかし、日本での発症率は25%ぐらい。

 いずれにしても、40年間での集積実効線量は、160000mSv=160Svになったのではないか、と推定される。

 このようにトロトラストの場合に、わずか2万Bq程度を1回という投与であったが、莫大な集積線量になって、そのため、多大な被害が出た。
 その理由は、まずは、
▼トリウムがα線を出すこと。
▼トリウムは、一旦、α線をだして崩壊すると、その後、短寿命の核種になって、最終的には鉛になって安定するが、それまでに、いくつもの放射線を出すこと。
▼トリウムの体内からほとんど排泄されないこと。
▼トリウムが貪食細胞によって肝臓に運ばれ、肝臓内でも貪食細胞がそれを移動させていた。
▼そのため、肝臓に組織壊変がおきて発がんを加速させた。

 このように、非常に特殊な状況であったと考えられる。

 したがって、この事実から内部被曝はすべて危ない、といった結論を導くことは、全く非科学的である。

2−7. セシウムとの比較

 振り返って、セシウムはどうなのだろう。
 セシウムは体内に通常1.5mg存在しているが、生体にとって必須の元素ではなく、カリウムと共存しているものと考えられている。

 もしもセシウム134、137などを摂取した場合、体内半減期は成人で100日、子どもでは30日程度。

 セシウム137を1万Bq摂取したとすると、その重さは、0.0022μg。セシウム134だとさらに少ない。

 セシウム134はβ線をだして崩壊し、同時にγ線が出る。セシウム137はβ線をだして崩壊するが、その後の娘核種からγ線も出る。

 セシウム134を1万ベクレル経口摂取したときの実効線量は0.19ミリシーベルト。セシウム137を1万ベクレル経口摂取したときの実効線量は0.13ミリシーベルト。このぐらいであれば、全く、問題にならない。

 ということで、同じ1万ベクレルであっても、元素が異なると、内部被曝の影響は全く異なる。セシウムとトリウムを比較すると、トリウムの影響度は、50万〜100万倍大きいのではないか、と推測される。

 どうやら、あらゆる核分裂生成物の中でも、セシウムは、自然放射線を有するカリウム(あらゆる生物にとって生命の持続のために必須の元素)と性質が似ており、内部被曝による人体への影響が少ない核種のようである。福島県を中心とする地域での放射線汚染は、現状では、ほぼセシウムによるもののみである。一方、チェルノブイリでは、セシウム以外の核種の放出が相当量あった。この違いを無視すること、そして、Bqという単位だけにこだわることは、非科学的である。